ロジャー船長の公開処刑から5年の歳月が経った。
姉は元気な子供を産んだけれど出産と同時に亡くなってしまった。命がけの出産だった。子供は元海賊の私が育てるわけにもいかない。海賊団の一味になったときに賞金首になって以来、往来では命を狙われるようになっていた。育ての親に関してはロジャー船長も思案していたようで、どこからともなく現れた――ロジャー船長の旧知の仲のガープ中将が引き取っていかれた。その際に私は見逃して頂いて無事に島を離れることができたのである。
私が出来たこと――姉が生きている間は身の回りの世話を、姉が亡くなった後は墓を建てて後始末をした。情報を揉み消し、形跡を消して回った。後は……子供の、ロジャー船長と姉の最愛の息子、エースの成長を遠くから見守ることぐらいだった。でもそれもずっとは難しく、ある程度大きくなったところで島を離れることになった。せっかく親の血から逃れることが出来ているのだ。私のせいで捕らわれて欲しくなかった。
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それから私は、どこへ行くか悩んだ。
ロジャー海賊団は私が船を出た後、解散してしまった。だから戻るべき場所がなかった。自分の力で生きていくことはできる……でも、生きる意味がまったく見えてこない。大切に思っていた、生きる目標になっていた人たちがいなくなってしまって、私は……島を転々として彷徨っていた。一味の皆を探すにしても、手がかりがなさすぎたのだ。
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ある日のこと――訪れた島で偶然にも、シャンクスに出会った。
一目見てすぐに彼だと分かった。彼は、まったく変わっていなかった。いや……それだと語弊がある。もちろん、年を取ったのだから風格は出てきていたし、体も成長していた。でも、私の目の前に立って呆然とこちらを見ていた間抜け顔はかつてのままだった。その可愛い顔が健在でよかった。「久しぶり」って言いながら、なんだかおかしくって腹を抱えていたら、駆け寄って来た彼に、きつく、息が出来ないくらいに強い力で抱きしめられた。
「あぁ!! あぁ!! 久しぶり、なまえ!!!!」
「…………久しぶりだね、シャンクス」
再会したシャンクスはりっぱな海賊団の船長になっていた。副船長はベックマンと言う人で、自己紹介を聞きながらまるであの人みたいだなとそんなことを考えていた。
俺の船に乗ればいい――シャンクスならそう言うと思った。ははっと声を出しながら、首を横に振った。私は……海賊には戻らない。
「どうしてだ……?」
「んん……どうしてって言われると困るなァ。う~ん。海の上で過ごすのって、結構大変だったんだなって、また島で住むようになってから思ってね。……ほら、私って実は女だったでしょ?」
「実は……って。お前は後にも先にも、女だろう?」
「うん、まぁ……そうなんだけどさ。海賊団にいるときは時々忘れてたんだよね。自分が女だってこと」
「え、そうなのか?」
「……うん」
もしかしたら、私は、男になりたかったのかもしれない――そう思ったこともあったっけな。大人の女になってからは不便も多くって、大変な思いもたくさんした。ロジャー船長のところは、私の他にも女性が結構いたからどうにかこうにかやってこれたけど……。案内されたシャンクスの海賊団には、女がいない。それは大きなデメリットだった。いくら、シャンクスがいるからって……。
「乗るとしたら……女は私ひとりでしょ? それもちょっと……」
「へぇ、結構現実的なんだな」
シャンクスの隣に立っていたベックマンが言った。
「まぁ、こう見えてシャンクスよりは大人だし」
「は? あぁ、お頭が年上好きなのって、そういう……あぁ、なるほど。理解した」
「……え、何? 勝手に話を進めないで。何の話……?」
「別に、なんでもねェよ。ベックも、余計なこと言うな」
「…………へぇへぇ」
スン――と鼻を鳴らしはしているけれど、シャンクスに対する信頼は窺い知れる。見た感じ他の船員も、シャンクスのことを一目置いているようだった。それでいて、シャンクスはいばっていないし、肩肘もはっていない。自然体のままだ。……いい仲間を持ったんだね、シャンクス。なんだか、ちょっと泣きそうかもしれない。
目元にじんわりと涙が浮かんできた。彼は私なんかよりもずっとずっと上の立場の人間になっていた。
「だから、ごめんね、シャンクス。誘ってもらったのは……本当に嬉しかった。ありがとう」
本当に、嬉しかった。こんな私でも、まだこうして求めてくれる人がいるんだと知ることが出来て、ほっとした。もうすっかり人との繋がりが切れてしまっていたから、少し……寂しかった、のかもしれない。……もう、恥ずかしいな私。
「…………いやだ。俺の船に乗ってくれ」
「もう、我が儘言わないで」
駄々を捏ねるところまで相変わらずのようだ。
「あ……そうだ。バギーはいないの?」
「…………え、バギー? あぁ、あいつはあいつで自分の仲間を持っているぞ」
「そうなの? てっきり同じ海賊団になってるかと思ってた」
「あいつが俺の下に付くわけねェだろ? 俺があいつに付くわけもねェし」
「……確かに」
いっつも、どこにいっても、何をしてても、取っ組み合っていた二人だ。そうなるのも頷ける。
「バギーにも会いたいな……どこにいるのか、知ってる?」
「あぁ……確か、東の海の方で見たって話を聞いたな。今は……確か、道化のバギーって、賞金首になっていたから」
「賞金首! あのバギーがっ!?」
「……俺だって、赤髪のシャンクスって、…………ほら」
近くにあった手配書を指さして、シャンクスが言う。その指の先には、本当にシャンクスの手配書があった。写真に写るシャンクスは本物よりもどこか大人びているように見える。
「え……これ本当にシャンクス? なんか実物よりも……」
「なんかこれ写りがいいよな! それは俺も思った! 撮ったのは誰か聞きたいもんだ!」
あっはっはっ!! と大声を笑う様子を見るに、シャンクスは今の状況を楽しんでいるようだ。やりたかったことに打ち込んで夢を叶えたんだね、シャンクス。
「今のうちに、連絡先交換しておいてもいい?」
「もちろん……!」
電伝虫で通話ができるように、懐にしまい込んでいた子電伝虫を取り出す。俺がやる――とベックマンが受け取って良いようにしてくれた。この辺のことはいまいちよく分かっていないので助かった。
「ほら、これでいつでも電話が出来る」
「……ありがとう」
気休め程度にはなるけど、これだけでも寂しさが和らいだ気がする。
「なまえ!」
「ん?」
「船、乗っていけ」
「…………シャンクス。…………仲間にはならないけど、それでもいい?」
「あぁ、もちろん。居てくれるだけで、俺はいい」
「『俺は』って………。他の人にもちゃんと聞いてからじゃないと「俺たちは別にいい」……え?」
ベックマンが軽く頷いて、その後ろにわらわらと集まってきていた連中が「一人増えるくらいどうってことはない」と口々に言う。ロジャー船長のところもだいぶ寛容だったけれど、こっちもそんな感じなのか。あの頃はレイリーが目を光らせていた。この船じゃその役は……。
「俺の船だ。俺が決める」
――シャンクス自身なのだろう。
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与えてもらった自室に入ったところで、無人のはずの部屋に人の気配を感じた。気配はよく知る人物だったから、特に慌てることはなかった。
「……なまえ」
甘えた声がすぐ後ろから聞こえた。するりと背中から抱き込められて、腹に腕が回される。ふいっと能力を発動させて軽く後ろに押した。
「駄目でしょう、船長?」
フッ――と背後で笑う気配がした。
「手厳しいな……」
シャンクスが隣に並ぶ。
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結局、私はシャンクスの船に乗っていた。あくまでお客として一時的に旅の足として乗せてもらうことになったのだ。シャンクスはそのまま仲間になればいいと言うのだが、それはちょっと違うと思っている。私たちは旧知の仲でも、他の者からすれば全然知らない奴なのだ。そんな身元も分からない『女』が船の船長の個人的な意見で仲間になる――そんなのは釈然としない。なんか、嫌なのだ。だから断った。
そして、なんとなく釈然としないからという理由で、私は……関係を求めてくるシャンクスのことをやんわりと拒否していた。
自分は都合良く足としてシャンクスのことを利用しているというのに、本当にいけ好かない女だと自分でもそう思っている。……が、どうか許して欲しい。私は、少し疲れているのだ。
「ごめん。今はそういう気分になれそうにないの……」
「……そうか」
シャンクスも、なんとなく気づいているんだと思う。求めても無駄だと分かっている癖に、戯れ程度の優しい触れ合いを彼は続けてくる。私を見つめるその視線はいつになったら胸の内を話してくれるのか、とそう言っている気がして、いつも視線を逸らしてしまう。言いたいと思うけれど、なんて言えばいいのか、それが分からなかった。この胸に溜まっている感情は、一体なんなのだろうか。
ここ数年で私はいろいろな物を失った。失い過ぎて、ちょっと馬鹿になってしまったのかもしれない。…………なんだか、すごく空虚な気持ちでいっぱいで、なんだか……とても苦しかった。
「なまえ……」
「なに?」
「…………また会えてよかった」
「…………うん。そうだね」
もう会えないかもって思っていた。だから、私は別れる前にしっかりとシャンクスと言葉を交わした。後悔のないように、と。でも――嬉しいことにまた彼に会うことが出来た。
「あのね……」
続けて、自然と言葉が出ていった。
「私ね、シャンクスに会えて、本当に嬉しいって思っているよ。だって、あの時の私にとってシャンクスはとても大切な人だったから。もう会えないって思っていた。まさかまたこうして会えるなんて思っていなかった。……だからね。本当に嬉しい。……シャンクス、ありがとう」
私を見つけてくれて、ありがとう――にっこりと笑う。その瞬間、シャンクスの顔がくしゃくしゃになった。両目からぽろぽろと大粒の涙を落としていって、あぁこんなに大きくなったのに、涙を流すとき、豪快に泣くところは変わっていないんだねと思った。
「……やっと、笑ったな……」
「…………え?」
「ずっと苦しそうだったから。心配していた。前は、よく笑っていただろ? でも、もう全然笑わなくなっちまってて。……心配していた」
「あ…………」
そうかもしれない。私はすっかり笑わなくなっていたんだ。それに今まで全然気がついていなかった。
「…………シャンクス、ただいま」
「おかえり……なまえ」
ゆっくりと背中に回される腕を、今度は受け入れる。顔を上げて、目を閉じて、求められるままに唇を重ねた。全身を覆う人の温かさに涙が落ちていった。あぁ――止まっていた私の時間が、ようやく動き出した気がした。

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