数十分もすれば中将の気も済んだようで先ほどまでの勢いはなくなっていた。さらに数分経つと、まったくお前は……と言ったきり、口を閉じて黙り込んでしまった。その隣では珍しく反省している様子のクザンさんがほんとに悪かったと思っているよとぶつぶつ言っていた。
「まぁまぁ二人とも。クザンさんも反省してるようですし、このぐらいで勘弁してあげましょう」
そろそろ頃合いかなと重い腰を上げることに。微動だにしない中将に向き合い、「ね、中将?」と首を傾げる。中将は変わらず眉間に皺を寄せたままだったけれど、小さく頷いてくれた。良かった、と息を吐き出し今度はクザンさんを見る。ありがと、と小さく口を動かしたクザンさんがにっこりと笑った。ほんと調子が良いんだから。それでもお酒が入っているせいか、そんな対照的な2人の様子がおかしくてついつい口元が緩んでしまう。
まぁ……せっかくの飲み会だし。このまま終わらせるのは少し寂しい気もするなぁ。と思い立つ。久々にあれをやってみませんか?と軽い気持ちで提案してみた。
「中将、クザンさん。久々にあれ、やりません?」
「あれ、とは……?」
「あれ……ってまさかあの例の奴?」
「そうです!」
「あぁ……あれか」
「えぇー、嫌だよ。だって俺らに勝ち目ないじゃん~」
「それがいいんじゃないですか。ほらほらこんなちっぽけな女に負けていていいんですか? リベンジしないと!」
「もう、また調子良いこと言って」と目を細めたクザンさんが中将と視線を合わし、どうする? と少し首を動かす。それに対して少し顔を上げた中将が「負けてばかりもいかんだろう」と珍しく話に乗ってくれた。
「ふふ、じゃあさっそく!」
マスター! とはりきって手を挙げた私はカウンターの向こうに立つマスターのところへ駆け寄る。「小さなグラス3つと度数の高いお酒とあと炭酸を少し下さいな」そう言えば、「まぁたやるのかい、少しぐらい手を抜いてあげなよ?」とマスターはにこにこと笑いながら差し出してくれた。
「えへへ、さぁどうしましょうね」
肩を揺らしながら笑い返す。差し出されたものを受け取り、2人の元へ軽快な足取りで戻った。
「そんな楽しそうな顔できるのも今のうちだからね? 今回は俺らが勝つから」
「それ毎回言ってませんっけ?」
さぁさぁとお酒と炭酸をグラスに注ぎ、それぞれの前へ置く。
「ショットガンなんて、なまえちゃんとぐらいしかしないよ?」
「ふふ、そりゃまぁ……お酒強くないと無理ですからね」
「で、今日のゲームは?」
「ううん、そうですね……では、マジカル海兵でいきましょうか!」
「えーあれ俺苦手なん……「はい、決まり! マスター何か質問考えてー!」お~い、聞いてますか~そこの酔っぱらい~」
「ちょっと、まだ酔ってないですから。これからなんですよ?」
「おい、落ち着け」
片手を上げ、クザンさんの話を遮るようにして離れたカウンターにいるマスターに叫ぶ。「また俺を巻き込むのかい、まったく……」と苦々しい笑みを浮かべたマスターが「じゃあ初恋の話で」と投げやりに言った。えぇ!? と声を上げたクザンさんと無言でそれは嫌だと視線を送ってくる中将。適当に言ったにしてはなかなか良いことを言うんじゃないのマスターと一人悪びれた笑みを浮かべ、納得するようにして頷いた。
「うん、じゃあ罰ゲームも決まったし、やりますか!」
「……俺初恋とか覚えてないけど」と未だぶつぶつ文句を言うクザンさんにやりますよ? と強めの視線を送る。そのまま隣に座る中将も見れば、2人とも渋々と言った様子でグラスに手を伸ばした。
グラスを右手で持ち、左手で上を塞ぐ。今一度2人と視線を合わせた後、強く頷いてリズムを取った。
ガンッ――
3人のグラスが机に強く叩きつけられる。ジュワジュワジュワ……、コップの中の炭酸が一気に暴れ出し波を立てた。すかさずそれを胃の中に流し込んだ。辛! と叫びそうになる声をなんとか押さえてゲームをスタートした。
「マジカル海兵! 海兵と言ったらセンゴクさん!」
「センゴクさんと言ったら胃痛」
「胃痛と言ったら胃痛薬」
「胃痛薬と言ったら病院!」
「っあ~~~~~!!!」
今回の餌食はクザンさんだった。
「ふふふ、それさっき私が言いましたよ。同じのはなしですから」
ね? と同意を求めるようにして中将を見れば珍しく悪びれた笑みを浮かべた中将が「さぁお前の話を聞かせてくれ」と肩を揺らしながら笑い声を上げた。
「初恋なんて覚えてないんだけど、」
「え~初恋ですよ? 甘酸っぱい思い出! あるでしょう?」
「いやいや、俺らの歳を考えてよ。何歳だと思ってんの」
「え~と、確かクザンさんは……」
「あー言わなくていいから」
「……じゃあどうする?」
ふん、と鼻息を吐き出した中将が腕組みをしながら言う。その貫禄はなかなかのものだった。む、と眉間に皺を寄せたクザンさんがこちらを睨んできた。
「睨んでも罰ゲームは受けてもらいますからね」
にっこりと笑った後に「じゃあ一番新しい恋の話で勘弁してあげましょう」と言う。そうしたら目をまん丸に見開いた2人がお前がそれを言うのか! と声を上げた。
「へ?」
「あー!! もう、マスター!! もっと強い酒をくれ」
「ちょ、そんなの飲んだら次のゲームができないじゃん」
「おっさんらはもうやってられないのよ~」
結局、罰ゲームの恋の話は聞くことができなくて。クザンさんはその後すぐに潰れて、私と中将で介抱するはめになった。潰れたクザンさんの両脇に立ち、2人で肩を支えてとぼとぼと歩いていく。日付も変わり、通りには人がいない。酔いもすっかり覚めてしまっていた。
なんとなく、聞いてみたいなと思ったので聞いてみた。
「これはちょっとした好奇心なんですけど、中将の初恋っていつでした?」
「……答えないといけないのか」
もうゲームはしていないだろう? とこちらに視線が向けられた。
「いや、まぁ。なんとなく知りたいだけなんですけど……」
ふぅ、と深い息が吐き出される音が聞こえた。たぶん、こうなった私はなかなか引かないから、あきらめようと意を決したんだと思う。
「……お前が言うなら言おう」
ほらね、と内心は中将の考えていることが分かって嬉しくなった。
「ん、と。私は10歳の時でした。お相手は近所に住んでいた素敵なお兄さんで、朝挨拶をしにわざわざ会いに行っていたんです」
あぁ、懐かしいなぁと想いを馳せる。あの時の気持ちはいまでもよく覚えている。初めての恋はまだそれが恋だって気づいていないせいか、すっごく苦しくって。お兄さんに頭を撫でて誉めて貰った日には天にも昇る気持ちになれた。でも10歳だったからなぁ。そこからどうしたらいいのか、ぜんぜん分からなかった。
「中将は……?」
クザンさんのうなだれた後頭部の向こうにぼんやりと地面を見つめる中将の顔があった。中将?と再度声をかけるよようやくこちらに気づいたようで、中将がこちらに顔を向けた。
「俺は……」
中将の掠れた声が夜風の中へ消えていく。さっきまでは普通に話していたのにどうしたのだろうか。ついには歩く足も止めてしまった。2人でクザンさんの肩を担いでいたものだから、私の足も止まる。何か言わないと。そう思いはしたけれど言葉は出てこず。開いた口も自然と閉じていってしまった。そうこうしている内に、ズルズルずれ落ちていくクザンさんの肩。それを背負い直すようにして一度その場で小さく屈伸する。同じようにして中将も体を動かした。そして、中将の口元もようやく動き出す。
「まだ、だろうな」
「……え?」
今、なんて? と聞き返すようにして中将の横顔をジッと見つめた。そうしたら中将の口元が緩み、少し笑ったのが見えた。
「分からん。まだ俺にはこれが……」
そこまで言って、中将はこちらに顔を向けた。
「しかし、こいつ本当に重いな。さっさと運んでしまおう」
「そう、ですね……」
今さっきまでのことはなかったかのように、すっかり話題を変えてしまった中将の様子が気になったけれど、それ以上深入りすることもできず、ただ頷くことしかできなかった。

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