「――とまぁ……こんな感じで、生まれ故郷を出たんですよ」
一端休憩――そう言わんばかりになまえはずっとしゃべり通しだった口を閉じて両肩を下ろし、余韻に浸るように目を閉じたままのマスターとレスティに口元を緩ませて、ミホークの方に目を向けた。
緩んでいた口元はそのままに、なまえは目を細めた。
その瞳に映るミホークはいつもよりも少しだけ目を開いていて、なまえの話に動揺しているように見えた。なまえにはその理由がたやすく想像できた。だから少しもその様子を見て驚くことはなく。むしろ至極当然な彼の反応に満足している程だった。
そのままミホークの言葉を待った。
「…………なまえは白髭の一味なのか?」
と、予想外の言葉に、今度はなまえの目が見開く。
「えっ違う違います! どうしてそうなるんですか。数年お世話になっただけですよ」
普通ならもっと別の……親がいないこと、とか。子供が海賊船に乗ったこと、とか。そういうことに驚くと思っていたんだけど。まさか一段飛んで仲間になってしまうとは。
「…………」
「本当ですよ。現に、仲間ならこんなところで油を売っていたりしません。船に乗っていますよ」
なんでこんなに必死に言い訳をしているのだろう、と自分で自分の行動に首をひねりながらも、なまえは必死で訴えた。ミホークは首を傾げながらも、きちんと言葉を聞いてくれている。それにしてもどうしてそこに拘こだわるのだろうか、なまえの頭にひとつの疑問が浮かんだとき、見かねたレスティが口を開いた。
「……そうね。大切なことよね。これでも鷹の目は王下七武海の一人で、なまえが海賊ならどうにかしないといけない立場になるんですものね」
「……あ。…………あぁ!」
なまえは「それで!」と力強く言葉を返す。ぐるぐる渦巻いていた気持ちの悪いものがすっとんでいって、レスティの言葉がストン――と胸の中に落ちたのだ。レスティはなまえのすっきりした表情に笑いながら、今度はミホークに向かって言う。
「まぁ一応、育ての親にはなるかもしれないわね。でも、それだけのことよ」
「…………そうか」
「……なんか ” それだけのこと ” ってそう言われるとちょっと寂しいかも」
なまえがつい口を出す。せっかく鷹の目が納得したのに! ――飛んできたレスティの睨にらみに頭を伏せながらもなまえは負けじと続けた。
「お世話になったのは2年ぐらいだったんだけどね。一応ね、その期間は本当の家族みたいに育ててもらったんだよ」
コーヒーカップに両手を添えたなまえはくるくると渦巻いている液面を眺めている。今の彼女の頭に浮かんでいるのはその当時の思い出なのだろう。その場にいた3人が懐かしそうに目を細める彼女に魅入っていた。
ミホークが言う。
「今も交流があるのか?」
それは素朴な疑問だった……だろうし、きちんとはっきりとさせておくべきことでもあった。だから、レスティもマスターも二人の会話を黙って聞こうと決めていた。今は二人が話すときだから――と。
「……残念ながら、ないよ。この町で船を降りたとき、連絡できるものは持たせてもらわなかったから」
そのときはただこの島を気に入って。ここで生きていくと決めて。それだけで満足して。……その後のことなんて全然考えていなかった。今思えば、あのとき、「もし連絡したくなったら……」なんて言っていれば、今はどうなっていたのだろうか。もしかしたら、白髭海賊団の船の上で働いていたかもしれない、……なんて。
でももし、やっかい払いできてよかった――とか。そんな風に思われていたんだとしたら? なまえはミホークの質問に返しながらそう思った。
「そうか」
一言、ミホークがそう返す。それを聞いても、なまえの顔色が晴れることはなく。どこか不安そうに顔を下げたなまえの様子を見てマスターが口を開く。お節介と分かっていてもつい口から出てしまうようだった。
それはなまえのためだったから――そこまでマスターが言ったとき、なまえは顔を上げて、マスターを見た。
” それくらい分かっているよ ” そう言うように。あの人たちに限ってそんなことはない。そうだと、思いたい。そうに違いない。半ば、自分に言い聞かせるように。なまえは何度も頷いた。
昔はどうだったか分からないけれど、今はもう私もそこまで子供じゃないから、なんとなくあの人たちが考えてくれていたことは分かる……と思う。いつまでも海賊である自分達と関わり続けるのはよくない。そう思って、私のことを想ったからこそ、何も持たせなかったんだって。確信はない。……けど、分かる。
……だって、あんなにも大切にしてくれていたんだもの。
なまえはゆっくりと目を閉じて、その時のことを思い浮かべていく。あの日は――なまえが口を開くと、他の3人はなまえの語りに耳を傾け、ゆっくりと物語に入っていくのだった。
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誕生日を迎えて16歳になったなまえはモビー乗船歴2年目。同い年の女の子の中では比べものにならないくらいたくさんの島を訪れてきた。
つい先日の誕生日会で「そろそろ住む島を決めたらどうだ」と親父に言われて以来、見る島見る島を住み心地はどうだろうか、とそんな目で見ては評価していた。何かがよければ何かはよくない。完璧なものなどはない。この年でそんな達観じみたことを思うようになった矢先、「勢いっていうのも大事だよい」と尊敬する一番隊隊長のお言葉を聞いて、なまえがそれを鵜呑みにしていたときのことだった。
「なまえ! 見て見ろ、島だぞ!」
ちょうど見張りをしていたジョズが甲板で退屈そうに掃除をしていたなまえを捕まえて、肩車をしながら言った。急なことだったけれど、そんなのはいつものこと。気にすることもなく、されるがまま、なまえはジョズの肩に乗って、指さされた方向に目を凝らした。
遠くて見えないと言う前に「あ、悪いこれ」とジョズが差し出してくれた望遠鏡。それを受け取って片目を閉じて一生懸命にレンズを覗き込んだ。
海、海、海、海――島。
「見つけた!」なまえが一声雄叫びを上げると、それを聞いたジョズが嬉しそうに笑う。
「よく見て見ろ! 綺麗な砂浜があるぞ」
「わぁああああ! ほんとだ、綺麗!」
レンズ越しに見た島は大中小で言うと中くらいの大きさ。もちろんなまえの感覚で、だ。港は綺麗に整備されていて、いくつか大きな船が止まっている。おそらく商業船だろう。大きな荷物が運び込まれたり、卸されたりしているのが遠くからでもよく見えた。島を覆う砂浜はキラキラと光っていて、なまえの故郷の情景ととてもよく似ていた。
それはなまえの故郷を見たことがあるものなら誰もがそう思うほどで。
「どことなく、お前さんの故郷に似ているな」
ジョズの頭にしがみついて島を凝視しているなまえの後ろから声がして、なまえが振り向くとそこには黒髪の拳銃使い。腰には拳銃が二丁ついていた。
「イゾウさん! 私もそう思ったの!」
「そうかい」
なまえがもともと高いテンションをさらに上げて嬉しそうにはしゃぐものだから、イゾウもたまらず笑う。なまえを乗せていたジョズもにこにこと終始笑顔を絶やすことはなかった。
なまえは可愛らしい女の子だ。つい構ってしまう。それは誰もがそうで、イゾウも姿を見つけてはついででた手を伸ばしては構っていた。今回もそう。
ジョズの肩からなまえを抱き上げて、もうだいぶ近くなったからそろそろ降りる準備をしようか、と相談を持ちかける。元気いっぱいに頷いたなまえに笑顔を向けて、ちょこんと飛び出ている前髪にくすりとひと笑い。頭に手を置いて、わしゃわしゃと頭を撫でた。
なまえは「わっ」と声を出しながらも嬉しそうにされるがまま目を閉じて、イゾウの好きなように撫でられていた。心地がよいのだろう。
ふと、「あ~~!」ととある人の声がした。一味の中でも過保護中の過保護の男だ。
「イゾウ! 髪が乱れるだろうがよい」
カツカツカツと大股で甲板を歩いてきたのはなまえがとても尊敬しているマルコだった。
「ったく、マルコ。お前は過保護すぎるぞ」
「んなことねぇよい!」
――と、同時に甘やかしてくれるから大好きな人でもあった。
「マルコだ!」
「お~~なまえ。そろそろ島に着くよい」
今日は朝からマルコに会っていなかったからか、なまえはマルコの姿を見つけてにこにこと嬉しそうに手を振った。マルコはと言えば、その様子がたまらなく嬉しいのか、手配書の不死鳥のマルコと同一人物とは思えないほど心底嬉しそうに顔を緩ませきっていた。
これももう日常風景だったので、ジョズもイゾウも呆れて笑うだけ。そういう自分も同じだと分かっている分、開き直ってすらいた。
なまえの前まで来たマルコがなまえの視線に合わせるようにして腰を落とす。なまえが不思議そうに首を傾げると、「あぁほらもう……」と小言を言いながらなまえの髪のセットを始めたのだった。
「お前はなまえの親父かっ!」
さらに後ろ、とある船室の中から現れたコックの服装をしたリーゼントの男がつっこみをひとつ。すかさずマルコが返した。
「うるせぇよい!」
「サッチぃ~!」
サッチの姿を見つけるやいなや、なまえがマルコの側を離れてサッチに駆け寄った。チッと鳴ったマルコの舌打ちがなまえの耳に届いていないといいんだが……イゾウは苦々しく唇を結ぶ。
なまえはマルコのことを尊敬しており、好きではあったが、サッチの方が子供心をよく分かっており、なまえのハートを鷲掴みにしていたのだった。だから何かとなまえは”マルコよりもサッチ”という、そういう構図を作ってしまう。
いや、仕方のないことだ。なまえはそれを深く考えずに行っているのだから、責めるようなことではない。頭では分かっているけれど、実際それをされた側ともなると……なんともやりきれない気持ちにならざる得ない。
マルコは……と、ジョズとイゾウが目を向けてみれば、案の定、なまえとサッチがきゃっきゃうふふと話をしているのを見て、大変不満げにむっと唇を結んでいた。
いや、俺ら普段お前にそれされているからな、とまでは言わずにいる二人はこの中で一番、二番の大人だろう。
「ほら、なまえ。見えるか~?」
もう肉眼でもはっきりと見える距離になった島。なまえの背丈では見づらいだろうと、今度はサッチがなまえを持ち上げて肩に乗せた。
「うわぁ~!」
なまえの目に映ったのは島の形だった。
「サッチ、サッチ! 見て見て!」
「ん、どうした?」
「お月様の形してる!」
なまえがビシッと指さした先には完璧とはいかないまでも、三日月の形をした島の形があった。またこのいきすぎていない感じがまたいいな、サッチは心の中で思う。なまえの故郷によく似ている……とも。
「お~~! すげェ綺麗じゃねぇか」
「これはなかなか……」頷くジョズとイゾウ。その隣では「いい眺めだよい」とマルコも島を見つめていた。その誰もがやはりなまえの故郷のことを思い浮かべ、うっすらとその頭の中には、親父が話していたことが蘇ってくる。”そろそろ引きどきだろう。なまえを外へ送り出す”そう言った親父の顔は酷く悲しそうで、その場にいる誰よりも、なまえとの別れを嫌がっていたように見えた。だからこそ、誰もその意見に反対しなかった。
「決めた!」
なまえが一声上げる。シン――と静かになって数秒、4人は真っ直ぐに島を見つめたままでいるなまえに目を向けて次の言葉を待った。
「私、ここに住む!」
その瞬間――「え?」と口にまでは出なかったが、4人が4人とも、目を真ん丸に見開いて、サッチの肩に乗る小さな女の子を見つめた。
全員が黙り込んでいた。
なかなか返す言葉が見つからなかったのだ。
複雑に絡み合った心情が胸の中を渦巻いて。性急すぎる事の成り行きに歯を食いしばって。離れたくないと強く願いながら――それでも、離れる選択肢を選ばないといけない。目の前のことから目をそらさないように、4人はなまえをしっかりと見つめ、今はとにかく取り繕わないとなまえが変な気を遣うかもしれない――そう思った4人の目配せによって、お調子者担当のサッチが慌てて声を上げた。
「ええええっ!?」
未だマルコは開いた口が塞がらない状況で、イゾウとジョズはなんとなくそうなりそうだと感じていたこともあって、小さく頷いていた。
そんなとき、珍しい人が4人のところに顔を出した。
「どうしたおめぇら、そんな声をあげて」
ノソッと現れたこの船一番の巨体を5人は見上げた。
「お、親父ぃ! 聞いてくれよ。なまえがこの島に住むって言い出したんだよォ!」
サッチがすがるような思いで報告する。なまえを降ろそうと話したのは昨日の今日の話だった。だから、サッチはまだ早いんじゃないか、とそう思っていた。なにより、まだ自分たちの心構えというのができていないのだ。
「なまえ、……本当か?」
「うん!」
サッチに肩車されたままのなまえは、いつもより近くにある親父の顔をジッと見つめた。「さっき決めたんだ」そう続けたなまえの瞳はきらきらと光っている。真剣な眼差しは単なる好奇心から来るものではない、決意というものが感じられる。親父はなまえの両眼をしかと見つめた後、ゆっくりと目を細めて言った。
「グララララッ。そうか。なら、好きにするといい」
「親父!」
つい言葉が飛び出したマルコが親父の名前を呼んだ後、顔をしかめる。親父がマルコを見ると、マルコはきつく下唇を噛みしめ、切なげに眉を寄せていた。親父にはマルコの気持ちが痛いほどよく分かった。でも、もうこれは決まったことなのだ。親父はマルコに、……その場にいる全員に言い聞かせるようにして言う。
「なまえが決めたんだ。反対する理由がどこにある?」
「……それは、そうだけど……よい」
「おめぇら、しっかり見送ってやんだぞ」
「……そうだな。いつかはこの時がやってくるって分かっていたことじゃないか」
イゾウが親父の意見に賛成するように言う。マルコの方を見て、親父の顔を見やる。それを見たマルコはイゾウに促されるようにして、親父と目を合わせ、ゆっくりと一度頭を下げた。その場の誰もが胸を痛めている――周りに目が向いたマルコはようやく落ち着きを取り戻したのだった。
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その夜、なまえのお別れ会が開かれた。

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