73:召使いの早とちり

自分の指を舐めるというのはなかなか気合いのいることで、それも誰かの目の前でやるとなると余計にハードルが上がる。……何故かは分からないけど背徳な気がしてならないのである。どの指にしようかと迷った結果、親指より人差し指が動かしやすいそうと思ったので人差し指に決めた。コビーが穴が開くんじゃないかってくらい凝視してくるのでなんだが居心地が……恥ずかしいからそんなに見ないで欲しい。出来るだけ何でもないような顔を作って体勢を整える。ベッド上、互いに向かい合って、コビーは胡坐をかいて、私はその前に座る。

「ん、……これで……。コビー、口開けて?」

頷きと共に僅かに開かれた隙間に差し込む。見間違いでなければ、彼の唇は震えていた。

「覇気は続けてね」

体勢を立て直しながら言う。見上げながらの作業は肩が凝るな……。出来れば同じくらいの目線が良いと思って、膝を立ててコビーの肩に手を置いた。……よし、これでだいぶやりやすくなった。第一関節まで入れていた人差し指を第二関節くらいまで中に入れ込む。指先の腹で舌の横を優しく撫でながら、「駄目だって思ったらすぐに言ってね」と、言った瞬間のことだった。

グッ、と両肩を強く掴まれて、ベッドに沈んだ。視線が宙を舞って落ちつたときには天井が見えた。傍では荒い呼吸が、「あ……やっぱりこれは駄目だったか」と思いながら体を起こそうとしたけど、びくともしない。

「コビー? だいじょ…………っ、いっ、」

指に痛みが走った。ぐぐぐっ、と骨が軋む。噛まれたのだ。

「あっ、っ~~~~!? こび、ごめっ、痛ッ」

でも、力は緩まない。

 

フッ―― フッ――

フッ―― フッ――

 

聞こえる呼吸がおかしい。これは効きすぎた……? まずい。早く覇気で解いてもらわないと……! こんなことはやりたくないけど、……私も覇気を使って力で対抗する……だけど。「――――っ力、強ッ」やっぱり男の力には勝てない。誘惑のチカラが聞いたってことは、ある程度言うことを聞いてくれるはずなんだけど……彼の場合は何故か上手くいかない。

「コビー! コビー! お願い、口を開けてくれない?」
「ぅ…………うぅ…………」
「コビー、大丈夫だよ。落ち着いて。……ほら、もうチカラも切れるから、……ね?」

唾液がほんの少しだったのが幸いした。もともと身を纏っていた覇気もあったので、彼の正気が戻るのも早かった。

「………………あ、……あれ、僕は……」
「はぁ~~~~良かったぁ。意識が戻ったんだね」

ぽろっと落ちた人差し指にはくっきりとコビーの歯型がついている。指がちょんぎられなくって本当に良かった。

「ごめっ、ごめんなさい!」
「ううん。気にしないで。私がしたことだから。それより、もう大丈夫? 変な感じはしない?」
「………………………………はい」

やけに溜めた返事だったなと頭の隅で引っかかりつつ、「今日分かったことがあったから報告書まとめるね」と片づけを始める。乱れたシーツを整えて元の通りに直した。珍しくベッドに腰掛けたまま動かないコビー。やはりまだどこかおかしいのでは? そう思って、コビーの前で膝を折る。

「コビー?」
「………………」
「本当に大丈夫?」
「………………あの」
「ん?」
「………………僕の方でも分かったことがあります」
「分かったこと?」
「えぇ。まず、覇気を体の内側に意識して纏うことは難しいです。全身をカバーする総量を増やすことで、全体を守ることになります」
「……なるほど。じゃあさっきはそうやって対応したの?」
「えぇ、まぁ……結果的に」
「あと、少将のチカラですが、ある程度は『意志』で止められます」
「………………え? え、でもそれが出来ないからこうやって、」
「いえ、出来ます。僕ができましたから」
「っ!? え……? じゃあ……今のは?」
「……言い難いのですが、意志で負けたのだと思います」

え……どういうこと? ってことは、つまりスモーカーさんはふっつうに私を抱きたかっただけってこと? で、気を許しちゃって、それを本人も望んでたって?

「じゃあスモーカーさんは……」
「……そういうことなんだと、思います」
「――――っ!?!?」

やっちまったァ……せめて、スモーカーさんのフォローをなんて思っていたのに、追い込みかけることになってしまったぁ……! こんなの報告したら絶対に恨まれるじゃない!!!!

「あのっ、少将!」
「……あ、はい。どうしたの?」
「お願いがあります!」
「私に……?」
「ぼっ、僕と、この続きをしてくれませんか!」

「………………っ、え!? つ、続きっ!?」

驚きのあまりに素っ頓狂な声を上げてその場に立ち上がってしまった。慌てて咳払いをする。コビーのことを二度見してしまった。

「自分でも失礼なお願いだとは思っています……」

今にも消え入りそうな声。落ちたコビーの顔は見えないけれど、彼の耳が真っ赤である。冗談でこんなことを言う子ではない。知っているからこそ、驚いた。

「えと……ごめん、できない」
「やっぱり僕じゃ相手にならな……「ちが! 違うんだって。……あぁ、もう……本当は言うなって言われてるんだけど。ガープ中将から、コビーには絶対に手を出すなって釘を刺されているの。だから、駄目なの!」」
「じゃあ、少将が嫌だってわけじゃ……」
「うん、そういうわけじゃないから、そこは安心してね」

ホッと息を吐く音がする。……良かった。分かってくれたらしい。拗れずに済んで何より。そう思って、隣の部屋に行こうとしたら、ぐっと腕を掴まれた。

「……コビー?」
「じゃあ…………いいですよね?」
「…………え?」

ボフッ――ベッドの中央に背中から押し倒される。ババッと上の服を脱いだコビーが、目を細めながら私の頬に手を置いた。

「もうずっとずっと、我慢していて」

それは独白なのか、私が答えなくとも淡々と続く。

「僕の自制心は自分でも驚くほどしっかりしているので、間違いが起こることはないんです。だから余計に辛かった。スモーカー中将のように欲望に溺れたかった…………のに、僕にはそんな勇気が……」
「コビー、待ってっ!」

躊躇うことなく首元にコビーの顔が埋まる。ちゅっ、ちゅっ、と皮膚の上を柔らかな唇が跳ねるように動いていった。止まらに口付け、コビーの手の平が腰に触れて体ラインをなぞり上げられる。

「――ンッ」

堪らずゾクゾクと全身が震えた。…………やばい。私もすっかりご無沙汰だったから我慢のハードルがいつになく緩くなっている。

「んっ、だ…………だめっ、コビぃ、……ガープ中将との約束が……」
「それはもういいんです。だって、これは僕がやっていることなんですから」
「……?」

言っている意味が分からなくて視線を上げる。コビーの顔を真正面に捉えた。すると、彼はフッと笑いながら言った。

「今は僕が少将を襲っているんですよ? それなら約束なんて関係ないですよね? 少将は言えばいいんです。コビーに襲われたって」
「んなっ!? そんなこと言えるわけっ」
「……じゃあ、黙っていて下さい。二人だけの秘密です……」
「っ、」

コビーは手慣れていないはずだ。童貞だって聞いていたし、……あれ、でも、待って? それって、本人の口から報告されたことなの? 本当に真実なの?

『僕の自制心は自分でも驚くほどしっかりしているので、間違いが起こることはないんです』先ほどのコビーの言葉が鮮明に蘇る。間違いが起こることはない――つまり、それは……間違いでなければ起こりうることなのでは……?

「コビー、貴方、童貞じゃ……」
「まさか。誰がそんなことを……?」
「なっ、っ、違うのッ!?」

フッと柔らかにコビーが笑う。いつもの、優しい笑顔。

「…………好きですよ、少将」
「……へ?」
「えっちなこと、するの好きですよ」

にっこりといつの顔で笑うコビー。でも、その三日月目の奥にある瞳がニタリと笑っているように見えた。…………訳が分からない。

「少将が悪いんです。まるで僕に罰を与えるみたいにして……」

コビーの手がキッチリと着込んでいた私のシャツのボタンに触れる。一つ一つゆっくりと丁寧に解かれていく。ボタンが外れる度に呼吸が荒れる。鼓動がどんどん早まって、息が苦しい。

「僕がこの一枚をどうやって脱がすか考えに考えているっていうのに、貴方は僕に触れてくれない」
「そ……それは匂いに必要がなかったから……」
「僕の寝室で二人きりなのに、何にもできない。……あれ、少将。この下はブラジャーだけですか? えっちぃなァ……それじゃァ、襲って下さいって言ってるようなものですよ?」
「ちがっ、コビーがまさかこんなっ」
「……僕が、まさか……? 何を言っているんですか。僕、男ですよ?」

そう言うと、コビーが見せつけるように腰を上げる。ベッドから降りて、カチャカチャと、ベルトを外す音が聞こえた。私はすっかり腰が抜けてしまっていた。ベッドに横たわったまま、はだけたシャツを直す力もない。戻って来たコビーは下着姿になっていた。落とした視線の先にはパンパンの膨らみ。

考える間もなく心臓が跳ねて全身に熱が回った。駄目だと分かっているのにその先を考えてしまう。そんなつもりもないのに強請るように熱い吐息が漏れてしまう。吐息には誘惑のチカラが乗っていた。

「あぁ――少将、僕のことを誘惑するんですか?」
「ちがっ、ごめ……制御が……」
「……はぁ、残念ながら僕には効きませんよ。おかげさまで長時間覇気を纏えるようになりましたから」

え……? ってことはこれは私のチカラのせいじゃなくって……?

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