花は秘やかに

その後、無事シャンクスの完治が確認できたので、ミホークとのやり取りはこれが最後と決まった。

「ミホーク……今までありがとう。巻き込んでごめんね」
「改まってどうした」
「信じてくれるとは思ってないけど、一応、言わせて。私はシャンクスに毒を移すつもりはなかった」
「…………」
「できるだけ近づかないようにしてたし……手を握るくらいしかしてないはず。だから、どうしてこうなったのか、未だに分からない」

視線が落ちていく。本当に、どうしてこんなことになってしまったのか……。

「……けど、私が赤髪海賊団にいなければ起きなかった。それだけは、はっきりしてる。だからね……その責任をどうしても、自分で取りたかった。ありふれた謝罪を言うんじゃなくて、ちゃんと償いたかったの……」

彼は何も言わない。

「ミホークがいなかったら、叶わなかった。だから――ありがとう……ミホーク。貴方は私の恩人だよ」
「…………大袈裟な女だな」

ふいっと顔を背けたミホークは、見た目は朴念仁っぽく見えるけれど、実際のところは人情に熱い人で、気遣いのできる優しい人だ。それは彼と付き合いのある人にしか分からない。

「本当は、ちゃんとお礼をしたいんだけど……間の悪いことに、今この島に軍艦が来ていて……っていうか、あれ?ㅤミホークここにいて大丈夫なのッ!? 貴方、今、賞金首でしょ!?」
「あぁ。襲われたから、潰してきた」
「潰っ!? 嘘でしょっ!? え、じゃあもしかして海軍元帥に会って……?」
「元帥? いや、そんな奴はいなかった。ザコばかりだったが……いるなら帰りに――」
「いやいや、それは待って!」

慌てて窓際に駆け寄る。二階からなら港の様子が見えるから……とカーテンをずらして外の様子を確認した。

「……うわぁ。結構派手にやったんだね……」

もくもくと立ち上がるいくつもの煙。炎は見えないので、街への二次被害はなさそうだけど……。

「まぁ、全部切ったからな」
「ぜ……ぜんぶ。ちなみに、何隻来てた?」

僅かに視線を動かしたミホークが小首を傾げる。きっと頭の中で数えているのだろう。

「…………十五、十六だったか?」
「っ、……つまり艦隊ごと壊滅ね」
「あぁ」

いつものことですが、何か? と顔に書いてあるミホークに腹を立てるのは筋違いだろう。彼は悪くない。……悪くないんだけど、今回は間が悪かった。

ハァ――――

思わず出た深いため息を聞いたミホークが怪訝そうに睨み付けてくる。「俺のやることに文句があるのか」と掴みかかってきそうな勢いだ。

「あーごめん、こっちの話だから気にしないで」

ミホークは、サカズキさんには出くわしていない。……ということは。サカズキさんは艦隊を残して、数隻だけで一時的にこの海域を離れたんだと推測できる。ここには海軍の拠点がないから、拠点のある島……ここから数十キロ離れた島に向かったのだろう。……つまり、サカズキさんはまたここへ帰って来る。その時に、彼がこの現状を見たらどうなるか。答えは明白。この島は赤髪海賊団の縄張りだから――サカズキさんが喧嘩を受けたら、四皇と海軍のガチンコバトルになって被害が甚大に…………。はぁ、やってくれたわね、ミホーク。

この島は関係ないんだから、それは避けないと。

「用は済んだし、さっさと島から出て行って」
「決めるのはお前じゃない」
「えぇ、そんなことは重々承知しておりますとも! でも、今回はお願い、私の言う通りにして。いま、すぐ! この島を出て! お願いミホーク!」
「…………なぜ?」
「いいから!」
「…………」

不満気に両腕を組んでいるミホークの片手首を掴む。ぐいぐい引っ張って、窓際に連れて行く。

「海軍が探しているかもしれないから、この窓から行って。あー、だめよ、だめだからね! 貴方がその刀を振るったら、私の大切な家も店も消し飛んじゃうんだから! だから、いい!? せめて、刀を振るのは港についてからにして!」

ほら、早く!――

背中をぐいぐい押すと、ようやく根負けしてくれたらしい。ミホークが渋々といった風に、窓枠に足をかけた。

「せっかちなやつめ」
「はいはい、せっかちで結構です。じゃあね、ミホーク! 気を付けて。……ほんとうに、ありがとうね」

言いたいことを詰め込んで、バイバイと手を振る。ミホークは、軽く視線を落とすと、次の瞬間には風を残して姿を消した。

これが最後だと思うと、胸が少しだけ締めつけられる。思っていたよりも、彼の存在は大きかったらしい。

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その日の夕方。店じまいをしていると、戸が軽く叩かれた。開ける前から、誰かは分かっている。

「……サカズキさん?」
「……邪魔する」

昨日とは違って、俯きがちだったせいか、表情が帽子に隠れてよく見えない。今朝、ミホークが暴れまわったせいで色々と大変だったんだろうとは思うけど。今はそれよりも、今後の私の待遇の方が気になる。

戸を閉めて向き合うと、彼は私の方に向き直って静かに視線を向ける。

「今朝、鷹の目のミホークが海軍艦隊を攻撃した」
「……え?」
「繋がりはあるのか?」

一瞬だけ息が止まる。

「……疑う気持ちは分かりますが、彼とは過去に何度か話したことがある程度です。それに、あのときとは見た目も名前も何もかも変わっていますので、向こうは気づかないと思います」

絶対にばれないと自信を持っていた変装だった。それをまさか、筆跡で見破られるとは、夢にも思っていませんでした……はい。

「…………」

変装のレベルに関しては、サカズキさんも驚いていたのだろう。確かにな、と言うように一度頷いた。

「じゃが、このタイミングは出来すぎじゃろう?」
「いやいや、待ってください。仮にもしそうだったとして、私には何のメリットもありませんよ。どうしてわざわざ罪を増やすようなことを…………」
「…………」

それに関しても、同意しているのか、サカズキさんは頷く。そして、深く考え込んだ後「そうか」と一言言って、会話を切り替えた。

「ならええ」
「……はぁ、分かってもらえてよかったです。とんだとばっちりですから」

これに関しては、本当にとばっちりなので、胸を撫で下ろした。あの男の頭は理解不能である。

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その後、今後の話をするということなので、店から二階の家に移動して話をすることになった。

――ほっとした。

正直、問答無用で手錠をかけられて連行されると思っていた。まさか話を聞いてもらえるとは…………。

「単刀直入に言う。なまえ、お前はこのままこの島で隔離になる」
「え、…………このまま?」
「あぁ。本部に連れて帰るには問題が多すぎる。今は手が足りていない状況じゃ。情勢が落ち着くまで、このまま様子見とする」
「いいんですか……?」
「今さら戻っても何も変わらん」

一拍置いて、頷く。

「……確かにそうですね」
「……それに」

(それに……?)

コツン――とサカズキさんが向き直ると、その身体がすぐ傍まで近づいた。右手が伸びてきて、私の右手を攫っていく。革手袋越しの熱が、やけに強い。

「ここを奪えば、お前を囲えるじゃろう……?」
「……は、い? え、でも、このままって……」
「何を言うておる。この島は、現在、赤髪海賊団の傘下じゃ。そこにおいておけるわけがなかろう。すぐに準備を整える。数日で、この島は海軍の管轄に塗り替わる」
「そんなことをしたら、赤髪海賊団が黙っていないのでは……?」
「ハッ――受けて立とう」
「……えぇと、その……」
「まさか、赤髪海賊団に未練があるんか」
「はっ!? いえそんな、まさか!」

沈黙の後、

「……なら、ええな?」
「…………はい」

ゆっくり頷くと、サカズキさんはわずかに口元を緩め、静かに目を細めた。

「会いたかった……なまえ」

向けられた視線は真っ直ぐに私のことを見ていた。瞳にははっきりとした熱が見て取れた。今なら分かる。かつての私では気付けなかったこと。サカズキさんは私に執着している。

そうか……、そうだったんだ。

よくよく考えてみたら分かった。死んだ部下を、どうして探していたのか。死んだのだから、それ以上はない。そこで終わりのはずなのに、彼はまるで希望を探すように、私のことを探していた。生きている確信なんてないのに、死んでいると知っているのに。何が彼をそこまで突き進めたのか。

――――そうしないと、壊れてしまうから。

「っ、――――」

彼の熱が、私を包み込む。

「好きじゃ……愛している…………もう離しとうない」

腕の中で見上げたサカズキさんの顔は私を見ているようで見ていない。

「……サカズキさん」

彼が見ているのはあの頃の私。

「遅くなってすまんかった」

私が壊れてしまう前の、貴方に恋焦がれていた頃の私。

「……いいえ」

それに気付いたところで、私には…………。

「来てくださってありがとうございます。とても、嬉しいです……」

選ぶ権利なんてない。覚悟を決めてここまで来た。人生に掲げた目標は達成できた。残りの人生で私にできることは支えること。少しでも、償いができるように。

サカズキさんが、もうこれ以上、壊れないですむように私が傍にいましょう。あの頃の私が、貴方の存在に救われていたときのように。味方のいない遠い海の上――独りぼっちで、闇夜に吞まれまいと、貴方のことを思い浮かべ耐えていたあのときのように。

優しく重ねられた唇。目を開くと、サカズキさんの顔が間近で見えた。私の記憶にはない大きな傷跡が痛々しくて、そっと手を伸ばす。もう使わないと決めていた悪魔の実の力を使った。視界に映る傷跡がどうしてそうなったのか、ひとつひとつ確認して追っていく。サカズキさんの感情までも、痛いほど伝わってくるのが辛くって、涙が零れた。

会いたい。なまえに会いたい――その一心で、刻まれた傷跡がいくつもあった。サカズキさん、貴方、一体いつからそんなことをするようになったのですか。

「っ、――――」
「……なまえ?」

ぽろぽろと涙が止まらない。

あぁ――――どうしよう。嬉しそうに、幸せそうに抱き締めてくれるその顔を見るのがつらかった。だって、私にはもうその熱はなくて、返せなくて……。いくら『愛している』って言葉を並べても、そこに心が入っていなければ意味はない。今はよくても、きっといつか気づいてしまう。そうなったとき、私はまた貴方のことを壊してしまうんじゃないかって思うと、また涙が溢れて、止まらなかった。

「うぅ…………」
「どうした、なまえっ!」
「ごめん、なさい……」
「何を…………」

こんなこと、絶対に言えない。

「ごめんなさい、サカズキさんっ。私、逃げて……、っ……」
「いや、元はといえば、わしが…………」
「っ、」

どうして、どうして私は以前のようにサカズキさんのことを見れないの? こんなに大好きなのに! 大切なのに! スパッと引かれた一線は、決して自分の意志でどうなるものではなかった。

「愛しています……サカズキさん……」

この先に地獄が待っていると分かっていて、それでも――私は身を投じるしかなかった。

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