乗れと急に言われた後、その言葉の意味が理解しきれなくて、呆然としていた。携帯を取り出したルッチさんが手際よく誰かに電話をかけ始めるのをただ見つめる。最後の方、なんか言い合いになっていたっぽいけど大丈夫なのだろうか……。ブチリと通話を切ってしまった彼が、もう一度「乗れ」と言った。
「は、はいっ」
慌てて運転席の後ろに乗った。すぐに走り出した車の中から見えたのはこちらに向かって何かを叫んでいるカリファさんで、あ、さっきの電話はカリファさんとしていたんだと、そう気がついた。
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それから数十分ほど国道を走った後、側道に逸れた。一体どこへ連れて行かれるのだろうか、と首を捻る。
「あの、どこへ?」
ルッチさんは何も言わなかった。それから数分もしないうちに車は止まった。何にもない広い道の脇に。
「ルッチさん、どうしたんですか?」
薄暗い車内の中、目を凝らすようにして前を見た。トンットンッと軽く2回ほどハンドルを叩いたあと、彼がようやく口を開いた。
「俺のこと、どこまで知っている」
いつかはその言葉を聞くとは思っていたけれど、まさかこんなに早くに聞かれるとは思っていなくて、心の準備がまったくできておらず息を飲み込む。変に取り繕っても、この人にはバレるような気がするし、ここは素直に……
「その、ですね。……本当に申し訳ないのですが、私、そういうのには本当に疎くてですね」
静かな車内に掠れるように小さく弱々しい声が響く。
「いや、悪気はなかったんですけど、ほんと。カリファさんに言われるまでは全く気づかなくて。ほんとうにごめんなさい!!」
はぁ……とため息が一つ聞こえた。
「つまり、今はもう知っているのか」
「えぇ、はい。まさか有名な俳優さんだとは知らず。ほんと申し訳ありませんでした」
深く深く頭を下げる。
「……いや、別にそこを責めたいわけではない。頭を上げてくれ」
「え、違うんですか?私てっきり怒らせてしまったのかと、」
「…………違う」
「じゃあ……なんで……?」
もう一度一つ、ため息を吐き出したルッチさんが運転席の扉を開けて外に出た。その様子を目で追う。ルッチさんは私の座る側の扉を開けて、外へ出るように促した。それにつられて私も外へ出た。
「うわぁ~~~~!!!」
広がるのはパノラマいっぱいの星空。
「綺麗だろう。ここは穴場だ」
「はいっ、すごくすごく綺麗です!!」
いくつもの星が瞬くようにして光輝いている。その景色はまるで一つの絵画を見ているようで、とても美しくて、目が離せなかった。
「俺とカリファは事務所が同じだ」
「あ、そういえば、カリファさんはモデル業もやってましたね」
「そこで言われた。最近の俺はどうも酷い顔をしていたらしい」
「ははっ、確かに。目の下のクマが酷かったです」
カリファさんのいう通りです、とルッチさんの方に顔を向けると、彼は苦々しい顔でこちらを見ていた。
「それで、あと一人でノルマが、などという理由であの店に来るように言われた。まぁあいつからしたらいい口実を見つけたというだけだろうが」
うん、そこは否定しきれなかったので、黙っておくことにした。カリファさんそういうところがあるからなぁ。そう思いながら視線を再び星空に向ける。
「……もしかして、これを私に見せたくて?」
なんて厚かましい奴だろうと思われてしまったかもしれない。……でも、そう思わずにはいられなかった。
「……あぁ、おかげで疲れが取れた」
「そう、ですか。それはよかったです。ほんとうによかったです」
でも、お礼をしたいからといってここまでしてくれる人は今までいなかったから。なんとなくルッチさんの考えていることが分からなくて少し困惑していた。……だって、私と彼はまだ出会った数ヶ月で、会うのは2回目だというのに。
「なまえ」
「はい?」
目の前が真っ暗になって。熱いくらいの体温を感じた。ぎゅうときつく抱きしめられて、ようやくそこで今置かれている状況を理解した。
「あ、あのっ!?」
慌てて声を見上げようとしてみるけど、相変わらずきつく抱き締められたままで、なんとか隙間から見えたものと言えば満天の星空で、でも、今はそれも頭の中にはまったく入ってこなかった。視線をゆらゆらと泳がせて、最終的には地面を見ることしかできず。力を込めてみるけれど、ビクともしない。
「ルッチ、さん?」
諦めて、力を緩めて彼の名前を呼ぶと、ふっと彼の腕から力が抜けた。なんだか様子がおかしかった。少しだけ体を離して彼を見上げると、とても苦しそうに眉を寄せていて、どこか調子が悪いのではないかと心配になった。
「あの……大丈夫ですか?」
「あぁ、」
「体調が悪いんじゃ……?」
「いいや、違う」
「でも、顔色が……」
「違う」
そう言うと、彼は再び私を抱きしめた。ただぎゅっと。でもその包容は先ほどよりも柔らかく、とても優しいものだった。
「どうしたんですか、私でよかったら話を聞きますよ?」
小さな声でそう言った。
「別に何かあったわけじゃない。ただ、疲れただけだ」
「そう……ですか。……じゃあ」
やんわりと腕を解いて、ゆっくりと顔を上げる。今にも泣き出してしまいそうな彼の頬に手を置いてにっこりと微笑みながら言った。
「ここに、傍にいますから。ルッチさんの気が済むまでいますから、だから。……だから、そんな顔しないで下さい、……ね?」
ルッチさんは口を開いたのだけれども、でも、彼のその口から何か言葉が出てくることはなく、結局その口はきつく結ばれ、私は再び抱きしめられた。彼はまるでそこに私が存在しているという事実を確かめるようにして、長い間、私を抱き締め続けた。
帰る直前、車に乗る前に最後にもう一度見上げた空にはいくつもの星が降り注いでいた。あぁ、今夜は流星群が降るんだったのだと、ロマンティックな夜にすっかり飲み込まれていた私は、どうか彼が安らかに眠れますようにとひとり静かに星空に願った。
そう、いつの間にか私の中にある彼はとても大きな存在になっていったのだった。

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