第14話 出会い、別れ、成長する

翌日――陽が昇って、昨夜のお別れ会の酔いが冷めるまで約半日。もちろんなまえは未成年のため飲んではいなかった。それでも主役だったものだから、一晩中どんちゃんどんちゃん騒いでいて、同じく半日はベッドとお友達をしていた。

そのなまえがお友達と別れて食堂に現れたのがだいたい12時頃のこと。食堂に向かうと、先にいたサッチとマルコが「お前の腹の虫の正確さには驚かされるなァ」と笑う。なまえもそれには口を尖らせたが、席に着くやいなや目の前に出された”サッチ特製甘々カレーライス”によってその機嫌はすぐに取り戻された。

「どうだ俺様のカレーライスは!」と両手を腰において鼻高らかに自慢を言ってのける料理長になまえは「最高です!」と今日一番の笑顔を見せて返した。それには鼻高らかサッチ料理長も、隣にいたマルコも頬を緩ませた。

なまえはこの船の連中にとって最愛の、可愛くて可愛くてたまらない妹だ。よく言う目に入れても痛くない、まさにそれだった。

でも、そんな可愛いなまえをこうして間近で見られるのも今日が最後。この後いよいよ、なまえは船を降りて島へ向かう。

この食事がここで食べる最後の食事となる、なまえはそれをちゃんと分かっているのだろうか。美味しそうにカレーを頬ばるなまえを見ながら、サッチはその様子をぼんやりと眺めた。マルコもサッチ同様に名残惜しそうに目を細めながらなまえの横顔を見つめた。

いや、かく言う俺らだって……、二人は互いに顔を合わせあって、悲しみに浸りきれないなんとも言い難い無力感に無理矢理に刃向かうようにして口の端をあげて笑い合うしかなかった。

なまえがいなくなるという実感がまだ湧いてこない。まるで一人無人島に放り出された感覚に、二人はそれぞれが眉を寄せる。今目の前にいる愛おしいなまえがいなくなるなんて。そんなこと、そんなこと……

ふとマルコが口を開いて言った。

「なぁサッチ」
「なんだマルコ」

淡々と。一生懸命に口と手を動かしているなまえを見つめたまま、カウンター越しにいるサッチにだけ聞こえるような小声。マルコはカウンターの椅子に腰を置いて、机に頬杖をついた。サッチはマルコの様子を目で追いながら、側に寄り添うようにカウンターの向こう側に立っていた。そうして、二人は淡々と、言った。

「ずっと居ちゃだめなのか」
「…………お前」

「なんでなんだい」
「…………マルコ」

「どうしてだい」
「仕方のないことだって分かってるんだろ」

「別にこのままでも」
「そりゃァ俺だって……」

「なぁ、サッチ」
「ん?」

最後のひとくちを終えたなまえがふぅと息をもらす。いよいよその時が近づいてきた。マルコは目だけをサッチに向けて、その後、食堂の窓の向こうに見える水平線に視線を流しながら、どこか遠いまなざしで言う。

「……寂しくなるなァ」

マルコが頬杖を解くと、サッチは腰につけていたエプロンの蝶々結びを解いた。

「…………あぁ、ほんとうに」

くるくると丸められたエプロンが奥の棚の上に放り込まれたあと、そこに残ったのは、流しに置かれた、水の張られたカレー皿とスプーンが1つだけだった。そのスプーンは可愛い、ウサギの形をしている、この船で唯一無二のスプーンだった。

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「さぁて。そいじゃなまえの住むところを探しに行くかねぇい」

いつもよりもワントーン高い声色は、なまえにとっては気分の上がるものだったが、一緒にいた友人からすれば、それはただの強がりで、ただただ痛々しいものだった。でも、それを分かった上で、そのサッチもいつもよりワントーン上げた声色で、なまえに話しかけるのだった。

船を出てすぐは「行くぞ~!」と3人の先頭に走り出てあれやこれやと物件を吟味していたなまえも、数時間もすれば「疲れた」と塀の上に腰掛けて空を見上げていた。

「そもそもそんなところあるのかなぁ」

今更そんなことに気がついたのか、と言いたげなマルコの口を封じるようにしてサッチが同じく塀に腰をかけて空を見上げながら言う。

「何言ってんだよ。お前はもう16歳だろ。16つったら、自分のことはてめぇでできないといけねェ年だろ」
「そうなの?」
「あぁ、少なくとも俺らはそうだった」

「な?」と同意を求めるサッチにマルコは「そうだねぇい」とぼんやりとした言葉を返した。

「おい……マルコ?」

二人に並んで空を見上げたマルコは白い雲がゆっくりと流れていくのを目で追いながらいい加減、子供のように駄々をこねるのをやめようと思った。そんなことよりも、もっとしっかりとなまえと向き合って、なまえのためになることをしてやろうと。

なまえがこんなにも真剣に将来のことを考えているのだから。

「おい……おいって!」

「ん、あ?」

マルコが目線を下げた先には訝しげな顔をしてこちらを凝視しているサッチとなまえの顔があった。何度呼びかけても答えないマルコに二人は大丈夫か、と声をかけた。

「マルコ、気分悪いの?」

そんななまえの言葉に対して、にっこりと笑って返したマルコは「ちょっと考えごとをしていただけだよい」と、ゆっくりと立ち上がる。空から落ちた視線は、この島でもっとも有名な”三日月砂浜”の向こうにある白髭海賊団の誇るモビー号を見据えていた。

なまえと出会えたことはマルコにとって本当に幸せなことだった。

「もう少し頑張ってみるかねぇい」

探せど探せどいいところは見つからない。もう無理なんじゃないかと諦めていたときのこともあって、マルコのその台詞を聞いたなまえは強力な助っ人の一言に強く頷いた。

花が咲いたようにパッと明るくなった顔のなまえ。――と、その後に続いて腰を上げた、苦笑いのサッチの顔。

「ようやく、重い腰を上げてくれたか」
「……うるせぇよい」

「ん、何々?」
「何でもないって。さぁいくぞなまえ! マルコに任せておけば大丈夫だ」
「うん!」

このまま一気に決めちゃうぞ! とテンションを上げたサッチがなまえを抱きかかえて走り出す。なまえは行け行け~! とノリノリだった。二人が馬鹿みたいなハイテンションで町中を颯爽と走り抜けていく様子を見ながら、マルコは「確かに遅かったねぇい」と小さく笑ったのだった。

「っと、そんなことより…………おい! サッチ! 待てよい!」

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マルコがようやく二人に追いついたときにはもうサッチとなまえはゼェゼェと息を切らしていて。そりゃああんなにはしゃいだらそうなるだろうと呆れたマルコ。店は入ろうぜと言ったサッチに続いてとある店に足を踏み入れた。

「――で、なんで酒場なんだよい!」

昼間っから酒場にくるとは。それも今日はなまえも一緒だ。マルコはそれどころじゃないだろうと二人を引き戻そうとしたが、早々にカウンターに座って一息入れている二人を見て渋々諦めた。

「ま、いいじゃねぇかァ」

サッチの横に腰掛けると香ってくる強い酒の香り。「酒場に来たからにァ、飲まないとな!」とサッチが笑った。マルコはため息ひとつ、呆れて言葉も出ないようだった。

「珍しいお客さんだね」

酒場のマスターがいらっしゃいと近づいてきた。

「酒以外はあるかい?」
「えぇありますよ」
「じゃあ……とコーヒー1つ。……あとは」
「お嬢さんはオレンジジュースでも?」
「うん!」

話が早くて助かる。マルコはマスターに目配せして軽く頷いた。こぽこぽとコーヒーのお湯が沸く音が静かな酒場に響く。お客は3人だけだった。

「悪いな、マスター。無理言って」

サッチがふいに言う。

「いえいえ。どうせ仕込みしてるんで別にいいですよこれぐらい」

あぁつまり、サッチの奴が無理言って開けて貰ったってことか。そこまで思考が回ったところでマルコはまじまじと店内を見渡した。普通の、よくある酒場。マスターも普通の男。愛想もよく、なまえに対しても普通に接してくれている。こういう普通のところっていうのは、意外とないものだと思う。今までの経験から、マルコはそう思った。

悪くないのかもしれない。オレンジジュースを受け取って、嬉しそうにお礼を返すなまえと、「どういたしまして」と軽く頭を下げるマスターを見ながらマルコは目を細めた。

「はい。コーヒーお待ちどうさま」
「ありがとよい」

「あの嬢さんはお二人の子なんですか?」

不意を付かれた質問にマルコは思わず口に運んでいたコーヒーを噴出す。「はは、きたねぇきたねぇ」と笑うサッチと「マルコきたな~い」と笑うなまえを「うるせェよい!」とマルコが蹴散らした。

「はは、これはどうもすみません。そんなに動揺されるとは思ってなかったもので」
「あ、いや。それは別にいいよい」
「いや、マスター、なまえはこいつが産んだんだよ。な? マ、ル、コ?」
「おまっ、やめろ、この酔っ払い! 気色悪りぃ触んなよい!」

「え? 私マルコが産んだの?」
「いやいやいや、待て待てなまえ。お前自分の両親覚えてるだろうがい!」
「あ、そうだ。そうだった!」

これ以上は収拾がつかなくなって大変だ。それは困るとマルコが「冗談はここまでにしとけ!」サッチ自慢のリーゼントを小突いて場は収束した。はぁ……とため息を吐き出すマルコに反して、サッチとなまえは幸せそうに笑っていた。つられてマルコも笑った。

「こいつは訳あって、俺たちで預かっていたんだが、どうやらこの島が気に入ったみたいでよい。ここに住むって言い出したから住むところを探しているんだい」
「それはそれは。住むところは見つかりそうですか?」
「…………どうだろうねぇい」

マスターの方を長し見ながらマルコが言った。

「でもな、もう、ここに置いていくってことで決まってるから、これ以上はもう俺たちと一緒には連れていけねぇんだ」

さっきまであれ程ふざけていたサッチが急に息を詰めて話し出す。

「……そうですか」

マルコも、サッチも、マスターも口を閉ざして俯き、視線を外す。そんな3人を余所よそになまえは言う。

「私ね、いろんなことを見て、いろんなことを知りたいの」
「それは今いるところじゃだめなんですか?」
「…………駄目なんだって。そのいろんなことには、”普通”っていうものも入るんだって」
「……なるほど」
「それは今いるところじゃ分からないことだから」

「……お嬢さん、お名前は?」
「なまえ!」
「なまえちゃん、ね」

なまえの名前を聞いたマスターがちらりちらりとこちらを見ていたマルコ、サッチの方に目を向けて、ゆっくりと頷いた。それだけで、二人はことの行く末を理解する。

「なまえを任せてもいいかい?」
「……なんとなく、そうくると思いましたよ」

「マルコ、いいのか?」
「あぁ……ここが今までで一番いいと思う」

あれ程、なまえの住むところが決まるように頑張っていたサッチも、いざそうなるとなると、及び腰になっていた。なまえにとって本当にこれが最善のことなのか。考えても考えても結果は出てこない。なまえのことだ。最善の策でいきたい。そう思う。……けど、実際はどうなるか、分からない。

言い知れない恐怖――と言うべきなのか。マルコもサッチもそれを感じていた。

「……いいですよ」

ふいに聞こえた言葉は予想外の一言。あっさりとこちら申し出を受け入れてくれたマスターに二人の目線が集中する。そんなに見つめられても、と苦笑いを返すマスターとぽかんと開いた口が塞がらない二人。あまりにあっさりと決まってしまったなまえの住むところ、家――世話役。

「白髭さんのところにはこの島の者も、私も、いつも助けられて、感謝しています。他ならぬその一番隊隊長マルコさん、四番隊隊長サッチさんが大切に想っている子をお預かりできるなら、喜んで」

今この時ほど、この隊名を有難いと思ったことはない、マルコはそう思った。隊名なんて、ただの印だと思っていた。隊長は人をまとめ、守るものの印でしかないと。ここに来て、その印が、意味を持った。己の手から離れたものを守ることすら出来るほどの力となった。

「そうかい。それは願ってもない台詞だよい」
「……なまえを頼む」

マルコとサッチ。二人の願いにしっかりと頷いて返したマスターはなまえの方を向いて言う。

「なまえちゃん。今日から俺が面倒をみるよ」

なまえはゆっくりと頷いて、「お世話になります」と深く頭を下げた。それを見たマルコはコップに残っていたコーヒーを飲み干して、お金を置いて席を立った。後を追うようにサッチも後ろに続く。なまえは席に座ったまま、二人の背中をじっと目で追った。

出会いはたくさんあった。でも、別れはあまりなかった。町長の元を離れる時もどうしたらいいのか分からなかった。ただ、その時に、ちゃんと町長に言えなくて嫌だと思ったのは、自分の感謝の気持ちを言葉にして伝えられなかったことだった。

「なまえ、元気で暮らせよい」

マルコは最後までなまえの方を振り返らなかった。後ろ手でひらひらと手を振って出口へ歩いていく。サッチはなまえの方に振り返って、泣きそうな笑顔を浮べて、「元気でな!」と言う。それを聞いたなまえの体がはじけるように動いて、サッと席から飛び退いて、そして言う。

「今までお世話になりました! 本当に、ありがとうございましたァ!」

それを聞いたら本当にもうなまえと旅をすることはないということが現実になってしまう。心のどこかでそう思っていたマルコはついに、なまえの口からその言葉を聞いてしまって、ぎゅ、と両手の握りこぶしを強く握り締めた。最後の最後で泣きっ面を見せるわけにはいかねぇからねぇい。マルコは肩を震わせながら、振り返りたい気持ちを抑え、そのまま店の外へと出て行くのだった。

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