愛するには不器用すぎる

「腕一本の奴が行くかよ、普通」

ベックマンがぼやく。それを聞いたヤソップが「違いねぇな」と笑った。

「お頭が行くまでもなかっただろう。俺が行った」

ベックマンがそう言うと、シャンクスが「お前より俺の方が泳ぎは早いだろ。例え片腕だとしても」と皮肉たっぷりに答えた。

ハァ~~、たっぷりの白い煙と共にベックマンが吐き出す。それにはシャンクスに言いたいこと諸々が含まれていたことだろう。ベックマンはすべてを飲み込んで、ホンゴウに視線を向けた。

「容態は?」
「……肺に水が入り過ぎた。助かるかどうか……」

ホンゴウがグッと拳を握り締める。

「健康なら大丈夫っつって言い切れるが。なまえはもともと体調を崩していたからな。……恐らくこれから高熱が出る。それに耐えられるかは、なまえ次第だ」

ホンゴウは船医としての見解を偽りなく述べた。

「……助けてやってくれ」
「あぁもちろん、俺だって、助けたいさ!」

本人が望んでないとしても、彼女はもう俺たちの仲間なんだから。シャンクスの言葉にホンゴウが声を上げる。

「島に行こう。もっと薬がいる。栄養のつくもんも買ってやらねぇと」

捲し立てるように言うホンゴウに、シャンクスが頷こうとしたときだ。

「待て。お前ら、まずはこの娘の話を聞くべきではないか」

ただ一人、この場にいる部外者が淡々と言った。それは、誰もが思っていて、口には出せなかった言葉だった。……沈黙が続いた。

「娘が望んでいなければ、元気になった途端にまた同じ繰り返しになるだけだ。分かっているだろう、シャンクス」

叱責する鷹の目を見るのは久しぶりだ。ベックマンは一歩引いたところで二人のことを見ていた。お頭に遠慮なくズケズケ言えるのはこの男ぐらいだろう。良くも悪くも、鷹の目にはしがらみというものがないからな。

「…………お頭、次、なまえの目が覚めたときは話をすると誓ってくれ。俺ァ、そろそろ我慢の限界だ」

ずっと待っていた。お頭に現実を叩きつける時を。我儘なやつだ。口も上手い。いつもかわされる。だが、今なら――意を決したベックマンが言う。本当は、追い詰めるようなことはしたくはないが、これはもう、避けようのないことだ。腹を括って言った。

「…………分かった」

静かに頷いた赤髪のシャンクスが拳を握り締める。煮え切らない表情。その理由を知っている周りの男達は、今は一人にしておいてやろうと目配せをして部屋を後にした。

「なまえの目が覚めたら教えてくれ」

ホンゴウがそう言って扉を閉めると、部屋にはシャンクスとなまえの二人きりになっていた。

:
:

「なまえ……」

本当に生きているのか。そう思えるくらいに、なまえの顔は青白い。血の通っていない死人の顔をしていた。

不安になって、手の平を鼻の前に置くと確かに風が感じられた。息をしている。その事実に安堵すると共に、こうさせてしまった自分を責めた。なまえが良い奴だってことは分かっていたはずだ。自分のことよりも周りのことを優先する奴で、いつだって自分は後回し。ずっと考えないようにしていたが……、それは恐らく、俺たちに限ったことじゃない。

なまえの本来居るべき場所、海軍でも同じだっただろう。そうなれば、潜入がばれたときどうするか、なまえの考えることはたやすく想像がついたはずだ。…………くそ。俺も焼きが回ったな。

「うぅ…………」
「……なまえ?」

頬に手の平を置く。冷たい。手を握ってみたが、やはり氷のようだった。低体温症にならないように、温かくしてはいるが、それでも足りないようだ。ならいっそ、抱くか。……いや、でももし、それでまたなまえが何かをしたら。

悶々と考えていたら、目の前の瞼がゆっくりと開いていった。ぼーっと天井を見つめたまま、なまえは動かない。俺は、なんと言ったらいいか分からなくて、何も言葉をかけてやれなかった。

そのうちになまえの視線が動く。右へ左へ、上へ下へ。――目が合った。

「……ん、シャン、クス?」
「あぁ……」

どうしたらいいのか、分からなかった。恐る恐る顔を寄せる。気怠げななまえが必死で瞼を開いている。

「ごめん……なさい……」
「……お前はいつも謝ってばっかだな」

考えてみれば、いつもそうだった。

「そりゃ……だって、私……みんなを欺してたから」
「だから? 罪悪感ってやつか?」
「……うん。こんなの駄目なのにね。卑怯だよね。ごめんね……」
「…………ったく」

俺たちはなまえに欺されてたぶらかされたはずなのに、どうしてか全然悔しくない。それどころか、ようやくなまえが本音を見せてくれたことが、嬉しかった。

「なまえ。辛いところ、悪いな。少し、話を聞いてくれないか」

けほり、咳をしたなまえがゆっくりと頷く。

「実はな。俺たち、はじめから知っていたんだ。なまえが海兵だってこと」
「…………へ?」
「なまえが潜入するために敢えて俺の勧誘を受けたってこと、はじめから知ってた」
「それ……ほんとう?」
「あぁ、ほんとうだ」
「誰が知っていたの?」
「…………皆、だよ」

そう言うと、なまえは泣きそうな顔をした。そうして、彼女は目を閉じた。

「なら、もっと早く言ってくれたら良かったのに。そうしたら、私は……」
「始めは俺の我が儘だったんだ。俺が、なまえをどうしても仲間にしたかったから」

目を閉じたなまえの反応を待った。……が、しばらくしても反応がなかった。

「…………寝た、のか」

無理もない。握っていた手の平がだんだんと熱を持ってきている。ホンゴウが言っていた高熱が、これからなまえを襲うのだろう。ならば、今できることをしなければ。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!