今の私は体内に毒を持っている。その毒は人体に有害だ。だから、毒に侵されてしまわないように定期的に薬を飲む必要があった――のだが。
鬼の形相で入ってきたサカズキさんが、かつてない勢いで両肩を鷲掴みにしてきた。ぐわんぐわん頭が揺れる。……う、気持ち悪いです、サカズキさん……。
「どういうことじゃ、なまえ!」
怒号が頭に響く。ただでさえ頭痛が酷いっていうのに。痛みやら吐き気やらで意識を手放しかけたところ「ちょっとお待ち!」後から追いかけて来てくれたらしいおつるさんの声が聞こえた。ぴたり、揺れが止まる。流石のサカズキさんも、おつるさんに対しては幾分か弁えているらしかった。……助かったァ――。
「この子の体調はさっき言っただろう! そんな乱暴にしてどうなると思ってるんだい!」
「…………」
ようやく視界がはっきりしてくる。見上げたサカズキさんは変わらず鬼の形相をしていたけれど、肩を解放してくれた。そのままストンと体が落ちる。慌てたおつるさんに寄り添われて、ゆっくり床に座り込んだ。……かーらーの、正座だ。
「ま……誠に申し訳ございません。航海の途中で紛失してしまいまして」
おつるさんには、『わざと』なんて言ってしまったが、まだきっと恐らく……いや、ほんと、もう……どうか……まだ、伝わっていないで! 全力で願いながら、全力で嘘をついた。
目が泳いでいるのがバレないように、床に頭を擦りつける。端から見れば恐れ多くて頭を下げているようにしか見えないはず……。どうか、これ以上踏み込まれませんように。
……というのも。本当は、その薬は別の人に使ってしまったのである。私が定期的に飲んでいた薬は、毒全般に効く、非常に効果の高い薬で、とある毒に侵され死の淵を彷徨っていた人を助けるために惜しみなく使った。……そんなことは口が裂けても言えない。だって私がいた船は赤髪海賊団。使う相手は彼らしかありえないのだから。
私は本来、潜入をするために訓練された海兵ではなかった。偶然にシャンクスに気に入られてしまい、『赤髪のお気に入り』ただそれだけの理由で、急遽潜入訓練を受けることになった。
赤髪海賊団は超大物海賊団。四皇が船長なのだから当然だ。怪しまれることなく潜入するためには、場数を踏む必要があった。事前の訓練では、実際にいくつかの海賊団に潜入をした。潜入先の海賊たちは、私利私欲を尽くす、絵にかいたような最低な連中しかいなかった。まぁ、おかげで私は後ろめたい気持ちを持つことなく、奴らを徹底的に排除することができた。自分にこんな才能があったとは。そのときになってはじめて知ったことだった。
潜入に重ね、兼ねてより思案されていた作戦の実験に参加することに決まる。これについて、私の意見は一切必要なく、後に決定事項として伝えられた。だからといって、私がやることはこれまでとは変わらなかった。変わったのは、とある不気味な物体を接種したあと、薬を定期的に飲むということだった。
『絶対に欠かさずに薬を飲むこと』口を酸っぱくして言い聞かせられた命令。自分を守るために飲むのだと言われ、私はそれをきちんと守っていた。
その後も、様々な海賊団に潜入を繰り返した。海賊と言うのは基本的に男所帯だ。そこへ女が入るということは、……そういうことだ。私も他の女達に漏れることなく、女の武器を使った。潜入の訓練の一つにはそういった閨での訓練があるのだ。本来、本部でみっちりと行うはずだが、如何せん時間がない。実地で経験を積むしかなかった。……それは海軍上層部……いや、それよりもはるか上の存在からの指令だった。
毒は、他人に移るらしい――そして、この毒はじわじわと人を蝕んでいく。具体的には、私が経験したように精神が不安定になり、体が弱くなる。だが、屈強な人間なら、風邪だと跳ねのける程度のものだ。それでは効果が薄すぎる。そうだ、それだけではないのだ。
ターゲットに私の毒を移したあと、更に別の毒を与えてやる。そうすることで、この死の病は静かに完成するのだ。本人達の知らないうちに、奴らは毒を病と勘違いして死んでいく。私は、そんな悪辣で最低な計画の一端を担っている、クソ女だった。
「薬を飲んでおらんのか」
「……はい」
「おつる。急ぎ手配を」
「手配済みに決まっておろう。随分体が蝕まれている。なまえ、後遺症が残るかもしれないよ」
おつるさんはそう言って目を伏せた。
「それは……大丈夫です。始めの説明を受けたときに聞いていたことですから」精一杯の笑顔を作った。「心配しないでください」私以上に不安げなおつるさんのことを安心させるために、必死で笑った。
ダァン――突然の衝撃音に全身が硬直する。拳を握りしめたサカズキさんが右腕を振り上げ叩きつけていた。部屋の壁が割れ、ぼろぼろと崩れ落ち、穴が開いていく。顔面から血の気が引いた。
「……申し訳、ございま」
「やめろ、もう謝るな……」
でも、私にはもうそれしか言うことがない。唇をキツく噛み締める。――と、急に腰を折ったサカズキさんが至近距離に迫った。慌てる暇もなく、私の顎を掴んでグッと上に向ける。そして、空いた手で前髪、おでこが見えるように髪を掃った。
「…………あの?」
そのまま、まじまじと顔を隅々まで見られた。訳が分からない――しばらくの確認の後、サカズキさんが言った。
「皮膚が白くなっておる。手足に斑点は」そう言って今度は手の平を見せるように促される。手を開くが綺麗なものだった。
「少し前に。今はもうなくなりました」
目を見開くサカズキさんを見るのは初めてかもしれない。
「馬鹿が……」
「え?」
ひょいっと体が浮いた。腹に回された腕がグッと持ち上げて、米俵のように担がれる。
「ちょ……まっ……」
「黙れ愚か者がァ」
「え……あの……」
頼みの綱であるおつるさんを見たが、哀れみのこもった目で見られるだけ。……え、なんで?
「……行くぞ」
「ひぐっ……!?」
腹から内蔵が飛び出るんじゃないってくらいに腹を潰されて、変な声が出た。サカズキさんはそれを無視して歩き出す。……どこへ? 一体どこに連れていかれるの?
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連れて行かれた先は、エッグヘッド。Dr.ベガパンクの研究所がある島だった。
「ベガパンク。出てこい」
低い重圧のある怒声がドームの中に響き渡る。少し遅れて真上の欄干に人影が現れた。
「なんだ。無作法な連中だな。用があるなら先にアポを取ってこい」
明瞭で固い口調。ベガパンクより若い男の声。ベガパンク本人ではないのならここにいるのは他の誰かだ。ゆっくりと顔を上げる。ギーーン、機械音と共に降りてきた男の名は、『シャカ』、ベガパンクのサテライトのリーダーだった。
「シャカ、久しぶり」
顔を上げて軽く手を振る。
「…………なまえ?」
近付いて、ようやく私の存在に気付いたシャカが動揺していた。そりゃ……こんな格好じゃそうだと思う。
「サカズキさん、降ろしてください。……流石に苦しいです」
脇に抱えられて、ぐで~ん、手足を伸ばして借りてきた猫をやっていた私は、ようやく地に足を付ける許可をもらった。
「毒が全身に回っている何とかしろ」
「…………毒、だと? …………まさか、薬を飲まなかったとか、言わないだろうな、なまえ」
「…………あは、あははは~」
「っ、この、大馬鹿者!」
懐から電伝虫を取り出したシャカが大慌てで残りのサテライトに命令を告げていく。…………ということは、今ここにベガパンク本人はいないらしい。彼が居るなら、絶対に一番に呼ぶだろう。
「早急な対応が必要だ。なまえをこちらで預かる」
大急ぎで私の元に駆け寄ってきたシャカが、震える私の体に触れる。
「歩くのは良くない。毒が回りやすくなるだけだ。悪いが、運ばせてもらう」
「あ、うん……お願いします」
「では、これで」
サカズキさんに軽く頭を下げた後、私たちは研究所の奥へ急ぎ移動した。
「一体何をどうしたらこんなことになるんだ!」
シャカの説教は正論の羅列なので、本当に耳が痛い。加えて、今は抱えられているので、逃げ場もなく、ダブルパンチで心が痛いです。
「迷惑掛けてごめんね……」
「迷惑? 誰が迷惑など言った! なまえは被害者だろう」
「…………それは、…………まぁ」
体内を巡るこの毒を作った開発者、それがベガパンクだった。彼は政府からの圧力で仕方なく作ったらしい。本当は、たった一滴で殺せるような毒も作れるが、そんなことはしたくない。出来うる限りの抵抗をした結果、毒を二段階に分けるという、なんともややこしいものを作ったそうだ。これはシャカが私に教えてくれたことだ。
私は、この実験の初めての参加者で、この島には入り浸っていた。特にサテライトの研究チームとは綿密に関わっていて、リーダーのシャカには大変お世話になっている。毒の手配や細かな配合の調整は彼が担っているのだ。
「今月分はちゃんと渡したはずだ。まさか、なくしたのか……?」
足のジェットブーツで飛び移動をしつつ、シャカからの問い詰めは遠慮なく続く。ハァ――彼に隠し事をしていいことはない。マイナスしかない。彼は約束を守る人だし、お互いに信頼出来る関係を築けている……だから、私も、嘘はつきたくなかった。
「…………ほんとうは、違うの。サカズキさん達には、なくしたといったんだけど。シャカの作った解毒薬は何の毒にも効果があったから……」
「まさか、他の奴に使ったのか!?」
「…………うん」
「っ、」
ブシュンッ――、ブシュンッ――
ブーツの吹き出しが止まる。え? まだ着いていない……よね? シャカを見上げた。シャカの顔はフルフェイスなので、感情が読めない。……だけど、私を持つ彼の腕は小刻みに震えていた。
「シャカ、その…………「お前は死にたいのか!」」
彼は怒っていた。
「………………ごめっ、」
「どうして、わたしたちを心配させるようなことをする。なまえがいなくなったら、」
ブルブルブル――電伝虫が鳴った。
「シャカ、こっちの準備は万端やで~!」
「分かった、すぐ行く!」
再び高速移動を始めたシャカの腕の中、私は彼の読めない顔を見上げて、拳を握り締めることしかできなかった。
貴方はいつも私のことを心配してくれていたっていうのに……………ごめんね、シャカ。

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