唇に触れるなんて程遠い

「サボごめん。寝ててもいい?」
「あぁ、いいぞ。着いたら起こす」
「……ありがとう」

支度を整えた俺となまえは車に乗り込んだ。台風の真っ只中を走行する。フロントガラスは打ち付ける大雨で視界が悪い。こんなところで事故に遭うのはごめんだ。幸い、車の通りは少ない。できる限りスピードを落として進んだ。

信号に捕まったとき、助手席の方に目をやると、なまえが目を閉じて眠っていた。行きは俺が送るとして、帰りは父さんの車で戻ってくることになるだろう。そうなると、確実に夜は更け込む。それを見越しての仮眠だ。

俺も、なまえも慣れたものだな。

考えてみれば、こうして大人になるまで、俺たち4人はずっと一緒だった。誰かにパートナーが出来ることはあっても、その誰もが続かず、4人はどこへ行くにもずっと一緒だった。いつまでもこうしているわけにはいかないと分かってはいるものの、この安らぎから抜け出したくはないと思ってしまう。ルフィとエースはそれに気づいているのだろうか。

家族が好きだ……大好きだ――

でも、いつかは皆、自分の家庭を持つだろう。

そのいつかが、もうそろそろ訪れようとしている。

信号が青に変わった。ゆっくりとアクセルを踏んでエンジンの回転速度を上げていく。ボンネットに打ち付ける雨音にかき消された回転音が脳内で音を立てた。

 

:

 

― なまえ視点 ―

:

なまえ、着いたぞ――

ぼんやりとした意識の中、肩を揺さぶられて、首が左右に揺れる。

「なまえ、着・い・た!」

ハッ――と、飛び起きた。

「お……おぅ。起きたな」

隣には、目をぱちくりさせているサボ。サボの前にはハンドル。右に左に視線を回して、ここはサボの車の中だと思い出した。体を起こすとあちこちでバキバキと骨が悲鳴を上げている。変な姿勢で寝てたのかな。特に首が痛い……。

「あーごめん。深く眠ってたみたいで……」
「眠れたなら良かった。すぐに動けそうか?」
「ん~、ちょっとだけ……」
「りょーかい。自販機で飲み物買ってくる。なまえは?」
「コーヒーで。BASSがいい」
「はいはい」

私は寝起きが良くない。寝起きの機嫌が悪いとかではなく、単純にスッと起きられないタイプの人間だった。サボやエース、ルフィは目覚めと共に階段を駆け下りるタイプなのに、神様どうしてなんでしょうか。

頭が回転を始めるまでにどうしても時間がかかってしまう。サボはそれをよく知っているので、待ってくれているのだ。ちなみに、体にエンジンがかかるのにも時間がかかります。……えぇはい。お察しの通り、低血圧です。

こういう時は、ゆっくりでいいから体を動かした方が早くエンジンがかかる。立ち眩みがないことを確認して、車のドアに手をかけた。足を降ろしても気分が悪くならないので、大丈夫そう。外の空気を吸って、少し体を伸ばしたい。

バタン――

外に出て、車のドアを閉めたところで、サボが戻ってきた。

「向こうのベンチで飲んでもいい?」
「ん、あぁ。そうだな」

目に飛び込んできた、地下駐車場内に設置されているガラス張りの休憩スペース。そこに場所を移した。喫煙スペース……では、なさそう。

「サボ、吸ってくる?」
「いや……いい」

サボは煙草を吸う人だ。頻度は多くないけれど、時折吸っている。

「今、やめているから」
「え、そうなの?」
「あぁ、もともと付き合いで吸ってただけだから」

:

 

― サボ視点 ―

:

喫煙スペースでの会話は一種のコミュニケーションの一つだ。先方にヘビースモーカーが居れば、多少のことは我慢する。呑まれてしまわぬように、普段はできるだけそれとは距離を取っていた。

コンコン――

透明な壁を打つ音。揃って顔を向けた。立っていたのは数ヶ月ぶりに見る父親で、笑顔で手を振っていた。飲み切った缶コーヒーをゴミ箱に放り込んだなまえが父親に駆け寄る。自動ドアが開くや否や、飛びついた。

「父さんおかえりなさいっ!」
「おっ、……おう。なまえはいつも熱烈に歓迎してくれるな。嬉しいよ」

なまえの後ろに続いて顔を出す。

「サボ、送って来てくれたのか。ありがとう」
「これくらい当然」
「あぁ、本当に助かる。なんせ時間がない」
「……ごめんね。忙しいのに、」
「いやいやいや。なまえは悪くない。俺のスケジューリングが悪かったんだ。これを機にもう少し、割り振るように考え直す」
「……?」

よく分からずに首を傾げるなまえに反して、それを聞いた俺はドクンと鼓動が鳴った。

まさか――、頭をよぎった事柄を今ここで聞いてもよいものか一瞬躊躇した。……いや、今しかない。ここで聞かなければ、今後どこで聞く機会が訪れるというのか。及び腰になるな。前だけを向いて――

「譲るのか」
「…………」

父の瞳がこちらに向いた。まるで品定めするように、俺の顔を見ている。細く鋭くなった目が、その先を急かしているような気がした。

「親父、俺がやる」
「…………お前に出来るのか?」
「あぁ、俺がやる」
「…………そうか」

てっきり反対されると思っていたのに、いとも簡単に「了承」のような返答が返ってきた。一体どういう意味でそう言ったのか、意図を計りかねる。

「俺は、サボを、アメリカの方の支社に推薦している。俺の後だ。まぁ、もともと跡を継ぐつもりでいるようにと話していたからな。お前の働きぶりに問題は感じられないから、大丈夫だろう」
「…………俺、は?」

「あぁ~~。実はな、『じいちゃん』が、」
「…………っ」

出た、頑固爺。

「おじいちゃん!?」

なまえは爺のことが好きだ。そりゃそうだ。爺は、孫で唯一の女の子であるなまえを溺愛しているのだから。残りの男三人なんて、有象無象だと思っていやがる。…………まぁそれなりに可愛がってくれてるけどな。

「サボ、自分で説得してみせろ」
「自分でって、爺はアメリカ…………え? おいおい。まさか!」
「あぁ、そのまさかだ。帰って来ている」

爺こと、モンキー・D・ガープ――

俺たち、モンキー家の生業である会社を創設した、現在のCEOである。さっさと引退すればいいものを……爺は現役で働いていた。

「やだ、うそ……おじいちゃん帰って来てるのっ!?」
「あぁ、中にいる」
「なんでっ!?」
「ちょ……なまえ、一旦離れてくれ。さすがに熱い」
「あ、ごめんごめん」

なまえは所謂、お父さんっ子だ。デートするくらい、父親のことが大好きなので、何かとくっつこうとする。……それを羨ましく思う俺もいつものこと。

「なまえのことを盗み聞いたらしい……」

「……あ、」
「……あ、」

その言葉の意味を察して顔を強張らせたなまえと、ご愁傷さまと思った俺。どちらも根本的な意味は違っていたが、発した言葉は同じだった。

「そういうわけだ。取り敢えず、中に入ろう」

 

…………先生、大丈夫か?

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