「意外!」
ノック音の後、勢いよく扉を開いて言った。
頭の中ではずっと、「本当にあの人が来るの?」と疑問が渦巻いて、連絡ミスなのでは? と鐵を疑う程だった。そうして開いた扉。見上げた先にいたのは紛れもない、あの赤髪海賊団副船長、ベン・ベックマンだった。…………間違いない、本物だ。疑ってごめん、鐵。後で謝ってこう。
「意外過ぎてどうしたらいいのか……」
何言ってんだお前、とあからさまに不審げに眉を潜めてこちらを見ているその問題の男を見上げながら、腕を組んで唸り声を上げる。
「ん―……なんというか……、よく来れたね!」
「あー……もしかしてお頭のことを言ってんのかァ?」
「うん、そう! それ!」
中途半端に開いていた扉がゆっくりとしまっていく。ベックマンの視線がゆっくりと動いた。慌てて扉を押さえて、扉のノブを掴んだ。そうして、だってあのお頭がいたら無理でしょう? と調子よく言った。彼は苦笑しながらいいから中に入らせてくれと私の横を通り抜けて行った。
すれ違いざまに香る、彼の愛用の煙草の匂い。それはとても懐かしい香りだった。その香りが彷彿とさせるのはあんまり良くない記憶。とにかく、何かと問題があった気がする。彼の傍にはいつもシャンクスがいて、…………いや逆かな。シャンクスの傍にはいつも彼がいて、シャンクスを守っている。いや、これも違う。守っているのは周囲の人。シャンクスが面倒事を起こして周りに迷惑をかけないように……と彼はいつも目を光らせていた。
そういうわけで、必然的にそうなるのだ。そう、ベックマンと私が会うときには面倒事しか起こらない。無論、彼のせいではないことは明白。仕方がなかったのだ。私はエドの妻で、エドは白髭海賊団の船長で。シャンクスは私が好きで、シャンクスは赤髪海賊団で、ベックマンはそこの副船長。そして極めつけは、白髭海賊団と赤髪海賊団は互いに四皇。
心の底から互いを嫌っているわけではないだろうけど、宿敵には変わりない。仲良くなんてとんでもない。
だからなんだと思う。今、隣にベックマンがいて、すぐ傍で彼がくつろいでいる様に違和感しか感じないのは。酒場のカウンター風に準備された机に2人並んで座る。少し背の高い丸椅子に軽く勢いをつけて座るとクスリと笑った彼が横目でこちらを見ながら言った。
「懐かしいなァ、その服」
「懐かしいのは私自体でしょう? なんで敢えて”服”って言うのよ」
「決まってるだろ」
「?」
「お前をからかうためだ」
「酷い!!」
いつからそんな酷い人になったの!? そう声を上げれば、ニッと口角を上げて、いたずら成功だという風に彼は笑う。そうしていつものように煙を吐き出すと、また口にくわえた。そう言えば、彼の口元から煙草がなくなったところを見たことがないかもしれない。なんとなくそう思った。
「ねぇ、なんか飲む?」
「ん、あァ。そうだな。なんか適当に頼む」
「はいはい」
ベックマンと言えばこれだろう。机の反対側に回って棚からそのお目当てのボトルを引っ張りだした。コポコポという音がシン、と静まり返っている部屋に響く。
「はい、どうぞ」
透明なグラスに注がれた透明の液体。
「ウォッカか」
「うん」
さんきゅ、と小さく呟いた彼がそれを口に含んだ。
「まぁまぁだな。悪くねェ」
「ほんと!? 実はこれ私が探してきたお酒で!」
「へェ、お前酒弱い癖にそんなことやってんのか」
「ちょ、なんで知ってんの?」
「………………さァ?」
「ちょっとしらばくれないでよ! ベックマン!!」
ふいを顔を背けてしまった彼の袖をグィグィと引っ張ったけれど、それでも彼の顔はそっぷを向いたままで、なんか急に腹が立ってきた。
そっちがその気なら私だって! そう思って机の向こう、そっぷを向いている彼の顔におもいっきり手を伸ばして、その頬を両手で包み込んで無理矢理こちらを向かせてやった。
それがあまりにも衝撃的だったのか、目をまん丸に見開いた彼が間抜けに口を開けていた。ぽろり、落ちていく煙草を視界の端に捉えながら、やった! 煙草持ってない彼を見ることができたと一人心の中でガッツポーズをした。それが顔に現れていたのだろう。今度は私の顔をまじまじと見た彼の方が不機嫌そうに眉を寄せる番となった。
「俺はショートの方が似合っていると思うが、お前はどうだ?」
「…………は?」
私の両手は未だ彼の両頬に。やんわりと包み込んだ状態のまま、彼はその手を振り払うこともなく、とんちんかんなことを言い出した。
「髪、ずっと長かっただろ? 俺は短い方が似合うと……」
「知ってる。一回、戦闘中にわざと切ろうとしたことあったでしょう?」
「あー……あれ、気づいていたのか?」
「当たり前でしょ! 近くにマルコがいなかったら間一髪だったんだから」
「心配しなくとも、髪以外は切らねェよ」
「そんなの当然ですから!」
「…………で? いつまでこうしてるんだ」
「あ、ごめッ…………」
話し込んでいるうちにすっかり忘れていた。素直に手を離そうしたのに、今度は彼の手が私の手の上に重なって、動けなくなる。
「ちょっと、これじゃ……」
「なまえ、今日は俺が独占してもいいんだろう?」
そ、う、だけ……ど?
…………なァ? と、再び絡み合った瞳は鋭く細まり、ただ一点、私の両眼を覗き見ていた。その瞳に、つい、これから先のことを想像してしまって、カッと一気に血が昇ってきたのを感じた。なんか、ベックマンとそういう風になるなんて想像してなくて、なんか、もの凄く恥ずかしい。視線を泳がせてすっかり黙り込んでしまうと、フッと彼が笑った。
「そんな反応されちゃァ期待しちまうだろう」
「っ、」
今一度視線を合わせた彼が今度は眉を寄せて少し、苦しそうな顔をして笑った。そうして私の名前を呼んで、両手を解放した。急にどうしてしまったのだろうか。眉尻を下げて首を傾げながら仰ぎ見る。そうしたら彼が言った。
「俺とお前の間にあるしがらみは早々消えるもんじゃねぇからな」
「…………え?」
「お前が背負ってもいいって思ったら、もしそう思えるようになったら来たらいい。それからでも遅くはねぇよ」
「ベックマン?」
「俺はお頭の代理でここへ来た」
カチャン、と音がして新しい煙がたなびく。ふぅ~と吐き出す音を聞きながら、一体彼は何が言いたいのだろうか、とその言葉の続きを待った。
「俺じゃねぇんだ。お前を呼んでいるのは」
カタン、と音がした。机の上に置かれたのは小さな電伝虫。真っ黒なマントを羽織ったそれはシャンクスそっくりに出来ていた。彼はそれを私の方へ差し出す。
「…………かけてやれ」

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