「それで……本題はまだですか?」
「え、何々? もっと俺と話したいの?」
「…………」
……もう。だから嫌なんだ。この人と話していたらペースが持っていかれてしまってなかなか先に進まない。苛ついていると、唐突に――手の甲に何かが触れた。反射的に払い除けようとして、グッと押し込められる。
――あぁ……もう!
重ねられたのは当然、青雉の手だ。指の先まで完全に覆われて、ゾゾゾ――と背筋が伸びた。
「……何もしないならって、私は言いましたよね?」
「うん……?」
「そうだったか」と、彼が言い終わる前に腰の愛銃を引き抜く。銃口を頭に突き付けると、「おぉっ?」と、ふざけた声で男が言った。
「あれま。銃とか持ってるの?」
「……白々しいですよ。貴方ほどの人なら、ひと目見るだけで分かりますよね」
「まさか~、買いかぶり過ぎだよ。君みたいな女の子が武器を所持しているとは考えないって。報告書には見かけ倒しってあったからね」
「……あの頃とは違います。これでも、一応はミホークの背中を預かる覚悟はありますから」
銃口を突きつけられているのに、まったく恐れていない様子が逆に恐ろしく思う。この人はこの状態でもまだ私の勝てる自信があるのだろう。
「……では、打ってもいいですか?」
ならば、弾丸をお見舞いしてやってもいいのではないか、ふと思った。
「…………君にそんなことができるの?」
彼の目が私を見透かしていた。サングラスの隙間から私を見ていた。
「人を撃ったことはある?」
「…………」
…………ない。ヒヒを打ったことは何度もある。でも、人を打ったことはなかった。……考えたことはあるけれど、正直なところ、私の能力なら人を殺す必要はない。だから本物の海賊のように人を殺めてしまう恐怖に直面することはないと考えていた。……問題はこの人は私の能力を知らないこと。
あ…………。そこまで思考がたどり着いてようやく分かった。なんて嫌らしい男なんだ。
「……もしかして、私の能力を探っているんですか?」
僅かに震えた眉を私は見逃さなかった。どうやら図星らしい。ニタリ――悪役じみた笑みを浮かべる。観念したように、彼が諸手を挙げた。
…………降伏した人を脅す趣味はない。愛銃をホルダーにしまう。
「やるじゃない。予想より気付かれるのが早かったよ」
「はぁ……やめてください。別に隠しているわけじゃないんですから直接聞いて下さい」
どうやら、彼には私を殺す気がないらしい。そういう大事なことのは、話を始める一番前に話しておくべきだと思うんですが……。
「俺が純粋に君のことが気になったから探りたかっただけだよ。本件とは関係ない」
「何ですかそれ」
「ただね……口実が欲しかっただけなんだよ」
フッ――と笑みを浮かべた横顔をまじまじと見つめる。何故だか胸がドキドキしてきた……何ででしょうか。深く考えると良くないのかもしれない……思考を放棄してしまいたい衝動に駆られたが、それをどうにか乗り越える。
あぁ……たぶんこれは密室マジックだ。男と女が二人きりでいるとそれだけでなんとなくそういう雰囲気になりやすかったりする。そもそも、二人きりで内緒の話をすること自体が間違いだろう。それに気付いたとき、絡んでいた視線の元、サングラス越しの瞳が緩い弧を描いて、ゾクリ――肩が震えた。ここに長居はしないほうがよさそう……。
視線から逃れるように目を閉じる。軽い咳払いと共に、頭を振った私は本題の続きを急かした。
「私の処遇についてですが、どうなるかいい加減、教えて下さい」
「…………どうもこうもないさ。海軍に所属もしていない君をこちらで縛ることはできない」
「まぁ、でしょうね」
「だが、放任するという訳にもいかない。……知っているとは思うけど、悪魔の実の能力の中には有名な能力がいくつかある。その使いようによっては世界の均衡を大きく崩してしまうことも有り得るだろう。だから、こちらとしては今、誰が、どのように使用しているのか把握しておく必要があるというわけ。……言っている意味、分かるよね?」
「…………」
「さらに欲を言えば、その能力者は海軍で囲っておきたい」
「…………まさか、私に海軍に入れとでも言うのですか?」
「いいや。そこまでは言わない。これはあくまで『欲を言えば』の話だからね。そりゃまぁ、入ってくれたら嬉しいことこの上ないけどさ」
どう?――とこちらを見る目。緊張で頬が強ばる。「ないです。それは絶対にありません」そう言えば、あっそと素っ気ない返事が返ってきた。なんか拍子抜けだ。どうやら始めから期待はされていなかったらしい。良かったんだけど、少し疲れたな……。
「なまえちゃんは二年前と変わらず鷹の目と一緒にいるようだけど、これからもそうしていくつもりかい?」
「えぇ、まぁ。そのつもりです」
「俺の部下になる気はない?」
「……はい?」
素っ頓狂とはこの事。まん丸に目を見開いて、青雉の顔を見つめたまま、何度も瞬いた。言われた言葉を理解するのに数十秒の時間を要するくらい、私の頭の中は酷く混乱していた。まさに『何言ってんのこの人?』状態である。
理解が追いついたあと、隠すことなく思い切り顔を顰めてやった。
彼を見やれば想像以上に本気で言っているようでその顔は真剣そのもの。
「俺、なまえちゃんのこと気に入ったんだよね」
「……さっきの聞いていましたよね? 私、海軍には『絶対』入りません」
「じゃあ、もし俺が海軍じゃなかったら……ついてきてくれる?」
「いいえ、行きません」
即答した。
きっと彼は機嫌を損ねるだろう。そう思っていたら、クククッと楽しげな声がして驚いて彼の方に顔を向けた。
「なまえちゃん。俺のことはクザンって呼んで」
「……は、はぁ」
なぜ今その話をするんでしょうか?
「いや、ほんと君は鷹の目にはもったいない子だよ」
「…………」
それは間違いだと思う。正確には『私には鷹の目はもったいない』だ。そう言われてしまえば、そこに引け目を感じている私は少し戸惑ってしまうかもしれない。
「とにかく、なまえちゃんは今も変わらず鷹の目と一緒にいる。ただ、それだけ」
確認するように見つめられて頷く。
「海賊でもない、海軍でもない。ただの一般市民。まぁでも……一応、唾つけておいたし、それでいいだろうさ」
「…………あのう。唾ってなんですか?」
「鷹の目だよ。鷹の目は王下七武海。政府からすれば協力者だ。その連れである君は、『その能力で政府へ敵対する理由がない』……だな?」
「……そう、ですね」
ほんの少し言葉に詰まってしまったのは、『敵対』の定義と共に、一部の海賊連中の顔が浮かんできたからだ。彼等と親交があるのは、家族や友人としてしていることであって、そこに『敵対』の意思はない。でも、もし……その大切な人たちを政府に傷つけられたら……私は変わらず中立の立場で居続けることができるのだろうか――そんなことを考えてしまう。
「あららら~。そんな顔しなくとも、先のことは誰にも分からないよ。…………まぁ、今は大丈夫ってことでいいよね?」
ばちり――ぶつかった視線。先ほどまでとは違う真剣な眼差しに狼狽える。まるで、こちらの言葉をわざと遮っているような……ひょっとしたら、この人には私の考えていることが分かっているんじゃないかと、有り得ないことを考えてしまった。先ほど、私の頭の中で思ったことは、恐らく口に出してよいものではない。海軍の船の中でなんか、もって他だろう。それくらいは私にも分かっている。
私は、ゆっくりと頷いた。
「意見が合ったようで、良かった良かった。じゃあ、センゴクさんには俺から伝えておくから」
「はい。お願いします」
「あぁ……そうそう。センゴクさんから『鷹の目が来ないから顔を出しに本部へ来るように』って言付けを預かってたんだった」
「……それは、ミホークに?」
「いやいや。君にだよ」
「え…………私に?」
きょとんと目をまあるくして青雉を見返した。「もちろん」と頷く様子を見ながら、ここしばらくなかった『誰かに頼られる感覚』に少しだけ胸が弾む。素直に嬉しいと思った。それくらいなら私にも出来るし……この後の予定もまだ曖昧だったから……。そう思って口を開く。
「……でしたら、『これから行きます』って伝えてもらえませんか?」
「まさか、これから行くの?」
「えぇはい。実は……かなり久々に海に出たんです。さっそくみんなのところに挨拶を兼ねて顔を出しに行こうかと思っていまして。本部の方々にはミホークがお世話になっておりますので、ご要望ということでしたら……是非!」
「そう? うん、分かったよ。それは俺の方から伝えておく」
「ありがとうございます」と軽やかに答えてソファから体を起こす。話に区切りがついた感じだし、そろそろこの辺で切り上げたい。
「あららら~? もう行っちゃうの?」
「えぇ。これ以上ここにいる意味はないので」
「つれないなァ~」
「ははは。では、失礼しますね」
くるりん――踵を返して一歩足を出そうとしたとき、手頸を掴まれて足が止まる。
「…………最後の最後までセクハラする人ですね」
「君だって、最後の最後までつれない子じゃないの〜」
負けずに睨み返すと、クスクスと楽しげな声で笑われた。ムッと口を結ぶ。
「…………まだ何か用が?」
「こっからは俺の用だから。……聞いて」
深く息を吸い込んで、肩を降ろした青雉が淡々と言った。
「鷹の目のお手付きだからって俺は遠慮するつもりはない。遠慮なくいくから。距離感がおかしいって思う? それはね、俺がそうしたいから。……言ってること、分かる?」
「…………は?」
「彼奴の立場でできないことでも、俺の立場で出来ることがあるだろうさ。何か困ったことがあれば遠慮なく頼っていい」
……この人、本当にあの青雉? 出会い頭に海を凍らせて強制的に人を拘束した(まぁ物理的ではなかったけど)あの、大将青雉なの……? 会話の節々で見え隠れしていた冷徹な様子が嘘みたいに綺麗に消えてしまっていて、こっちは戸惑いを隠せない。
それを楽しんでいるかのように、彼はにっこりと笑っていた。握られている手頸の上、人差し指が優しく肌をなぞって飛び上がる。
「なっ!? なにするんですか!」
「……え? 何もしてないよ?」
「嘘だ! っていうか、手、外してください」
「ごめん、痛かった?」
「いえ、痛くはないですけど……」
「じゃあ別にいいじゃない?」
確か、に……?
「っ、いやいやいや。良くない良くない!」
あっぶな……! 危うく向こうのペースに乗せられるところだった。
「はははっ。ほんと可愛いね、君は」
カァアアア――顔に熱が集まる。
「もう! 離して!!」
「はいはい」
くすくすと笑う青雉を睨みつけていると、ようやく手頸が解放された。
「別に下心がないわけではないけど、まぁ一友人として、無事を祈っているよ。この海は予想も付かないことで溢れている。絶対に油断だけはしないようにね」
頭上に影ができて、グリグリと優しく頭を撫でられた。
……え、待って。今……この人、私のことを友人って言った? 急に、何で? 本当に理解が出来なくて、首を傾げて呆然としていたら、彼が続けて言った。
「そろそろ行かないと、待ち人が暴れかねないよ?」
そう言われて、ハッとなる。結構待たせてしまった。それもこれも全部この男のせいだ。……だけど、私のことを友人と呼んでくれた彼と離れるのがなぜだか名残惜しくなってきた。また別の機会があれば、じっくり話をしてみてもいいのかもしれない――そう思いながら、私は扉の取っ手を捻った。
その時――
「この問題はとても難しいことだった。鷹の目は気分屋だ。今の立場で居続けるかもはっきりしないうえに、お連れさんはお連れさんで一般人だ。こちらから圧力はかけられない。どうするべきか、判断を任された俺も考えあぐねていた。まぁ、思っていたよりもあの娘さんは器量があるようで、鷹を捕まえていてくれそうだ。奴が七武海である限りは大丈夫だろうなぁ」
おぉっと、つい独り言が出ちゃったなァ――私の唇がゆっくりと時間をかけて弧を描いていく。そういうの、嫌いじゃないよ……クザンさん。答えるように私も独り言を言った。
「はぁ……。これからの私の立ち振る舞いはすべて政府に監視されてしまいそうで気が重いなぁ。今まで以上に会いたい人たちにも、簡単には会えないかもしれない……。だけど、そこはとっても優秀な友人の大将さんがフォローしてくれるだろうから、きっと大丈夫だろうなぁ」
あぁ、独り言がついつい出ちゃったなぁ――、それを最後に私は部屋を後にした。
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「…………その大将って言うのは俺のことかよ」
まったく面倒なことに巻き込まれちまったなぁ――そう言って嬉しそうに笑った男はアイマスクをつけて早々に寝息を立て始めたのだった。

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