04:君は忘れてしまっただろうけど

ロジャー船長と約束をしたあの日から数週間。私は姉がいる島の近海に来ていた。近海といっても、かなり離れた距離の島にいる。この島での補給を終えた後、私はこの船を去る。

「なまえ! ロジャー船長が今日は宴だって!」
「えっ!? 本当ッ!?」

あぁ、本当だ!――駆け寄ってきたのはシャンクスとバギーで、買い出しに行こうぜ、と手を引かれて駆け出した。数年前までは私の方が断然年上で、二人の手を引っ張って、大丈夫だからと話をしていたはずなのに。今や二人は私よりも大きくなってしまって。手を引かれて見上げた背中は、本当に大きくって、あぁ――月日は流れたんだなと思った。

「ちょっ、早いって!」

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私は、悪魔の実の能力者だ。

「お~! なまえ! 買い出し行ってくれるのかァ」
「ハイッ! 行ってきます!」

仲間達に頼んだと言われて手を振り返す。その間もシャンクスは軽々と私の体を引っ張っていって、それはもう重力なんか関係ない体勢になっていた。それは私の能力のせいだった。

「なまえがいたらいくらでも運べるからよ、助かる!」
「それは良かった」

私が食べた悪魔の実は『ふわふわの実』。ほんの少しだけ物を浮かすことができる。ただそれだけの、大したことのない力だった。それでも、非力な女にとっては重い物もふわりと持てるし、自分の体を水平よりもほんの少しだけ浮かせることができるからふわふわと引っ張ってもらうこともできる。海にだって落ちることはない。浮いているからだ。どんなに叩き付けられたって、地面と接することは決してない。ただ、殴られれば普通に痛いし、銃弾は貫通する。最強ではないけれど、二次被害は最小限に抑えられる、そんな力だった。

「ねぇシャンクス」
「ん、なんだ?」
「……今日の夜、話したいことがあるの」
「話したいこと? ここじゃ駄目なのか」
「うん、駄目。ちょっと込み入っているから」
「…………」
「バギーにも話したいことがあるから、一人ずつ探しに来てもらってもいい?」
「えぇ、こいつにも?」
「ふふふ、当然でしょ」

なんだか気に食わねェなぁと眉を顰めるシャンクスに「お願いね」といつもより少しだけ真剣な顔をして言うと、彼は面食らいながらも「分かったよ」と応えてくれた。

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ロジャー海賊団の宴は各々が楽しむスタイルだ。それはロジャー船長が淡々と酒を飲むのを好んでいるからだと思う。それに大抵の船員は年を取っている奴らばかりだったから、落ち着いているというのもあるのだと思う。ただ、シャンクスとバギーにとっては少し物足りないのか、二人はいっつも甲板の真ん中で取っ組み合いをしていた。それを見ながら大人達はあぁだのこうだの、各々が口を出している。私は一段高いところからそんな二人と大人達の様子を微笑ましく見ていた。これが、最後になる――そう思いながら。

「なまえ、ここに居たのか」

振り返った先にいたのは、レイリーだった。

「レイリー。飲んでる?」

右手に酒瓶を掲げたレイリーがからからと笑った。私も手に持っていた樽ジョッキを掲げて、「乾杯」とそれらをぶつけ合う。酒がそこら辺に飛び散っても今日は気にしない。喉を焼き付ける強い痛みが、今日のことは現実だと教えてくれる。それを噛みしめながら、私は……。俯いた視界に映り込んだ靴先。レイリーが真横に並んだんだと顔を上げる。

「え? あ、」

思ったよりも近い距離にレイリーの顔があったので、驚いて体が蹌踉けた。彼は私の腰に手を回してぐっと引き寄せて、ふっ――と笑う。

「あのう……離してもらってもいいですか、『師匠』」
「おやおやおや。こういうときに限って『師匠』と呼ぶのか、君は。まったく、そのずる賢さは誰に似たのか」
「当然、『師匠』に、ですよ」

ふふふ、と楽しげに笑いながらも、レイリーは変わらず私の腰を抱いたままで離してはくれない。普段は離してくれるのに。

「シャンクスとはどうなった?」
「え”……?」
「俺が気づかないとでも……?」
「あ……あはは。何のことやら……?」
「あの日、二人が朝に戻ったときから気づいていたさ」
「…………はっ!?」
「なんせ、君の懐に、見慣れない痕がたくさんあったからね」
「っ、」

レイリーの親指が私の唇を優しく撫でる。

「悪いね。手癖の悪さはなかなか直らないものだ」

あの時――姉からの手紙を取ったのはやはりレイリーで、シャンクスにつけられた痕はその時に見たのだろう。

「君は若い頃からずっと、大切なものはここに……」

レイリーの手の平が胸元のさらしに触れる。

「今日は何を入れているのか、教えてくれるかい?」
「……あ、」

ふるりと体が震えるのは、レイリーが放つとんでもない色気のせいか。この男は本当に質が悪い。普段は人を寄せ付けない鋭い覇気を纏っている癖に、いざその気になった途端、狙った獲物を誘因するように、色香を放つのだ。私は彼の香りに当てられて身動きを取ることができなかった。

「……可愛い子だ。だからこそ、心配になる」

唇を撫でる親指がグッと咥内に入れ込まれて舌を撫でつけた。それに反抗するように舌で指を押し返したら顎を持ち上げられてレイリーの舌が押し込まれた。ふわりと強い酒の香りがした。口に広がる苦み。カハッカハッと咳き込む。

「あぁ、悪いね。強すぎたか?」
「っ、何この酒! 強すぎ……!」
「すぐに慣れる……」

再び唇を奪われて蹂躙される。決して強くはないのに逃れられない。頭では駄目だと思っているのに、突っぱねることができなかった。あの日の前に君を奪っていて本当に良かったよ――レイリーが囁き声で言った。

「っ、ふ……んんっ」

私はそれに答えるどころではなくって、ただただ息をすることしか考えられなかった。そのうちに頭が蕩けるようになってきて思考が鈍っていく。

「酒が効いたか……」

体を抱えられて連れ込まれた一室。部屋のベッドに放り投げられた。ギシリと木製のベッドが軋む。外ではがやがやとした歓声が響いていた。二人が連れ立っていなくなったところで誰も気が付きやしないだろう。

「さて、持ち物検査といこうか」

さらしの紐が解かれていく。

「っ、見ないで……!」
「今更何を……。俺と君はもう、そういう関係だろう?」
「ちがっ! レイリーは私にとっては『師匠』だって」
「俺にとって君は、『君』だ」

初めて抱かれた時よりも私は経験をした。だから、そのときよりもよがるようになっただろうし、知識も増えた。それを口にはしなかったけれど、経験豊富なレイリーからすればそんなことはすぐに分かったようだった。

「シャンクスとこんなことばっかりしているのか」
「やっ、んんっ」

乳房の先っぽがピン――と立ち上がるまで執拗に舐められる。レイリーの顔が胸元に埋まっているだけでも落ち着かないっていうのにこんなことまで……。もうこうなることはないだろうと思っていたのに。

「だが……何者も、君を縛り付けることはできないだろう……」
「っ、」

ちゅ、ちゅ――体に落とされていく優しい口づけ。時折、麻痺に似た痛みが走る。

「だめ……痕はつけないで」
「どうして? シャンクスが怒るかい?」
「…………たぶん」

曖昧な関係だ。シャンクスには大切な人だと言われたし、そうなって欲しいと言われた。……が、海賊において、そういう関係というものは成立するのだろうか。それがずっと頭にあって離れなかった。私たちは海賊だ。奪う立場の人間だ。もちろん、ロジャー船長は非道なことはしないから、義勇兵にも近しいとは思うけれど、それでも……海賊である。その海賊において、純愛というものは存在するのだろうか。……してもよいのだろうか。そんなことが頭から離れなかった。何より、海賊は自由なのだ。

かく言うこのレイリーという男も大変自由な御方で。自由奔放に女性を追い求めている。島々で知らない香りを拾って体に蔓延らせて戻ってくる。そんな彼を私はずっと見てきた。だから、男という生き物はそういうものなんだと思っていた。

……が、成長するにつれて、その考え方はほんの少しだけ変わった。シャンクスの真っ直ぐ過ぎる想いに触れた。彼の想いは、痛いくらいに私の心を打ち付けて、しばらくは打ちのめされたままになった。今でこそ、窘たしなめるくらいのことはできるようになったけれど、当初は大変だった。どうにか秘めたままにしたいという私の意向に頷いてもらうことができて今に至る。周囲からあいつらはそういう関係だと見られるのは嫌だったのだ。……なんでかって? だってそりゃぁ、あの子は私の大切な子だったから。

ロジャー船長の姉に対する想いも、私の考え方を変えた。船長は一途な人で、姉のことを本当に大切に想ってくれている。それが、心の底から嬉しかった。

…………だから、かな。レイリーにも、そうであって欲しかったな、なんて。押しつけがましいことを願っている自分が、……ここにいる。海賊は、自由である、はずなのに。

「れい、り……」

口づけを交わす。胸の内に広がる苦い想い。私はきっと……レイリーのことが好きなんだと思う。大好きだから、嫌なのだ。彼が船に戻る度、知らない匂いを持って帰る度に、私の心は抉れていった。大好きな人だから、嫌だった。でも、私にはどうこういう資格はない。私は彼のただの『弟子』なんだから。

「……どうした?」

…………好き。だなんて、言えない。もう会えなくなるから、そんな理由でこんな言葉を告げるべきではない。会えないからこそ、言ってはいけないのだ。彼のことを縛り付けても何の意味もない。……もっとも、レイリーがそんなことで縛り付けられるとは思えないけれど。

「……なんでも、ない」

レイリーはどこまで知っているのだろう。私が今日でいなくなることを知っているのだろうか。シャンクスと私がどういう関係なのか、知っているのだろうか。私のこの気持ちのかけらは、彼に……少しでも届いていたのだろうか。

ふわり――能力を発動させる。

レイリーの体がほんの少し浮いて、軽く横に押すだけで体から離すことができた。

「…………嫌な能力だな、本当に」
「……なんとでもどうぞ。これが私ですので」
「…………」

フッ――自嘲気味笑ったレイリーがベッドに落ちたさらしを拾い上げる。

「このまま外へ出すわけにはいかないからな……」

手慣れた手付きでぐるぐると胸の上に巻かれている白い布。両腕を上げてそれを見ながら、未練がましくも、このまま何も言わなくていいのか、とまた同じことを考えていた。気持ちを伝えたら、彼が答えてくれるかもしれない。そうしたら――そうしたら何が変わる? いや、何も……変わることはない、きっと。

大人になるって嫌なことだ。私は諦めることを覚えてしまっていた。

「……これくらいか」
「……どうも」
「悪かった。機嫌を直しておくれ」

ご機嫌取りの優しい口付け。あぁ――大好きだ。レイリーの背中に腕を回す。ぎゅっと抱きついたら抱き締めてくれた。この人が、大好きだ。

「すみません。そろそろシャンクスと話さないといけないので」

そう言うと、レイリーがのっそりと動いて、また唇を奪っていく。

「いやだな……嫌なものだな。私の可愛い子が、別の男の元にいくのを送り出さねばならないなんて」
「何言ってるんですか。シャンクスだって、可愛い子……でしょう?」

貴方にとって、そこに性別なんか関係ないでしょ。そういう意味を込めて言った。だって、いつもそんな風だったから。……ほらね。レイリーさんはフッ――と笑った。まるで「そうだな」と言っているようだった。

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「シャンクス」
「お~! なまえ、おまたせ!」
「…………どうしたのその顔」
「え? あぁ、バギーと殴り合ってたから」
「あぁ、さっきの。で、どっちが勝ったの?」
「当然、俺だって」

ふん――と鼻息荒々しくシャンクスが言う。――と、いうことはバギーはノックダウンしている可能性が高い。このままだと、今日はもう話ができないかもしれない。あとで手紙を渡してもらうようにお願いしておこう。最後に会えないのは残念だけど、いつか……年を取ってから会えるかもしれないし。バギーなら、きっと分かってくれる。

「シャンクスも、バギーも、随分強くなったね」
「……ん、そうか? 俺らなんて、最下層だろ」
「まぁ……でも、ちゃんと強くなっているよ」

船縁の傍に立っていた私の隣にシャンクスが歩み寄る。顔を向けてにっこりと笑うとシャンクスが嬉しそうにはにかんで返してくれた。体を寄せたシャンクスに片手を掴まれて握り返す。指と指の間に絡める握り方はシャンクスが好きな繋ぎ方だった。私も、そんな彼に惹かれつつあった。

「それで……、話って?」
「あのね、お礼が言いたかったの」
「お礼? 何のお礼だ……?」
「ん~~、全部の?」
「いやいやいや、お前が首を捻ってどうするんだよ」
「うん……えっとね。詳しくは言えないんだけど、会えなくなると思うから、お互いに後悔がないようにしておきたいなって」

真っ直ぐにシャンクスの両眼を見据えて言った。ごくりと飲み込んだ言葉の先――だから、ちゃんとけじめをつけたかったんだ。そこまで言い切ることは出来なかった。……意気地無し。

「は……?」

シャンクスの瞳が大きく揺れていた。人の目ってこんなに揺れることがあるんだ……とぼんやりと思いながら、手を解いて、私の両腕をしっかりと掴んだシャンクスが、背を屈めて、私の顔の目の前に顔を付き合わせて、真意を確かめるように、はっきりとした口調で言った。今までのへべれけな態度が嘘のようだった。

「それはどういう意味だ」

「……だから、詳しくは言えないんだって」

私だって、話せるモノなら話したい。でも、本当なら、シャンクスにこんなことを伝えるべきですらないのだ。それをねじ曲げて、危険な行動をしてしまっている。もう十分に譲歩している。これ以上は、譲れない。そういう私の思いが伝わったのだろうか、しっかりと見据えたまま、「ごめん」と言ったら、シャンクスが狼狽えた。

「…………なんだよ、ごめんって」
「ごめんは、ごめん……だよ」
「どういう……意味だよ」
「……ごめん、言えない」

私は怖いんだ。すごい臆病者だから、これ以上は言えない。あと、卑怯者だとも思う。

「…………シャンクス、今まで、本当に、ありがとう」

私は、ただこれを伝えたかった。

本当に短い間だったけれど、シャンクスからもらった愛情は、私の考え方を大きく変えたし、何より、幸せなひとときだった。そのお礼をきちんと伝えておきたかった。

眉根を寄せて、一体どうしたらいいのか分からずに立ち尽くしているシャンクス。その頬に手を伸ばし、背伸びをして、顔を寄せる。これが最後だ……彼の唇に唇を重ねて、私たちは別れた。

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