島にある海軍拠点をすべて潰した。建物内部をしらみつぶしに探して回り、船内もすべて確認した。だが、なまえの姿はない。
もしかしたら、もう本部へ連れていかれたのかもしれない――その考えは捨てきれないが、今できる最大限のことをしようと決めた。
やり方を変える。
海兵に命乞いをさせ、情報を引き出すことにした。作戦は上手くいった。とある一人の海兵から、興味深い話を聞くことができた。「まさか、赤髪があの女の仲間だったとは……」と。
「…………お前は知っているのか」
「知ってるも何も、俺たち海兵は世話になってるからな」
「…………どういう意味だ」
「…………まさか、赤髪と穴兄弟になる日がくるとは、人生何が起こるか分かんねぇもんだな。鷹の目も来ているらしいじゃねぇか。…………あぁ、そっちもか? あの女ならやりかねねぇな。…………なぁ、兄弟?」
目の前が真っ暗になった。
「シャンクス! やめろ! やり過ぎだ!!」
「お頭! もう死んでる!」
ミホークの刀が振り下ろした俺の剣を受け止めていた。我に返り、辺りを見回した。
足元には、肉の塊が転がっていた。周りも血の海だった。
「崖下の横穴に船が隠れているそうだ」
息を切らせたホンゴウがそう言った。
ひとっ飛びで着いた船。船上には、海兵と海賊が倒れている。戦いの後がまだ新しい。
「うちの仲間じゃねぇな……」
どうやら、俺たちの戦いに紛れ込んだ小物がいたようだ。近くに人の気配はなさそうだが――――目を閉じて集中する。……下だ。微かな話し声が聞こえる。逸る気持ちのまま駆け出した。
:
:
「ぅぅ…………」
「なんだこいつ。反応がねぇな……面白くねぇ」
「頭、見た目は悪くねぇぞ? 連れ帰って整えたらそれなりに売れるんじゃねか?」
「そうか。なら、ひとまず…………おい、誰だっ!?」
ベックマンと合流し、そのまま船内奥へ降りて行く。一番下まで降りた廊下の先に、開け放たれたままの扉が見えた。奥には数人の男が立っており、ベッドを取り囲んでいるように見える。不用心なことに、扉の脇に見張りがいない。
「生きる価値もねぇ……クソどもが…………」
パァンッ――、パァンッ――、パァンッ――、パァンッ――、最後の銃声を待って駆け出す。
「なまえッ!!!!」
ベッドに横たわる一人の女は、ピクリとも動かなかった。顔を顰めたくなるような惨状を前にして怒りに支配されそうになる。普段は冷静なベックマンまでもが、今にも暴れ出しそうな形相をしていたことで、サッと頭が冷えた。
今はそれどころじゃねぇだろうが、落ち着け――自分自身に言い聞かせる。ベックマンも同じだった。互いに視線を交わし、長息を吐き出すことでどうにか抑え込む。
なまえの体に服をかけてやりながら、愛しい人の横髪を軽く払う。――生きている。それがまだ救いだと思うしかなかった。
「お頭、俺たちだけじゃ動かしていいか分からない」
「あぁ…………そうだな」
拳を握り、天井に向かって叫ぶ。
「ホンゴウっ!! ここだ! なまえがここにいる!」
ホンゴウ、ミホークが遅れて合流した。
「……なまえは大丈夫か」
「あぁ……見たところ致命傷はない」
ほっ、と息をついたホンゴウが聴診器から耳を外しながら、そう言った。だが、その顔色は暗い。指先に目を向けて、なまえの指を見る。
「……爪が何度も剥がれている。治りきる前にまた……」
部屋を見回すと、壁のいたるところに赤いひっかき傷があった。
「複数の打撲もある。腕が折れて変形している。ここはまともな環境じゃない。こんなところに居させられない――お頭、すぐにレッドフォース号を船につけてくれ。後、湯を!」
「手配済みだ。すぐに来る」
「ベックマン、この海楼石の首輪を外せるか。首の傷が膿んでる。すぐに外してやりたい」
「俺は開錠専門じゃねぇが……、待ってろ。これは簡単なカギだ…………」
カチャン――軽快な音と共に首輪は外れる。
「…………よかった。これなら薬で傷は治るな。病気は…………情報が足りねぇ。おい、鷹の目。なまえは解毒済みっていうのは確かだろうな」
「あぁ……完治している」
「……よし、なら――」
ホンゴウは、ミホークから『青と赤が混じった小瓶』を受け取り、なまえの体に注射器で打ち込んだ。
「それはなんだ?」
「ん? あぁ、これか。これはちょっとした秘薬だ。これで回復力が大幅に上がる。お頭のために用意していたんだが、結局使うことはなかったからな……」
「俺には効果がなかった」
「お頭の回復力が元々凄すぎんだよ。……まったく。さて、これで応急処置は完了だ」
「終わったな……! 一刻も早くなまえをここから連れ出すぞ……!」
シャンクスの一言に、全員が深く頷いた。
:
:
ゆらゆらと心地のよい揺れだった。珍しく暖かいと感じることができた。けれど、安心してはいけない。どうせ、また――治ったら引き戻されるんだから。
:
:
「………きもちぃ〜〜」
「最高だなァ?」
「なぁ……?」
「あれ、なんだよ、眠ってんのか?」
「おいおい、たった一回だぞ? 足りねぇってんの。ほら…………起きろよッ!」
頬が……痛い……。
でもどうでもいい。知らない。知らない、お願いだから、もうほっといて。何してもいいよ。だから、もう私をほっといて。勝手にしてよ。私の意思なんて知らないんでしょ……だったらもう……聞かないで。
たくさんたくさん叫んだ。でも、誰も、私を助けてくれなかった。
だから、無視した。そしたら、いっぱい痛いことをされた。たくさん泣いた。でも、そのうち涙も枯れた。そのうち、痛くて苦しくて動けないでいたら、ある朝、体の痛みが取れていた。腫れ上がって見えなかった視界が妙にクリアになっていて、傷だらけの体が治っている。嬉しくて泣いていたら、美味しいご飯を与えられた。しばらくして、部屋から外に出された。綺麗な服を着せられて、知らない部屋に入れられた。
知らない部屋、なのに――入った瞬間に、全身が凍った。部屋の真ん中には、『正義』のコートを羽織った背中があった。見覚えのある立ち姿だった。全身が悲鳴を上げた。男がゆっくりと振り返る。真っ赤な服が閉じ込めていた記憶を一気に押し広げていく。頭が割れるように痛くなり、消えたはずの恐怖が腹の奥からゆっくりと私を引きずり込んでいく。
サッと血が引いた。
怖い、怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い
恐怖が全身に周り切ると同時に、焼かれた内太腿が激痛を呼び起こし、脂汗がどっと吹き出る。その瞬間――またあの時間がやってきたのだと理解した。
「っ、――やだっ! やだっ! やだやだやだ! お願い誰か助けてぇえええ!!!」
振り返って必死で扉を叩いた。
:
:
「イヤァああああ!!!! いやぁあああああ!!!!」
壮絶な叫び声が、船内に響き渡った。一瞬にして船内の全員が理解する。
「「「なまえが、起きたのか!」」」
それは、航海地図を見ながら今後の進路の話をしていたときだった。シャンクスがなまえを船に乗せたままにするべきだと言って、ベックマンは療養のために安全な場所に降ろすべきだと言った。
「安全な場所…………? そんなもの、どこにある…………」
なまえは、死の偽装をしていた。見た目も何もかもを変えていた。それでも、何故か彼女は見つかってしまった。なら隠さずに俺たちの元におくべきだ。「赤髪海賊団、船長の隣が最も安全な場所だろう」とシャンクスは言った。
まぁ……それは確かにそうなんだよな……、とベックマンは理解を示しつつ、首を振る。今よりも元気な時でさえ、なまえはこの船を拒否していたのだ、弱り切った精神状態で、海賊船に乗せるのは、本人にとって良くないだろうと考えていた。
ホンゴウは、今のなまえの状態が分からねぇから。何とも言えないと言った。
「なまえは長期間に渡って暴行を受けている。相手は男だ。俺たちも男。どう考えても怖いだろう。真面な精神で、同じ部屋にいられるのか、そもそも、会話はできるのか…………確認すべきことは多い……」
「っ、――――」
シャンクスはまた拳を握り締めた。分かっていても、現実を突きつけられると打ちのめされる。威勢のいい、なまえとの口喧嘩が恋しかった。けらけらと笑う笑顔も、「やめて」と拗ねた顔も、時折見せてくれる可愛らしい照れ顔も…………恋しくて堪らなかった。
「お頭……頼むから、なまえに会うのは少し待ってくれよ」
「……分かってる」
その直後――あの壮絶ななまえの叫び声が響き渡った。
一番に反応したのはシャンクスであったが、先ほどのホンゴウの一言でグッと踏みとどまる。
「……頼む、ホンゴウ」
「あぁ、任せておけ。……鷹の目は、どこにいる?」
「ミホークは、甲板で待っている」
「……分かった」
直近で、なまえとのやり取りがあったのはミホークだけだった。それ以外の連中は、今の身分のなまえを知らない。だから、彼女を安心させるためにミホークは必要な人材だった。
ホンゴウとミホークがなまえのいる部屋に向かう。そこは、かつて彼女が使っていた物置部屋だった。あの後、再び物置部屋になっていたところを戻して誂えた。少しでも安心してもらえたらいいのだが……。シャンクスは、そう祈りながら、二人の背中を見送った。
:
:
コンコン――
控えめなノック音が響く。部屋の中で物音がした。意識はあるようだ。ホンゴウは部屋の外で待つことになっていたので、ミホークが頷き、中に入る。
なまえは、ベッドの上に座り込んでいた。シーツに包まって、不安そうにこちらを見ている。目が合った。だが、何か…………。
「お前、見えていないのか」
この距離でミホークの姿を見れば、なまえならすぐに何かを言うはずだ。それがなかった。もしかして、記憶が……? とも、考えたが……。視線の位置がおかしい。ぼんやりとしていた。
「……なまえ」
ミホークがわざと小さな声で言うと、なまえは反応しなかった。
「……なまえ!」
少し大きい声で言うと、僅かに反応がある。
「……は、はいっ。ここにおります」
「そんなに怯えなくていい。俺はお前に危害を加えない」
「…………」
ゆっくりと近づいていく。ベッド脇のすぐ傍に立って、ようやく彼女の顔がついて動いて来る。
「俺が誰か…………分かるか?」
「っ、…………」
なぜか、喉を詰まらせたなまえが、悲観を帯びた顔で見返してくる。首を傾げると、「大変申し訳ございません」と目の前で頭が深く下がった。
「何故、謝る?」
そして、ゆっくりとシーツを降ろして、ベット脇に近づいて来る。そして、着せていた服に手をかけて脱ごうとし始めた。慌てて手首を掴んで止めた。
「待て、何をしている」
「……大丈夫です。全部自分で出来ますから」
「いや、そういう意味では…………」
「あっ、…………失礼しました。では、このままの方が…………」
「いや、だから――」
少し、ほんの少しだけだ。僅かに語尾が強くなっただけだった。それだけで、一瞬にしてなまえの顔が強張った。
「……申し訳、ございません。私の覚えが悪いばかりに…………どうぞ、いくらでもお好きに使ってやってください…………」
その瞬間、ミホークは言葉を失った。
…………一体何と言えばいい? 何と返せばいいのか、…………分からない。何を言ってもまた怖がらせてしまうのではないか、そう思うと、迂闊なことは言えなかった。
この娘は、今まで一体何をされてきたのか――自分では想像も付かなかった。ホンゴウを呼ぼうにも、この空間にもう一人増えれば、それだけでなまえは、また寿命の縮む思いをするだろう。
「…………」
だが、このまま黙っているわけにもいかない。
「……なまえ、俺を見ろ。それとも見えないのか? 視力は……」
「目……ですか。それが、少し前からぼやけて見えなくなってしまいました」
「どの程度なら見える」
「……この辺りなら、少しはっきりと……」
手の平一つ分、そのくらいの距離なら見えると彼女は言った。だから、ミホークは、帽子を脱いで、なまえの方に顔を近づける。
「なまえ、俺はミホーク。分かるか、この顔が…………」
「…………ミホーク?」
ずっと死んだ目をしていたなまえの瞳が僅かに揺らいだ。真っ直ぐにこちらを見た目は俺のことをしっかりと捉えている。
「あ……あぁ…………ミホーク? 本物? 本当に? ねぇ、本当に、ミホーク? あぁ、神様! お願いだから、もう夢だなんて言わないで。お願い、…………お願いだからっ」
崩れ落ちるように、なまえがミホークの方に腕を伸ばした。ミホークがそれを受け止めると、手が触れ合う。なまえが信じられないものを見るように、ミホークの頬を撫でた。顎髭に触れて、頬を近づける。
「あぁ……ミホークだっ! 本当に、ミホークだ!」
「なまえ、もう安心しろ。ここは安全だ」
「うん……ミホークがいるんだものね……」
ぽろり、ぽろり――安心しきったなまえの両目から、涙が零れ落ちていく。ひっく、ひっく、と喉が鳴る姿には、よく知っているなまえの面影が見える。その姿にほっとした。なまえが話せることが分かって心の底から嬉しかった。
「ミホーク、ミホーク! ごめん、お願いだから、今だけ、抱き締めてもいい……?」
「……あぁ、来い。好きなだけ、抱き締めてやる」
「うん…………ありがとう」
ミホークの肩に顔を寄せたなまえは、静かに涙を零し続け、そのまま疲れて眠ってしまった。
しばらくして、ホンゴウが様子を見るために部屋にこっそりと入ると、困った様子で、なまえを抱っこしているミホークの姿が目に映る。この姿にはホンゴウも思わず笑みを零した。
あぁ、良かった――なまえの心はまだ生きている。彼女はまだ人を恋しいと思える。それが分かっただけでも十分だ。
「鷹の目、悪いが……しばらくは、ここで過ごしてもらうぞ」
「……狭いが、まぁ…………このくらいは我慢しよう。友のためだ」
「そりゃぁ、助かる」
シシシッ――と笑ったホンゴウに、ミホークは柔らかく微笑んだ。

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます