聞きたいことが山ほどあった。だけど、体はもうへとへとで。部屋についてからはベッドに倒れ込んで。呆れた顔で笑うドフィの顔を最後に意識を手放した。
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次に彼を目の前にしたときはいの一番に聞くんだと渦巻いていた疑問が微睡みの中でゆらゆらと揺れている。意識が浮上したり落ちたり。海軍にいたときは早朝パッと起きれていたのに。あー……聞きたいこと、なんだっけ。
コンコンと控えめなノック音。もぞもぞと布団の中で体を動かしながらくぐもった声で「はい」と返事を返すと、キィ――とゆっくりと扉が開く音がして、「もうそろそろ起きろ」と優しい声がした。
結構早くから目は覚めていたけれど、瞼は重くて開いたり閉じたり繰り返すし、なんだか面倒で、どうにも布団から出るということができなくて。ごぞごぞと時間を無駄にしていたものだから、その来訪は起きるいい機会になった。
「はいっ! 起きました!!」
勢いよく布団を跳ね退けて飛び起きる。おぉう、と引き気味の返事後、来訪者、ヴェルゴさんが続けて言った。
「急だな、」
「うん。なんか勢いつけないと起きられなかったから」
「まぁ、起きてくれたらなんでもいい」
「うん、でしょーね。それで? 何か用?」
「ドフィが起こして来いっていうもんでね」
「ふぅん。ならドフィがくればいいのに。なんでヴェルゴさんに押しつけるの?」
「俺に当たるな。当たるなら本人にしてくれ」
うん、まぁ。おっしゃり通りで。いつの間にか、自分でも気づかないうちにブスリと頬を膨らませて、目をつり上げていたようで。勘弁してくれよ、と乾いた笑みを浮かべるヴェルゴさんのすぐ横にある全身鏡にその顔がはっきりと見えた。あーぁ。なんて顔してんだろう。もう12歳だっていうのに。ほんとまだまだ子供。
「なまえ」
「……ごめんなさい。ヴェルゴさん」
「ん? …………あぁ。それはもういい。済んだことだ。それよりも、着替えを持ってきた。いつまでもその服じゃ不便だろう」
「…………」
確かに、その場凌ぎで準備されていた服はサイズも大きいし、見た目もなんか残念で。気にしなければいいんだけど。そう言われてしまってはもう気になって仕方がない。差し出された服を受け取る。
「他にもあるがそれは後で部屋に運んでおく。取りあえずそれを着て、ドフィのところに行ってくれないか」
「うん。分かった」
「ドフィの部屋は分かるか?」
「えっと……あの会議室みたいなところなら分かるけど」
「あぁ、じゃあそこでいい。そこに行ってくれ」
「りょーかい」
ヴェルゴさんには頭が上がらない。もうすっかり舵取りされちゃってるもの。無理矢理やらされるわけでもないし、なんか素直に言うこと聞いちゃうんだよね。……不思議。じゃあ、と早々に部屋から立ち去ったヴェルゴさんのことをぼんやりと考えながら先ほど手渡された袋を開けて着替えを取り出した。
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「ドフィ……?」
不用心にも程がある。ドアはきっちりとしまっておらず、ほんの少し開いていた。その隙間から中を覗き見ながらおそるおそる扉を開く。部屋の中には昨日見たあの長い長い机が一つと真っ黒なソファが2つ。その大小揃えられたソファの大きい方には真っピンクのコートが掛けられていた。ゆっくりと足を進める。
「ねぇ……ドフィ?」
ソファの真ん前に来て、小さくその人の名前を呼んだ。「ん……」と声を漏らしたお目当ての人は顔の上に置いていた本に手を添えると真上を向いていた顔をこちらに向けて瞬いた。
「あぁ、なまえ。来たか」
「ドフィちょっと不用心過ぎない?」
「大丈夫だ。中は把握している」
「…………ん? 把握??」
「あー……、そんなことより、喉が乾いた」
「はいはい。少々お待ち下さいませ」
ううん、という咳払いの後、ドフィは腰を動かしてソファに座り直しながら乱れた金色の髪を片手で撫でつけた。
「邪魔なら切ればいいのに」
「うるせぇーな。いいんだよ、別に」
「ふぅん」
「いいから、紅茶」
とろとろと歩いていたらムスリと口を結んだドフィに睨みつけられてしまった。たぶん私が余計なことばっかり言ってるからだと思うけど。ドフィのそういう見た目に反した子供っぽいところは嫌いじゃない。ふふふ、とわざと声を出して笑う。ほらね。案の定、眉間に皺を寄せてそっぷを向いてしまった。それを流し見ながら、ティーセットを取りに行くために一旦部屋から抜け出した。
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「それで……?」
コポコポコポ――
注いだそばからほかほかと湯気の立ち上るポットの先を見つめながら、呼ばれた理由を聞くためにそう問いかけた。
「別に俺が用があるわけじゃない」
「……はい?」
二人分注ぎ終わった後、だいぶ軽くなったポットを片手に持って、もう一方の手は腰に手を当てて、意味が分からないんですけど、とドフィの方へ顔を向けた。それを見たドフィはフフフフフフと笑う。その態度が気に食わなかったけれど、せっかく煎れたんだし。不本意ではあるけど、紅茶を差し出すことにする。受け皿を右手で押して、机の上を擦るようにしてドフィの手前まで運んだ。
「行儀が悪いなァ、なまえ」
「ふんだ。知らない。ドフィが意地悪なのが悪いもん」
「別に意地悪で言っているわけじゃない。むしろお前のためを思って呼んだんだからな」
「私のため?」
「…………聞きたいことがあるだろう?」
そりゃもう両手で数えきれないぐらいたっくさんある。でもさ。聞きたいっていう気持ちも強くはあるけど、それよりも質問するっていう、そのやりとりをすると思うとすごく面倒で、億劫で。そんな面倒なことするぐらいなら、その時その時に知っていけばいいやって。そんな風に思ってしまう。そもそも、まだ頭の中の整理ができていないから質問自体もちゃんと考えないといけないし。
まぁ、そういうわけで。
「いいやっ」
「…………お前な」
「だって面倒だもん」
「面倒って、自分のことだぞ」
「そうだけど、別に知らなくても生きていけるし」
「いいのか? 不安じゃないのか?」
「そりゃ、まぁ不安もあるよ。また捨てられるんじゃないかって思ったりもしたし」
「捨てる……?」
「うん、そう。ドフィは一度私を捨てたでしょ? それなのにこうしてまた拾って。勝手だよね、ほんと」
忘れてた。そうだ。私、すごく悲しくて。何日も何十日も涙を流し続けて。そしてそれが吹っ切れた後、今度はドフィに腹を立てたんだった。捨てるのに何で拾ったのか。救ったのに何で突き落としたのか。勝手に救って勝手に捨てて。なんて自分勝手な人なのだろうか、と酷く腹を立てたんだった。
「俺は捨ててない」
「は? いや、捨てたでしょ。じゃあなんで私はあそこに居たの」
「それは俺がわざと置いたんだ」
「だーかーらー。それを普通の人は”捨てる”って言うの。人を捨てるだなんて、ほんと最低」
「なッ!? 俺はお前をッ」
「もういい。もう済んだことだから」
大人はそう言うんだ。ヴェルゴさんはそうやって言うんだ。だから私もそう言う。だって私はもう子供じゃないから。
「なまえ!!」
「…………いいから」
自分用に煎れたカップに手を伸ばす。手をつけられていないもう一つのカップを見ながら「冷めちゃうよ」と言って、少し冷えた紅茶を飲み込んだ。私、こんな冷たい声出せたんだな、なんて人事のことのように思いながら目を伏せて、ただひたすら”もう済んだことだから”と自分に言い聞かせた。

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