思い知るあまさ

 

鈍痛が消えない。

肌を焼かれた。じりじりとした痛みが消えない。

痛みのせいでもう碌に眠れていなかった。

 

「……起きたか?」

ここがどこで今がいつで、私は誰で、どうしてここにいるのか。何も分からない。

ただ、目の前の男ひとが、私の主人だということ以外は――

「……ぅ、あ……あ? ――っ、うぅっ」

口に放り込まれるもの。
気持ち悪い。吐きそうになる。

ぱさぱさ、ぼそぼそ。
これを食べなければならないらしい。

吐き出したら、酷いことをされた。
だから、食べるしかない。

ごくん――

「ようやった……」

ぼやけた視界の中に、人の輪郭が浮かぶ。
真っ赤な輪郭だった。

 

意識がはっきりする瞬間がある。
そのたびに、私は絶望する。

 

「…………サカズキ、さん」
「ん? おぉ、今日は調子が良さそうじゃの」

にっこりと笑う三日月の目が、怖い。黒い手袋が頬を撫る。

「うっ……」

体が軋む。
顔を横に向けると、私の両手首には枷が嵌められ、ベッドに固定されていた。

「お前は瘦せ過ぎじゃ。もっと喰わんと……」
「……はい」

差し出されたものを、ただ飲み込む。

「うぅっ…………」
「ほら…………しっかりしろ」
「ぁ……ありがとぅ、ございます……」

味を感じなくなったのは、いつからだろう。
この人の目を見れなくなったのはいつからだろう。

この人を――愛せなくなったのは。
怖くてたまらなくなったのは……。

 

……、確かあの日――――

:
:

サカズキさんに体を求められた日。
大事なことを忘れていた。

あまりに久しぶりで、そんなことは頭から抜け落ちていた。

太腿に刻まれた、消えない髑髏。

それが何を意味するのか――海賊や海兵なら誰もが知っている。

己の信念を捧げ、生涯をその海賊団に捧げる証。

もちろん、それを承知で刻んだ。
消えないからこそ意味がある。

まさか、そこまでやる人間が海軍のスパイだとは思わない。
そう考えたから。

……まぁ、最初から身バレしていたとは思わなかったけれど。

どうせ見せる場所でもない。
そう思って、忘れていた。

――私にとっては、その程度のものだった。

でも。

 

「なんじゃ、これは…………」

「……え?」と体を起こす。お互いを求め合って熱が高まった状態で意識が朦朧としていた。サカズキさんがズボンを脱いで、私の股の間に体を滑り込ませ、脚を持ち上げる。

そこまでして、ようやく見える髑髏は、…………かなりメッセージ性の強いものだったかもしれない。そのシチュエーションになって、理解した。

…………馬鹿な私でも、これは良くないって、分かった。

「……片目に三本傷。ハッ――ご丁寧に、赤まで入っとるのぅ」
「サカズキさん、それは潜入のためで――」
「あ?」

(あ、……だめだ)

直感が警鐘を鳴らす。

咄嗟に身をねじった。……が、強い力でねじ伏せられ、背中がベッドに沈み込む。藻掻いても抜け出せない。サカズキさんの右腕が私の首を抑え込み、刺青のある内腿が左手でグッと押し上げられる。

「ぅっ……!」

親指が、髑髏をなぞる。

「さか、ずきさんっ。やめっ――」
「こんなもの……いつの間に……」
「これ……はっ、潜入のため、で……!」
「あ? 本気で言うとんのか」
「……?」

 

なまえは、首を傾げた。本気で理解できていない両眼がサカズキのことを見返している。それがサカズキを余計に駆り立てるとも知らずに。

誰が見ても美しく彫り込まれた髑髏は、芸術の域に達している。サカズキ自身も体に彫り込んでいるが、ここまで美しくはなかった。どこからどうみても、凄腕の堀師によって大事に彫られている。つまり、これは、赤髪海賊団がなまえを仲間と認めた証なのだ。

サカズキは奥歯を噛み締める。そうしないと、力が暴走するからだ。だが、それでも、どうしようもない怒りが体内で暴れ狂う。

「向こうで随分楽しんだようじゃのぅ……」
「……はぃ?」

 

サカズキの熱が収束しない。熱い……体中が燃えるように熱い。サカズキは抑えきれない怒りで己の能力を制御できなくなっていった。

 

サカズキさんが触れる太腿がだんだんと熱くなっていくのが分かった。どんどん、どんどん……熱くなる。

足掻いても、……逃げられない。

やがて――

肉が、焼ける。

 

「っあ゛ぁ゛ あ゛ あ゛ あ゛ 、ぅあ゛ あ゛ あ゛ !!!!!!」

 

痛い。

痛い痛い痛い痛い!!

 

ジュゥウウウウ――

 

肉のやける匂いが鼻先にまで届いた。彼が私の肌を焼いた――訳が分からなくて、頭が真っ白になった。

「やめてっ! やめてくださァッいッ!!」

最後の力を振り絞って叫ぶ。視界の先にはっきりと見えた――サカズキさんの目から、涙が流れていた。その光景に、思考が弾ける。

『そんなに想っていたのならどうして私を潜入させたのですか』
『命令さえなければ、私は貴方の傍を離れなかった。貴方が言ったんじゃないですか』
『なんで、そんな、被害者面するんですか』
『そんなの卑怯じゃないですか! だったらどうして私を海賊にしたのですか!』

どうやらこの後意識を失ったらしい。私の記憶はここで途切れていた。

:
:

ギシリ、と軋む手枷の音で現実に引き戻される。

嫌だ。

戻りたくない。

あの時間に戻りたい。

太腿が痛む。

それが現実を否定させてくれない。

 

かつての髑髏は、跡形もなく消えていた。

真っ赤に爛れた皮膚だけが残る。

――あっけない。

あんなに苦労したのに。

:
:

「なら、証明してみろよ?」

高らかにそう言ったのは誰だったか――今ではもう覚えていない。赤髪海賊団に潜入してしばらくして、誰かに『お前はこの船に骨を埋める覚悟はあるのか』と言われた。

「あるよ?」と返したところ、だったら「証明してみろよ?」と。今思えば、あれはベックマンだったかな……うーん、うる覚えだ。

とにかく、だったら刺青を入れるのが早いと思った。ただ問題は、見えるところに掘ると海軍に戻ったときに困るということ。……うーん。それなら、見えないところに掘れば問題ないかと思った。それで、行きついたのが太腿の内側だった。

彫師はホンゴウだ。彼は趣味で刺青をデザインして、みんなに彫ってあげているらしい。腕は確かだし、何より医者なので心強い。そういうわけで、その場ですぐに掘ることに決まった。

「しっかり押さえておけよ」

ベックマンが後ろから抱き抱えて、身体をがっちりとホールドする。「逞しい胸板が硬くて背中が痛いのが辛い」と言ったら、「褒めても何も出ねぇよ」と言われた。いや……違うよ? ほんとに痛いんですけど……。

際どい短パンを穿いて、太腿を豪快に開いているものだから、なんだか少し厭らしいことをしている気分に――

「っ、いったぁっ~~~~!!」
「おい! 暴れんなって!」
「だって、めちゃくちゃ痛いぃぃぃ」
「ベック、もっときつく抑えてろ」
「へぇへぇ」

それからホンゴウは、私の太腿に一心不乱に掘り続けた。そして、その間の私はというと……。

「っぅ…………んんっ」
「やっ、ん……いっ………………はっ、はっ」
「まっ、っ~~~~」

「おい、なまえ……。お前、狙ってやってるだろ?」
「っ、はっ!? 何言って? っ、うぅ…………ホンゴ……もうちょっと優しく……」

「………………」
「おいっ! ベック! 離すなって!」

フッ、と拘束が緩んで、身体が楽になる。

「少し休憩だ。ホンゴウも、なまえも、少し休め」
「あ、うん……ありがと?」

「あ~~。あと、これ以上俺がこの役をやるのはよくねぇなぁ」
「え、なんで?」
「ん……」

「見てみろよ」と指さされたズボンを見つめる。

「おっ立ってんだよ。お前の、喘ぎ声のせいで」
「ん、なっ⁉ 何考えてんの! 人が苦しんでいるっていうのに!」
「まぁ、そういうわけだ。……それか、どうしてもっていうなら、この続きをしてくれたら……」
「やりません!」
「じゃあ、別を当たれ」
「ん~、別って……。シャンクスは片手だから無理そうだしなぁ。ヤソップとか?」
「あー、彼奴は買い出し中だ」
「だったらルーは?」
「彼奴は女嫌いだから勘弁してやってくれ」
「えぇ……。あーもう面倒だな……」

――――と、扉が軽い音を立てた。ここは医務室なので、誰か怪我でもしたのだろう。

「なんだ」

ホンゴウが答える。

「ホンゴウ、痛み止めが……」
「あ、ライムジュース! いいところに!」

そういうわけで、代打でライムジュースに拘束役をやってもらうことに。さっきの反省を生かして、声が漏れそうなときは布を噛むことにした。

「うぅ……ホンゴウ……まだ?」
「あと半分」
「半分!? あぁ、もう、刺青彫るなんて言ったの誰!」
「お前だよ、お前!」
「ねぇ、私の意識飛ばしてくれない?ㅤお願い、ライムジュース!ㅤこのまま、グッと落としてくれていいからさ」
「俺は別にいいけどよ……」
「だめだ、ショック状態になったから分からねぇから、ちゃんとそこで起きてろ」
「ホンゴウの鬼ぃぃぃ……!」

 

それからまた髑髏を半分、どうにか最後まで掘ることができた。

 

「もうくたくた。ライムジュース〜〜! 部屋まで運んで…………」
「はー、なんでおれが?」

やだよ、面倒くせぇと言うライムジュースの耳元でぼそり、一言。

「その虫歯、ホンゴウに言っても……」
「――っ!? …………分かったよ」
「やった!」

「おー、なまえ。安静にしておけよ」
「うん、分かったよ、ホンゴウ。こんなに綺麗な刺青を彫ってくれてありがとう! 今度お礼するね」
「そりゃ楽しみだな」

ホンゴウに向かって軽く手を振って、ライムジュースに抱えて運んでもらった。子供みたいにベッドに入れてもらって、「ばいばい」って手を振った。

 

翌日、ライムジュースの虫歯をさらっとホンゴウにバラした後、「経過を見る」と言われて医務室に向かうと、ちょうど治療中のライムジュースがいた。

「あ! おいっ、なまえ! バラさねぇって約束……!」
「えー? 私は知らないよー?」

ホンゴウがにんまりと笑うものだから、釣られて私も笑ってしまって、その後、ライムジュースにすごく怒られたんだったっけ。

あの頃は、楽しかったなぁ……。

まだ体調が良いときだったから、みんなと、いっぱい無茶することができた。

……みんなに、また会いたい。

 

――あの瞬間に戻りたい。

   

   

……………………お願い、…………、助けて――

   ……………………誰か、助けて――

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