72:召使いの戦闘

私って案外、海兵に向いていたのかもしれない。

「そこ! 遅いィ!!!! 全力で走れェ~~!!!!」

怒声が飛び交っても聞きづらい戦場。海上は風や波で音がかき消されるため、その場の状況に応じた判断を自分で決断しなければならない場面が幾度とある。そこで踏み間違えずに進めるかどうか――生きるか死ぬかの選択肢を間違えないためには経験がものを言う。

今現在の私は、その経験値を積むために海賊の討伐に参加している。訓練とは違う生の戦場は空気が重い。敵はそれほど強くはないからの。お前なら余裕じゃろう――ガープ中将はそう言うけれど……あの人は感覚が人と違うので当てになりません。

突風の切れ目に聞こえた怒声が絶えず指示を飛ばしている。中将の怒声はよく響く。部下からすれば『光』そのものだ。例え僅かでも聞こえたら安心する。士気を高く保つなら大切なことだ。そういう私もガープ中将の怒声でほっとする。大丈夫、何かあっても中将がいてくれる。思考はクリアになり、いつものように周囲に目を配ることができた。

「コビー! そっちへ。私は向こうに。メッポは射撃に指示を出して援護をお願い!」
「分かりました、少将!」「了解!」

ガープ中将の部隊は海軍内部でも特殊な立ち位置だ。全員ではないが、ソードに所属している人数が海軍全部隊の中で最も多い。ソードに志願した海兵は予め辞表を提出し、海軍の権力を個人の判断で行使する。自由な行動を許される代わりに、いつでもその命を切り捨てられるという代償を払うそうだ。ガープ中将から「仲間内に、そういう考えを持った海兵がいることを承知しておくように」と言われている。まぁ、よく考えて動くようにということだろう。知っているのと知らないのとでは大違いだからね。

今日は私の記念すべき初討伐の日。賞金首がいる海賊船団の殲滅作戦に参加している。「それほど値は高くない。緊張せずにやってこい」って、言うは易く行うは難し。私に上手くこなせるのか……プレッシャーが凄い。しっかり育ててくれたガープ中将に報いるためにも、ここは何としても成功させておきたかった。

「なまえ! 捕らえろッ!」

マストの上、高い位置から戦況を見つつ指示出しを行っているガープ中将と視線を交わす。船首に逃げた船長を見定めた私は頷き飛び出した。手に武器はない。私の最初の戦闘の師匠――レイリーさんも、上司であるガープさんも、刃物の使い方は教えてくれなかった。「そんなものよりもずっと頼りになるものを教えてやる」そう言って教えてくれたのは、身一つで相手を征服する力だった。

甲板を蹴る。しなる体で回転し、手の平で船縁に触れる。太ももから足の甲にかけて真っ黒に染まる肌。それはもう刀に匹敵する武器だった。ドォーンッ――――凄まじい轟音と共に戦闘は無事終局した。

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「よくやった。これで少将として、胸を張れるのォッ! わしも鼻が高いわいッ。ブォッホッホッ!」声高らかに本部の廊下を歩くガープ中将が本当に嬉しそうに褒めてくれる。上司になったのがこの人で良かった。

「お~そうじゃ。コビーとの訓練はどうじゃ?」
「はい。少しずつですが……確実に進んでおります」
「そうか。わしらが考えとった以上にお前らは相性が良かったようじゃのぉ……」
「どうじゃ? お前さえよけりゃァ、あいつの……」
「…………?」

「…………っ、ガープさァんッ!!!!」

とある扉の前を通り過ぎた直後、バタァンッ――勢いよく扉が開いて吃驚した私は振り返る。び、びっくりしたぁ……。タイミング良すぎでしょう……! 「ぶおっほっほ、冗談じゃよ、コビー」と言ったガープ中将。そこにはコビーが立っていて何故か物凄く気が立っていた。普段のコビーは柔和なので珍しい。

「ご配慮頂かなくて大丈夫です。自分のことは自分で決めますので。それに、不躾ですよ。少将に失礼です。謝って下さい!」
「…………えっ?、いえっ! そんな……!」
「お~、そうじゃの。すまんかった、なまえ」
「とんでもないです、中将。全然問題ありませんのでお気になさらずに」

ぶおっほっほっほっ――後ろ手に手を振りながら去っていく背中を見ながら、「……まったく。お節介なんですから」とコビーが言う。

「そこが中将のよいところだからね」
「まぁ……そうなんですけど」

膨れっ面のコビーは可愛い。にまにまと見ていたら顔を逸らされてしまった。

「そうだ。今日は訓練の日でしょう? 何時くらいにする?」
「あっ、そう、ですね……書類仕事があるので、少し遅くなっても大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫。私も書類仕事があるから」
「では、夜半に」
「では」

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コビーとの訓練、それは言わずもがな――私のチカラの検証実験のことだ。便宜上、『訓練』と呼んでいる。やることはスモーカーさんと試したこととほぼ同じで、今は覇気の度合いについて調べている。

あれ以降スモーカーさんとは会っていないけど、彼は元気にしているのだろうか。覇気についての訓練が進んだおかげで、現在のスモーカーさんは私の誘惑から解放されている。そのため、接近禁止命令は解かれているのだが……、それでも会わないようにしていた。少なくとも、私の方はそう思って行動している。今の今まで会っていないということは、スモーカーさんも同じ気持ちなのだろう。……大変申し訳ないことをしてしまったな。

――と、まぁ……そんな状態のスモーカーさんとは違って、コビーは私の誘惑に耐えている。……耐える、でいいのかな? 言い方は分からないんだけれど。コビーがスモーカーさんの二の舞になっていないのはどうしてか。それは――この子が物凄く純粋だったから。

コビーは童貞らしく、そもそもそういう快楽を知らない人だそうだ。だから、誘惑したところでその魅力が理解できない。……言い換えるとスモーカーさんはあぁ見えてやることはしっかりやっていたんだなァと……そんなことをボソッとクザンさんに言ったら海兵は上に上がればどこかのタイミングで必ず訓練するから、コビーも経験するよと言われた。「え……怖っ」と言ったら、まぁ懐柔されるのを防ぐために必要なのさと。……確かにそうかもしれない。

そういうわけで、コビーの純朴さは周囲の想像を超えまくっていて、それが逆に私のチカラと相性が良かった。良いっていうのは……効果が薄いという意味での良いだ。

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コンコン――

 

「コビー?」

返事がないので、貰っていた合鍵で中に入る。コビーの部屋は一人部屋で大佐に与えられる一般的なものだ。続き部屋で寝室、書斎、生活スペース三部屋になっている。書斎で書類仕事をしていて寝落ちしちゃったんだろうな。

足を進めると思っていた通り、書斎の執務机に突っ伏して眠っているコビーがいた。制服から私服に着替えているからお風呂に入っていつでも出迎えれるようにしてくれていたのだろう。僅かに空いた時間でも机に向かうなんて……真面目な子だ。

そっと覗き込むとぐっすりと眠っていた。目の下に薄っすらと隈がある。……相当疲れていたんだろう。ここ数日は討伐で海上で過ごしていたし、本部に戻ってからも訓練や書類でバタバタと。彼は若く、働き盛りだから無理をして動いちゃうんだろう。……今日はこのまま寝させてあげよう。本当は、訓練の後には毎回報告書を上げないといけないので、無理に起こしてでも仕事をしないといけないんだけど……今日くらいサボってもいいでしょ!

近くに毛布が見当たらなかったので、肩に掛けていたショールを掛けてあげる。身じろぎ一つしないその横顔に愛おしさを感じながらそっと部屋を後にした。

 

翌朝のこと、部隊の朝礼で顔合わせたコビーに平謝りされた。「疲れているときはちゃんと休まないとだめだよ」そう言うと、困った風に笑いながら「ありがとうございます」と頭を下げられた。……こちらこそ、ごめんね。私の訓練がなければもっと自分の時間があったのに……。

「少将がよければ、今日の夜はどうですか」
「えぇ、そうね」

軽い約束を交わして手を振って見送る。振り返って去っていくコビーの背中を少しの間、目で追った。君の純朴さは私を癒してくれる。胸を刺すこの痛みはなんだろうか。若さに対する嫉妬? それとも素直な彼に対する妬み……? 分からない。……ただ、コビーを見ると胸が痛む。……どうしてだろう。

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コンコン――

 

数秒の後に開かれた扉。「お待ちしていました」と出迎えてくれたコビーが部屋に入れてくれる。「昨日はすみませんでした」とお決まりのやり取りをして、すぐに寝室へ。「今日は……」そう言いながら互いに記憶を掘り起こしながら訓練について話し合う。

コビーとの訓練のおかげで分かったことが一つある。覇気によって誘惑は止められるのか――これに関してははっきりと止められることが分かっている。加えて、すでに誘惑の影響を受けた者の影響を取り消せることも分かっていた。

……が、誘惑に堕ちた者の感情はチカラと関係のない感情と混じり合う。そのため、混じりきってしまうと、取り消すことは困難になってしまう。当人の覇気に寄る取り消しを試みた後は、好意を錯覚させられ、芽生えた恋愛感情は、普通の恋愛と同じく醒めるまで待つしかないのである。本当に厄介なチカラだ。

現在、もう一つ別のことを調べている。現在進行形で覇気による魅惑を止められるか――こちらの結果もまとまりつつあり、結果は上々だ。今は最終段階に入っていて、程度について調べている。ざっくりとではなく、出来るだけ詳細にどうしたらいいのか、まで突き止めてしまいたい。

そこまでするのは、この訓練の結果次第で私のチカラの実用方法について決めることになっているからだ。「飼い慣らせるのであれば、うまく使って利用しろ」と上からのお達しがあったらしく、センゴク元帥が腹を立てながら事情を説明してくれた。わざわざ私に言う必要はなかったのに……まったく。元帥は人が良過ぎる。

 

ベッドの端に隣り合って座る。

「コビー、覇気使ってくれる?」
「……はい」

武装色の覇気を静かに纏う。肌を黒くするのではない、全身に薄っすらと、空気の層を纏うように。そうすることで、ツキツキの実の匂いによるチカラの影響を防ぐことができるのだ。

「じゃあ、チカラを使うね」

通常なら一発で意識を持っていかれるレベルのチカラを解き放つ。部屋中に匂いを充満させて一言。

「コビー、……大好き」

そう言うと、誰もが堕ちる。……けど、コビーは真っ直ぐな目で私を見ていた。芯ある瞳から意識がしっかりとそこにあることが分かる。ここまではすでに分かっていること。今日はこの先の新しいことをやる。匂い以外の方法を試してみるのだ。右手の平をグーパーする。接触――それが今回の課題になる。

少しだけこちらを向いているコビーの頬に手の平を添えるように置く。背丈の違いから見上げるようになる私と顔を下げたコビーの視線が交わった。にっこりと笑う。出来るだけ蕩けるように、愛されるように。コビーの唇に親指を置いて、優しく滑らせていく。唇を一文字にしたコビーの身体が僅かに身じろいだ。……緊張が伝わってくる。

「ん、大丈夫。食べないよ」

ふふっと笑うと、コビーの視線が逸れた。

「わ、分かってますって……!」

実はガープ中将から釘を刺されている。わしの可愛い愛弟子に手を出すなと。深く頭を下げながら、「もちろん仰せの通りに致します」と言った私のことをガープ中将は大変可愛がってくれている。その信頼は裏切りたくない。だから未だにコビーとは清い関係を続けていた。

「指入れるけど、大丈夫?」
「…………はい」

問題は体の内側だ。外側を覇気で守ったとして、内側は……? そう思ったのは私だけではない。元帥も三大将も、そこは確認しておくべきところだと言った。……って、言ってもなぁ。清い関係のまま、どこまで出来るか、そこは私の頑張りどころである。指を入れるだけでもこの緊張しようだ。エースの時にもリードしたけど、コビーはまた別格。超……可愛い……。ついつい意地悪したくなっちゃう気持ちを殴りつけて挑まないといけない。……はぁ、耐えろ、…………私。

コビーの咥内に親指を入れる。歯列をなぞりながら様子を見てみるが、さほど影響はないように見えた。ちょっと恥ずかしそうだけど、それはまぁ……ね。普通の反応だと思うし。……あとは。

「ん~~、ごめん。嫌かもしれないんだけど、私の唾液を使っても……いい?」
「……だ、唾液、とはっ!?」

目を白黒させたコビーが諸手を上げた。いや、なんでよっ。思わず笑うと、コビーも恥ずかしそうに笑った。

「すみません……」
「ううん。私の方こそ、言葉が足りなくてごめん。体の内側同士を合わせたいから、唾液を使うと手っ取り早いかと思って」

もちろん、一番手っ取り早いのは口付けることだ。でも、私はガープ中将との約束を守らないといけないから。

「あっ…………なるほど。……そういうことなら分かりました」

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