48:召使いの告白

あまりに驚きすぎて、返す言葉が浮かばなかった。私が固まったまま何も言わないので、居心地が悪くなったらしい。サボが咳払いをして、先ほどの話をなかったことにしていた。

いやいやいや、それは無理でしょう。

私の脳裏には鮮明に残っているんだから。

「それは……どうも。……ありがとう。素直に嬉しいかも……」

そのまま流されると思っていたサボがぱちくりと目を開く。今度は彼の方が固まっていた。ふふふ……、なんだかおかしくって笑った。私たちは古い知り合いだったはずなのに、まるでついさっきに出会ったばかりのようだ。なんだかこっぱずかしい。

「良かった……」

柔和な笑みを浮かべたサボが、恥ずかしそうに指で頬を撫でている。照れたときにする仕草も変わっていないんだね……なんだか昔に戻ったみたいで嬉しいな。

「私が変わったのは、実のチカラの影響が大きくてね……」

そう言って、私はサボに能力について、訥々とつとつと話はじめる。その頃には、夜ご飯を食べ終えて、酒の入ったグラスを手にしていた。

信じられないような話の数々。サボは真剣に耳を傾けて聞いてくれた。最初から最後まで、彼の眼差しは私に向けられたまま、淀むことはなかった。

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「…………そうか」

最後まで話し終えた後、サボはそう言った。その頃には、何杯目かも分からない酒を口にしていて、私からしてもちょっと飲み過ぎなのでは? と心配になるくらいに、彼は頬を赤く染めていた。

サボって、お酒そんなに強くなかった…………よね?

心配にはなったけど、目の焦点はしっかりと合っているし、呂律も回っている。許容範囲と思って、もう少しだけ様子を見ることにしよう。

「それで、ここからが本題なんだけどさ」
「……?」

机の上に肩肘をついて、とろんと視線を落としたサボが耳を傾けている。…………もの凄く色っぽい。ウェーブのかかった金色の髪がさらりと落ちる。その隙間から、彼の眼差しが私を見据えていた。

少しだけ、躊躇ためらった。…………いや、何を躊躇う必要がある。今の私は昔とは違う。はっきりとした目標があって、そのために必要なことをしないといけないのだ。だから、だから――自分自身に言い聞かせる。

「サボのチカラが欲しい」

努めて冷静に、落ち着いた声で言った。

言葉が彼の耳に届く。

言葉が彼の意識にまで入り込んで、そこでようやく彼は瞬いた。まるで豆鉄砲をくらった鳩のように、真ん丸になった漆黒の瞳には私の姿がはっきりと映っていた。

「…………そんなに驚くところ?」

話の流れからして、何となく読めた展開だったと思うんだけどな。

「っ、…………」

「ごめん。私も無理強いはしたくないから、嫌なら断ってくれていいからね」
「いやそういう訳じゃ……というか、えぇと。つまり…………そういうことをするっていう。俺の考えていることで合ってる?」

ものすごい動揺っぷりだ。

「うん、合ってる合ってる」
「あ……あぁ、そうか…………」

サボが頷く。なんだかよく分からないけど、了解ということでいいんだよ……ね? そう思いながら、だったら――と、にこりと笑う。それを意味深長に感じたらしく、たじろいで身を逸らした彼の手を遠慮なく掴んで引いた。

「ご馳走様」そう言って、テーブルにお金を置いた。「あ、俺の分がっ」と彼が言う間もなく店を飛び出す。もちろんお金は二人分を置いてきた。今日のおごりは、今夜の対価だから当然のことだ。

「ちょ……なまえ!」

サボの抗議を右耳から左耳に流しながらそのまま少し歩いて行く。火照った身体に当たる冷えた空気が心地よかった。もうすっかり陽は沈んでいて、月が空高くに上がっている。

「わー……綺麗」
「……だな」

二人肩を並べて見上げた月は、燦爛と光を放ち、私たちを照らしている。隣を見た。彼の左頬、長く伸ばしたウェーブのかかった横髪はその下にある傷を隠すためのものなんだ――いつだったか、彼がそんなことを話してくれたっけ。懐かしいな。

「サボ」
「……ん?」
「私ね。サボのこと、好きだった」
「…………なっ!?」
「だって、サボったら格好いいんだもの」
「なんで急にそんなこと……」
「…………だった、って言ったでしょ? だから、だよ。もう終わったことで、私はもう夢中じゃない。だから、言えたの。――はぁ、すっきりしたぁ~」
「…………狡い、な」
「?」

掴んでいた手の平を握り返される。

「あのとき、俺のことを突っぱねた癖に。今更そんなことを言うのか」
「…………ごめん」

革命軍に居たとき、私が食べた悪魔の実の力はまだ詳細が分かっていなかった。実が『ツキツキの実』であると分かるまでは隔離されていて、分かってからは、急いで主となる人を探す必要があった。

そんなとき、手を上げてくれたのがサボだった。それがどんなに嬉しくて、どんなに苦しかったか。…………きっと彼には分からない。好きだったのだ、彼の事が。そんな彼に、仕事の一環として抱かれる……彼が主になる。それが……どんなに苦しいこと、か。だから、あの時の私は主を選ばなかった。革命軍の中からは選ばない。そう決めていた。

:
:

――分かっている。

今更、何を言っても遅い。例え俺の初恋が、彼女で、あの時に手を上げて立候補したのは、俺の心からの願いだったとしても。結局のところ、俺はなまえに拒否されたところで身を引いたのだから、何も言う資格はない。

なまえが革命軍を去り、数年の月日が流れた頃――俺は想像も及ばなかった広い世界に足を踏み出し、様々な経験をした。そして、その時になってようやく気がついた。なまえを手放すべきではなかった。好きならば、どんなに嫌われようとも、その瞬間、どんなに苦しめようとも、彼女を掴んで離してはいけなかった。最後に彼女を救いたいのであれば、共に同じ道を歩き続けなければならなかった。――なのに、手放した。……なんて馬鹿だったのか。

――俺にはもう……なまえにあぁだのこうだの言う資格はない。彼女は俺の手の及ばない存在になったんだ。

 

「サボ、今なら言える。……し、変な勘違いもしない。私は、自分のチカラのためにサボに抱いて欲しい」
「…………」

――苦しい。胸が、焼けるようだ。

手の平に指を絡めていく。それを受け入れたなまえが指を絡めて、とん――と頬を寄せてきた。背の低い彼女の頭に顔を埋める。なまえの香りだ。「いってらっしゃい」「おかえり」の度に抱擁を交わした俺たちの唯一のふれあい。その時に満たされていた、彼女の存在の貌かたち。

あのひとときの間、俺は彼女を抱き締めて、彼女の頭上で、何度も何度も見えない貌かたちで囁いた、音を出すこともなく繰り返した。

なまえが好きだ――決して言葉にはしなかった。ただひとり、息を吐き出して、なまえの甘い香りを嗅ぐ。時折、いつもよりも強く抱き締めてみたり、でもそれでも何も変わらない。彼女には決して伝わることはない。

俺たちは、ずっと一緒に居たくせに、ずっと向き合わなかった。

何をそんなに意固地になっていたんだろう……な。

好きなら、好きと言えば良かった。そうすれば、……そうすれば。

目下、そこにいるなまえはあの時とは違う。見た目はもちろんだが、何よりその瞳の中には確固たる意思があった。…………俺にはそれが何なのか、分かる。分かってしまう。

「好きな奴ができたのか」
「え……?」

驚きのあまり顔を上げたなまえと視線が交わる。なぜそこで困惑するのか、思考を止めたなまえを静かに見つめた。そうしていたら、なまえの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。頬から、額に、首元に。顔が真っ赤に染まって、目元が涙ぐんでしまった。

「…………まさかお前、」

――やってしまった。ぶち抜いてしまった。好きな人の懸想を後押しするなんて馬鹿を俺はやってしまった。未練たらたらでいた故に余計なことを聞いてしまったのだ。

「あっ、いや……これはたぶん、そういうのじゃなくって。……単に。――そう! 単に、主に対しての尊敬……みたいな?」
「尊敬でそんなに赤くなるのなら、なまえはドラゴンさんに対してもそんな風になるのか……?」
「っ、…………いえ、なりませんっ」

くっ――と歯を噛み締めたなまえは本当に恥ずかしそうに顔を背けている。

「…………見せて」
「やだ、やだよ。恥ずかしいもん。見ないで!」

ぐっと腕を引く。こちらを向いたなまえに顔を寄せた。吐息がかかるくらい、近くでなまえの瞳を覗き込む。彼女の虹彩が大きくなる。きらきらと輝いている。あぁ――恋している目だ。

「ちょっ、さぼっ、――!」

その瞳を見つめたまま、口付ける。……そう、まるで俺に恋をしているような。そんな気分にさせてくれたこの瞬間を、俺は待てなかった。

「っ、ふ…………」

店の前から路地裏へ雪崩れ込む。なまえの背中に腕を回して、壁になまえを追い詰めた。少しは抵抗されるだろうかとも思っていたが、全然そんなことはなかった。少しだけ、ほっとするとともに、目に映る淫らななまえの姿が胸を締め付ける。だって、それって……それだけなまえが、――いや、考えたら駄目だ。それはあくまで実のチカラ……。――あぁ、くそっ。くそったれ! なんで、なんでなんだよっ!

それでも、俺の中で膨らみ続けた、初恋の相手への恋心。なまえが目の前で、俺とのキスで乱れている。それだけでぷつり――と張詰めていた糸が切れてしまった。

「はぁ……はぁ……」

とろん、と目を落としたなまえに一言。「俺も好きだった」そう言ってしまいたい思いをどうにかねじ伏せるために、なまえを強く抱き締めた。

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