「そうだったのですね」
「……あぁ」
電話越しに聞く声はもうだいぶ嗄れていて、あぁ……私も貴方ももうだいぶ老いてしまったのね、と時の流れを強く感じた。
「その娘は……」
電話の向こうの声がそこで止まる。今貴方が何を思っているのかなんとなく分かる気がした。私もそう思ったから。ジッと続く言葉を待つ。パチ、パチと鳴る火鉢の音が静かな部屋に響いていた。電話の向こうももう貴方以外誰もいないのだろう。シン、と静まり返っていた。
「どう思っておるんじゃ」
「……同じですよ」
「……」
すっかり黙り込んでしまった声。胸にこみ上げてきた想いは目に溜まり、ほろりと一筋の線を描きながら落ちていった。涙を流すのはいつぶりだろうか。最後に流したときも……こうして貴方と話していたときだったと思う。しばらくするとスッと息を吸い込む音が聞こえ、電話の向こうの人が再び話し出してくれた。
「ヤス、元気か?」
「ふふ、今更ですね。センゴクさん。相変わらずで安心しましたよ」
「……まだやっておるんか?」
「ええ、まぁ。……もうそろそろ引退だとは思いますが、」
「……ヤス、すまない」
「謝らないで下さい、センゴクさん」
だって貴方は何にも悪くないのですから。
なまえの迷いを見る度に思い浮かんできたのはかつての自分達だった。遊女として生きていた私と、海兵として頂点を目指していたセンゴクさん。二人は出会い、恋をした。でも、そこには色々なしがらみがあって。……結局二人が結ばれることはなかった。
どんなにあの人を想っていても私がここから抜け出せることはない。酷だとは分かっていた。でも、そうしなければセンゴクさんの人生がめちゃくちゃになる。恋しい貴方だからこそ、守りたいと思った。月夜のこと。こっそりと抜け出して会った岬で告げた。
「好きな人ができました。その人は、とてもお金を持っている方で、私は身請けを受けました。だから、貴方とはもう会えません……」
両手を握りしめた。強く、爪が食い込んでいたいぐらいに。そうしないと、泣いてしまいそうだった。貴方は目を見開いたあとに、そうか、とだけ言った。去り際、ジッと私の顔を見つめながら頬に手を這わし、とても愛おしそうにこちらを見るセンゴクさんの顔が目に焼き付いた。
「幸せを願っている」
「…………ありがとう、ございます」
私の幸せはここに。今、ここにあります。センゴクさん。……でも、何よりも私が願うのは貴方が幸せであることなのです。ゆっくりと離れていく背中が愛おしくて堪らなかった。
「っ、センゴクさんッ」
どうか、お幸せに――……
「どうして、言わなかった」
「どうして言えましょうか、貴方の人生を壊すことが目に見えているのに。さらって欲しいなどと……」
沈黙が流れた。すん、と鼻をすする。
「泣いておるのか、」
「……いいえ。泣いてなどおりませぬ」
「ヤス、今からでも遅くはない」
「……はい?」
「わしもお前も独り身」
「だから……?」
「残りの人生、こちらで過ごせはせんか?」
「え?」
「もう引退するのじゃろう? なら、その後、わしの家に来い」
「……でも、センゴクさんのお仕事が」
「実はな。わしももう引退することになっておる」
「……それじゃあ」
「あぁ、もういいじゃろう。わしらも幸せとやらにならんか」
はは、とセンゴクさんが笑っていた。なんて気障なことを言ったんじゃろうな、と笑っていた。いつの間にか溢れだしていた涙で上手く返事ができなかったけど、私も笑った。久々に心の底から笑った。
「じゃあ、あやつらが再会するとき、共に迎えにいく」
「……はい」
「じゃからの。もう少しだけ待っていてくれ」
「はい。もちろんっ」
初めて貴方と出逢ったのは20の時でした。あれからもう50年。ほんとうに長かったですね。50年ぶりの約束を交わし、惜しみながらも受話器を置く。
嘘をついてしまってごめんなさい。身請けの話なんてこれっぽちっもなかったのに。貴方を悲しませてごめんなさい。次に会ったとき、今度こそ本当の気持ちを話します。
「センゴクさん、お元気そうでよかった……」
またすぐに貴方の声が聞きたくなる。あぁ、センゴクさん。これだけの月日が立っても私は貴方のことが好きです。貴方だけなのです。
なまえ。貴方には私と同じような道を辿って欲しくなかったのです。おせっかいだと言われようが、なんと言われようが、私は貴方に幸せになって欲しかった。……どうか、なまえのためにも私たちのためにも、この計画が上手くいきますように。
160505 End.
Afterword
おまけで書かせて頂きました。大婆様(=ヤス)がなぜあんなにも心配してくれていたのか、これで分かってもらえたらなぁと。
ヤスも若い頃になまえと同じように海兵であるセンゴクさんと恋に落ちました。でもその恋は上手くいきませんでした。正確にはヤスが嘘をついてセンゴクさんと別れるように仕向けたんですけど。 自分と同じようになって欲しくなかったんです。
遅くなったけど、この二人もなまえとサカズキさんのように幸せになります。そういう恋もいいな、という完全なる私の趣味です。はい。お付き合い頂きまして、ありがとうございました!
(大婆様の名前、ヤスはセンゴクさんの対義語をイメージしてつけました。戦国=戦,ヤス=安=安心=平和 ……ていう、一応伏線の意味を込めて途中名前を出した感じです)
以上!

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