ずっとずっと恋焦がれていた

それからしばらくして、お店にぽつりぽつりといた他のお客さんみんな帰って、店内にいるのは私を含めたこの4人。相変わらずほろ酔い気分のサッチさんが上機嫌で笑っている。

「そういえば……ずっと思っていたんだが、お前らなんでそんな格好しているんだ?」
「…………言われてみれば」

ここまでずっとセーラー服。よく補導されなかったなと思う。だって、この服装でミホークさんと居たら……、

「だって、どう見ても援交だろい?」

ふははと笑うマルコさんにあははと返す。確かにそうかも……こっそりとミホークさんの方を覗きを見るとなぜか不満そうな顔をしていて。

「あの、ミホークさん?」
「なまえはもう大学生だ」

その一言に私たちはポカンと口を開けてミホークさんを見た。

「お、おい。冗談だって。なぁ?」
「う、うん。さすがに私も本気で言われていたらブン殴ってます」
「え、そうなの?」

当たり前です! とサッチさんに返すと、まだ全然いけるぜ! と謎の返し。

「嬉しくないです」
「そんなことねぇだろい? 似合ってるって」

だからいいだろい? と優しい目で見てくるマルコさんはちょっと反則。

「…………ありがとうございます」

マルコさんの言葉がなんだか照れくさくて顔を隠すようにして頷いたときだった。

プルルル――  プルルル――

「あっ」

私です、と慌てて鞄を探ってブルブルと震えている携帯を取り出して、視線を周りに向ける。ミホークさんとマルコさんと目が合うと2人ともどうぞ、と言うように頷いてくれた。すみませんと一言言ってから電話に出る。

「おい、なまえ。お前一体どこにいるんだ?」
「え、えぇっと……?」
「あ、わりぃ。今、携帯の充電切れてて、シャンクスの店の電話借りてるんだ」
「あ、エースくん?」

あぁと返って来た言葉にカウンター越しに立っていたサッチさんが反応する。

「え、何? エース? なんだよ、お前等知り合いか?」
「あっ、はい」

身を乗り出して聞いてくるものだから勢いに負けて生返事になってしまった。

「あ”? もしかしてそこにいるのはサッチの野郎か!?」

スピーカーにしている訳でもないのに電話から聞こえるエースくんの声はサッチさんに届くほど大きい。耳に当てていた電話を慌てて引き剥がす。耳がちょっと痛い。

「ちょっとうるさい! そうだよ。サッチさんのところ」
「ってことは、ホワイトビアードか?」
「うん」
「他には誰がいる?」
「え~と。マルコさんとミホークさんだけど?」
「…………」

電話越しのエースくんの顔が歪んだ気がした。

「お前今何時だか分かってるのか?」

そう言われてお店にある時計に目を向ける。

「あ…………」
「もう2時だぞ」
「ほんと! もうこんな時間!帰らなきゃ」

明日の学校が…………と続ける言葉がだんだん小さくなっていく。本当にあっという間だった。

「帰るのか?」

隣に座るミホークさんが目をこちらに向けて言う。

「…………はい」
「送る」
「いえ、そんな悪いです!」

そう言って断っているときにエースくんが電話越しに言った。

「なまえ、今から迎えに行くから待ってろ」
「え?」
「もう向かってる。あと15分で着くからぜってぇそこにいろよ」

そう言い切るとエースくんは一方的に電話を切ってしまった。

「え、ちょっ!!」

プ―、プ―、プ―と音が空しく響く。

「…………どうした?」
「切られました」

あははと乾いた声で笑うとマルコさんがどうする? 帰るかい? と気遣うようにいて覗き込んで聞いてくれる。紳士! エースくんも見習って欲しい。

「はい。今エースくんが迎えに来てくれているみたいなので、彼と一緒に帰ります」
「一緒にかい?」
「はい」

額に皺を寄せるマルコさんに首を傾げる。おかしいですか?と言うと、いやその…………と言葉を途切らせつつもマルコさんは続けた。

「お前とエースはどういう関係なんだい?」
「うぉ……いきなり確信をつく質問だな。俺も気になる」

サッチさんがそれそれ!と言って、興味津々にカウンターから身を乗り出してくる。

「幼なじみだろう?」
「そうです」

なんで知っているんだよという目をミホークさんに向けた他の2人は再び私を見て言う。

「それだけ?」
「ん~それだけですけど。あえて言うなら…………」
「言うなら…………?」
「お兄ちゃん、かな?」

ちょっと複雑なんですよねぇと困った顔で笑うと各々首を傾げた3人が私を見ている。…………ま、だよね。

「エースくんも別に隠してたわけじゃないと思うのですが、私から言うのも…………」

だんだんと声が小さくなっていく。これはエースくんのことだからあんまり言いたくはなかった。

エースくんのご両親は早くに亡くなり、親友だった私の父ドラゴンは孤児になったエースくんを引き取ったそう。元々幼なじみでよく遊んでいたし抵抗はなかった。いつ頃のことだったかははっきりと覚えていないけど、エースくんが本当のお兄ちゃんになった! と喜んだ記憶ははっきりとある。その時からエースくんの笑顔はとても眩しくて。でも逆に……痛々しくもあったなぁとそんなことを思い起こしながら、結局3人に彼のことを話したのだった。

「そうか……言いにくいことを聞いちまったな」

ごめんなとサッチさんが笑ってくれて、続けてマルコさんが今度本人をとっちめてやらぁと笑う。

「いえ……」

ペコリと頭を下げてゆっくりと顔を上げると、隣のミホークさんの視線が気になって目を向けた。

「どうしたんですか?」
「血は……」
「もちろん繋がってないです」

ちょっと複雑ですよね? と笑いかけると、ミホークさんは酒の注がれたグラスをジッと見つめた。首を傾げて、ミホークさん? と声をかけようとしたそのとき。

ドンドンドン――

ドンドンドン――

「おい、マルコッ! 店開けろ!」

驚いて体が飛び上がった後、音がする店の扉の方へゆっくりと体を向ける。

「わ~わりぃ。閉めてたんだった」
「おい、勝手に閉めるなよい」

悪い悪いと言いながらカウンターから出て店の扉へ向かうサッチさんを目で追う。いつの間に閉めたんだろう?

ガチャリ――

「お~~、エース。久しぶり、会いたかったぞ」
「サッチ。俺は別に会いたくなんてなかった」

不機嫌そうに店内に入ってきたエースくんは私を見つけると軽く手を振ってくれる。それに手を振ってニコリと笑い返した。すると隣に座っていた人の機嫌が一気に悪くなったようで空気が少し悪くなる。あの、ミホークさん? と声をかけるも一瞬こちらに目を向けただけで返事はなかった。

「なまえ、心配したぞ―」

そう言ってエースくんは私の椅子の後ろに立って頭をグリグリと撫でる。体を少しずらしながら後ろに立つエースくんを見上げて抗議した。

「痛いよ~。撫でるならもっと優しくして」
「はぁ? 心配させといてそれはないだろ。全く……」

彼はそこでようやく私の両隣に座る人たちに目を向けた。眼中になかったわという様子で。

「おう、なんだマルコ居たのか?そちらさんはどこぞの社長さんだったっけな?」
「ちょっとエースくん! 失礼でしょう?」

そんな子供みたいなことしないのと声を上げると、エースくんが冗談だってと口を尖らす。その様子にマルコとサッチが声を上げて笑った。

「なんだよエース。妹には頭が上がらねぇみたいだな」

サッチの言葉に目を見開くエースくん。止めに入る間もなく紡がれてしまったその言葉に私は顔をしかめた。振り向くまでもない。後ろに立っているエースくんの顔はかなりしかめられているだろう。そう思いつつも、顔を後ろに向ける。そこにあったのは予想外の顔。

「エース……くん?」

泣き出しそうなエースくんの顔にその場にいたものは目を見開く。顔を確認した後、私は体もクルリと向きを変えてエースくんと向き合う。私の呼びかけに答えることもなく。無言の彼に手を伸ばせば、その手を捕まれて引き寄せられる。わっと声を上げたあとはボスンとエースくんのガッシリとした胸に倒れ込んでいて、訳が分からずそのまま硬直する。

「おい、エース?」

サッチさんの問いにも答えない彼はそのまま私を抱き締めて言った。お前は俺の大切な妹だと。抱き締められたままコクリコクリと頷くと、だよなと明るい返事が上から聞こえてくる。解放されて一歩後ろに下がり、わりぃといつもの笑顔で笑ってくれる様子に安堵しながらもどうしたんだろう? と首を傾げた。

「なまえ、帰ろうぜ」

差し出された手を握ると、クィッと引かれて転びそうになる。ちょっと手加減してよ! と言うと、わざとだと返ってきて、もう! と笑ってしまった。扉の前に立ち、振り返る。私たちのやりとりをずっと見ていたようで、3人ともこちらに目を向けていた。私がお世話になりましたと言うと、またおいでと返ってきて、はいと笑顔で返す。ミホークさんは無言だったけど、振り返る瞬間に手をひらひらと振ったら、目で合図を送ってくれた気がした。もしかしたら私の思い違いかもしれないけど。そのやりとりだけで心が暖かくなったのを感じた。その余韻に浸る間もなく、エースくんに行くぞと手を引かれる。

「はいはい」

カラン―― カラン――

2人が去った店内に音が響く。これは……また……、とサッチが呟くように言うと、マルコがサッチに視線を合わせて言う。

「とんでもねぇもん、呼び起こしちまったよい」
「だな」

お前はどう思う? とミホークに話を振ると俺には関係ないと酒を仰いだ。

「関係ないこたぁないだろう?」

だって、なまえのこと気に入っているんだろい? とマルコが言うと、ふんと返事が返ってくるだけだった。

「なんだ、それなら俺が狙ってもいいか?」

ちょっと久しぶりに本気でアタックしてみようかと笑うサッチにミホークが言う。

「やれるものならやってみろ」

そう言い放つ顔はそれはそれは冷たいもので、サッチは軽く肩を上げてしまった。サッチ、こいつをからかうのはやめておけと小さく囁くマルコにサッチはコクリコクリと頷くことしかできなかった。

 

:

 

― なまえ視点 ―

:

 

カラン―― カラン――

扉の向こうで鳴る音に耳を傾ける。あぁ、楽しかったなと声を漏らすと横からため息が聞こえた。何? と聞いてもなんでもねぇよとしか返って来なかった。それからしばらく無言で歩いた。別に気まずいとは思わなかった。そんな日もある。これまで長い時間一緒に過ごしてきた仲だし。お互いのタイミングを計るなんて呼吸のようにできてしまう。縁石の上を落ちないように歩いていた時だった。前を歩いていたエースくんがふと立ち止まった。

「……なまえ」
「ん、何?」
「あいつらに俺たちのこと言ったのか?」
「ん~」

うんと答えた後に続ける。嫌だった? と。すると、いや、別に隠していたわけじゃねぇからと言う答えが返ってきて、やっぱりなと思う。でもどこか浮かない顔のエースくんに気になって聞いてみることにした。

「本当に嫌じゃなかった?」
「あ、うん。別に気にしてねぇよ」
「……ならいいけど」

なんだよ? とこちらに顔を向けるエースくんの顔はやっぱり悲しげで、立ち入って聞いてもいいものかと戸惑ってしまう。

「だって、なんか悲しそうな顔しているんだもん」
「――――ッ」

私の言葉を聞いた瞬間顔を逸らしたエースくんは片手を自分の顔を覆う。大丈夫? と近寄ろうとしようものなら寄るなと言われて、その大きな声に体がビクリと跳ねる。

「あ、わりぃ」
「ううん。いいけど。何かあるなら言ってよね?」

なんでも聞くから。その言葉にあぁと返したエースくんは私の家に着くまでもう何も言わなくなってしまった。

送ってくれてありがとう。玄関の前でそう言うと、明日、ちゃんと学校来いよ! といつもの笑顔が返ってきて。うん。おやすみなさいと手を振ると、やっぱりいつものようにウィンクをした彼は私の頭を撫でて、おやすみと言い帰って行った。

「ありがと、エースくん」

 

:

 

― エース視点 ―

:

 

俺はなまえの兄だ。なまえは俺の妹だ。それは血が繋がっていなかったとしても。どんなにあいつを想っていても、それは届くことはない。そんなの物心ついたときから気づいていた。幸いなまえは恋愛には疎いようで、男もできたことはなかったし、今まで俺もなまえの男事情なんてそんなに興味を持つことはなかった。ナミもいるし、ビビもいる。あいつらがいれば大丈夫だろうと思っていた。が、ここ最近なまえの表情が変わった。以前よりも色気が増したし、時折、誰かを想っているようにぼ――っとするようになった。その時に知ったのがあの野郎の存在。

ナミから聞いた。社長だそうよと。

なまえがこの前嫌々お見合いした相手で、勘弁してほうしいと言っていたと。でもなまえはそんな奴と会っている。1回だけじゃない。それも俺に見せていた以上の笑顔でそいつの前で笑っていた。正直腹が立った。大切な人を取られてしまうって。でも俺はなまえの兄だ。今以上の関係にはなれない。わかってはいる。いるけどよ……

「きちぃな……」

握った拳でアパートの壁を叩いたエースは自分の家に向かって歩きだした。

 

 

:

 

― なまえ視点 ―

:

 

翌日――

「さて、なまえ。あちら側から返事をせかされているんだがお前はどうする?」
「……」

朝早くにかかってきた電話で起こされた。

「父さん……無視されるからって電話かけて来ないでよ」
「なまえが無視するからだ。で、どうするんだ??」
「……あ~もう……こういう時は母さんに会いたい」
「なぜだ?」
「母さんになら相談できるのに……」
「別に父さんでもいいだろ? どうしたんだ?」
「……よくないです。返事は自分でするから、そう伝えておいて下さい」
「おい、父に敬語とはそんな他人行儀な……」

プツン――

プ―― プ――

プ―― プ――

うっし!

授業は2時限目からだからゆっくり準備していこう。実家にはしばらく帰らないからね、父さん。そう言って体を起こして着替えた後、朝ご飯の支度を始めた。

「なまえおはよー」
「あ、ナミー!」

大学の校門を通り過ぎてすぐのところで声をかけられて振り向く。オレンジ色の髪を確認して、おはようと手を振れば、ニコニコと手を振り返してくれる。

「よく来れたね。昨日ナミたちがいたグループすごかったでしょ?」
「ん? 私はそんなに飲んでないからね」

ビビは来ていないみたいだけど……とクスリと笑うナミの様子からして、生け贄にされたなと私は体を振るわせた。

「そ・れ・で?」
「は、はい?」

ニヤリと笑いながらこちらを見るナミに後ずさりする。

「なまえは一体どこに行っていたのかしら?」
「う……それは……」

隠しても無駄よと逃がしてくれない親友に早々に折れる。だってかなうわけないもん。分かった分かったからと言って、大学内にあるカフェに2人で入ることになった。

「それは、なんとも凄い偶然で」
「でしょう?」

昨日の話をしたらナミにそんなことを言われた。なんかちょっと皮肉っぽい気がしたけど……気のせいかな?と首を傾げる。

「で、なまえはどうするの?」
「ん~……」
「もう決まっているんでしょ?」
「……うん、まぁ」
「だったら、なんでここにいるの?」
「へ?」

何を言っているの? という目で見たら、ナミに睨まれた。

「ナ、ナミ……?」
「なまえ!」
「は、はいっ!!」
「今すぐ返事してきなさい!」

えぇ!? 今すぐ? え、でも。これから授業が……なんて言ったら、ナミにはり倒されそうになる。それに向こうはきっと仕事中だろうし……とボソボソと続ける。確かに、それもそうねぇと言ったナミはマグカップを口に運びながら何やら考えている様子。いやな予感しかしない。

「そうだ!」

いいこと思いついたと言うナミ。

「……それは私にとってもいいこと?」
「そりゃそうでしょう?」

それはそれは楽しそうに笑いながらナミはあのね……とその作戦を話してくれた。

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