てのひらを結んでは開いて

掴み損ねたあの手をもし、もしも掴んでいたなら、私の運命はもう少しましになっていたのだろうか。……なんて。バカだな、私。そんなこと思うなんて。……きっと、どんなにきつく握り合おうとも、その繋がり、結びつきはいつか必ず壊れる。あの人が相手となればなおさら上手くいきっこない。

「あ”―……まじでしくった」

今はもう1人なのに。2人でいたときの癖で何事にも強気に出てしまう。負けず嫌いの性格もそれを後押しして、幾度もあった引き際というものを見失ってしまっていた。そうして、今に至る。

これはかなり……絶体絶命のピンチってやつでしょ。

以前は彼と同じ、大きな唾の付いた真っ黒な帽子に体全身を覆い隠す真っ黒なロングコートを着て、彼の背中に背中を併せてまっすぐに背筋を伸ばして凛と胸を張っていた。女版、鷹の目と言われていたほどだった。

でも、それらの装飾もあの混乱の後にすべて失い、手に残ったものと言えば、この刀一本ぐらいだった。脇差一本、その柄にゆっくりと手を伸ばし、刀を引き抜く。建物を背にして、刃先を前へ。その周囲を20人、……いや30人はいるであろう屈強な男たちが取り囲む。どの面を見ても頭のネジが一本飛んでいるような、まともな奴らじゃないことが見て取れる。

ほんっとやってしまった。私はどうしようもないバカだ。これで何回目だ。もう数えられないじゃない。覚えてないよ。はぁ―……と深い息を吐き出す。肩を上げ下げして体を温める。よし、でもまぁ、勝てなくもない……と思うし。こうなったことに対する後悔はしていても絶望はしていなかった。だって勝てると思ったから。

ジリ、ジリと詰められていく間合い。敵の1人が足を踏み込んだ瞬間、剣劇が始まった。

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「あ”――――……もう、つっかれた…………」

ドサッ――

半径2m以外には気絶して完全に白目を向いている野郎どもの体が積み重なっている。途中できあがりつつあったギャラリ―の群も、その様子を見て恐れおののいて去っていっていた。その円の中心でひとり、大の字になって寝転がる。目を閉じて吹き抜ける風を感じた。吹き出た全身の汗が風に乗って一気に体温を奪い去っていく。――風が心地よい。べたべたと張り付いた前髪を片手でかきあげて空を見上げ……

「あ――――!!!!!」

ぱちり、視線の先にいたのは捜し求めていたかの鷹の目。そう本物の鷹の目だった。その男は私の頭の横に仁王立ちして、両腕を組んで、真下にいる私をジッと見つめている。なんだか酷く蔑まれている気がして、納得がいかなくて体を起こす。

「見つけた! どこにいたの、ミホーク!!」
「それはこちらの台詞だ。今まで何をしていた」
「何って、ミホークを探していたに決まって」
「嘘を言え」
「嘘じゃ……!!」

いや、待てよ? 始めこそ、ミホークの影を追い求めていたけれど、最近はなんかもうすっかりあきらめて。これから先、どうやって一人で生きていこうかとそんなことを考えていた気がする。

「…………なまえ、答えろ。何をしていた」
「別に。生きていくので精一杯だったの」

間違ってはいないと思う。だって、現に今そんな状況だし。その答えに納得したような、していないような。そんななんとも言えない表情を見せたミホークははぁ、とため息を吐き出して組んでいた腕をほどいた。そうして、右手をこちらに向かって差し出す。

その光景があのときのことを思い起こさせた。あのとき、崖の上にいたミホークの手にめいいっぱい、力を込めてジャンプして、一度は掴んだその手は、そこへめがけて投げられた爆弾によっていともたやすく解かれた。そうして私は海へ落ちた。深く、暗い海の底へ。

怖かった。海へ落ちたことも、一度は掴んだ手がたやすく解かれてしまったことも。彼との繋がりが切れてしまったことも。深く底へ沈んでいく中で、頭の中ではいろんな事が渦巻いて、運良く砂浜へたどり着いて、息を吹き返すまで、意識はただ真っ暗な世界の中でぽつんと一人座り込んでいるところにあった。

怖かった――

また、そうなるんじゃないかって思うと。

「私ね、すごく怖かったんだ」
「そのわりに逞しく生きているようだが?」

ん? と首を傾げて眉を上げる彼にまぁ確かにと苦笑する。でも、それは結果論であって。もしかしたら私はそこで死んでいたかもしれないし。もしかしたら強敵に出くわしてそこで死んで……いや死よりも恐ろしいことになっていたかもしれない。未来のことは分からないのだ。それは思うとすごく怖い。

未だ差し出されているその手をジッと見つめる。そうして、座り込んだまま、彼の顔を見上げた。

「私ってミホークに必要なのかな?」

は? と口を開いて両眼の瞳をまん丸にした彼はぴたりと動きを止めて、ただただ私を見ていた。

「ミホーク?」

「ちょっと待て。お前今更そんな話をするのか?」
「え、今更って? ……どういうこと?」

あぁ、と眉間に皺を寄せて、片手で額を押さえて、頭を抱えるようにした彼は、腕を伸ばして強引に私の体を立ち上がらさせた。されるがまま、ふらふらする足で立ち上がる。ずいぶん近くなった彼の顔を下から仰ぎ見た。何かを言いたげに、口を開いたり閉じたりしている彼は一度目を閉じて、また開いたとき、淡々と言った。

「言わなくとも伝わっていると思っていた。だが、どうやらそうじゃなかったらしいな」
「……えっと、」
「なまえは俺のものだと思っていた」
「……は、い?」
「いや、違うな。なまえは俺の女、もっと言えば妻に値するものだと思っていた」
「……え、ちょ、ちょっと待って」
「なんだ?」
「妻ったって。私と貴方は別にそういう関係でもなんでもなくて」
「……お前は体の繋がりがなければそうなれないとでも言いたいのか?」
「え、あ……だって、普通……その、する、でしょ?」

なんだかこういう話を彼とするのは初めてで。とてもむずがゆくて。はぐらかすように、もごもごと言うと。クククッと楽しそうに笑った彼が「お前がそういう態度を取るとは」とすごく楽しそうな声色で言った。くそう。なんかすごく恥ずかしい。顔が熱い。

「なまえがそれを望むなら、喜んでそうする。でも、」
「……でも?」
「俺はこのままでもいい。なまえが好きだ」
「っ、」

あぁ、この人、ずるい人だ。

「なんでもっと早く言ってくれなかったの」
「もうとっくに気づいていると思っていた」
「……どうして?」
「なまえがこちらを見る目を見ていたら、な……」
「…………」

そうだ。ずっとずっと。ずっとずっと。片想いだって、そう思ってた。私と貴方の関係は、戦場で背中を預け合う友であると。少なくとも、貴方はそう思っていると思っていた。

「手を離したのは悪かった。あのままだと直撃だったからな。あれが最前「……え、待って。あれわざとなの?!」……あぁそうだが、」
「信じられない!! 私死を覚悟したんだけど!!!」

さっきまでの感動を返してよ!! そう詰め寄れば、ふぃっと顔を背けて、素知らぬ顔で歩き出すいつも通りの彼の姿が目に映る。

「ミホーク!!!!」
「いくぞ」
「この野郎ッ」

拳を握りしめて、背中に殴りかかる。いとも簡単に受け止められた拳は、それを覆うように、包み込むようにして掌で受け止められ、見上げた彼の唇は満足げに弧を描いており、そうして、「会いたかった」と一言。たった一言で私の迷いはすべて吹き飛ばされてしまったのだった。

“好き”だなんて一生、絶対言ってやらないんだから!

受け止めた手の平は拳を包み込んでそうして指と指の間に貴方の指が納まっていく。

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指を絡めて、閉じて。私と貴方の手はひとつになった。

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161015 End.
1day1novel/20091012. End.

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