「姉さん、ご指名です」
障子の向こうでは緊張した声色の鐵がいて、眉間に皺を寄せながらゆっくりと頷いた。障子はしまってはいるものの、向こう側からはこちらの影がよく見えているのでそれだけで伝わるのだった。鐵の様子にまさか……、とあの人のシルエットが思い浮かんだが、いやいや……それはないでしょう、とそのシルエットを振り払う。
「……それでそのお相手は?」
「……えーっと、あの人なんですが、どうされますか?」
……なんという事か。当たって欲しくない予感が当たってしまったらしい。しかし……かといって、酷く取り乱す必要もなかった。簡単なことだ。私には ”断る” という選択肢が用意されているのだから。いつも通り、今まで通りに対応すればいい。迷うことなく口を開いて告げた。大丈夫、これで私が咎められることはない、そう自分に言い聞かせながら。
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「……暇だな」
断ったことによってできた時間。丸々一週間が暇になってしまった。お金はある。時間もある。……でも、限られた区画から外へ出てはいけない、そういう決まりになっていた。理由は簡単、船乗りたちの休息所には遊郭の区画にに訪れる客も来る。そういう客からすると、高値の花である遊女がふらふらと出歩いていたらこれ幸いと連れ去る、その一択に決まっている。未だそんなことが起こったことがないけれど、起こらないとも言い切れない。いくら海兵も羽根を伸ばしに来ているから治安の面では大丈夫! とはいえ、そこはやはり海賊。その気になればできないことはないだろう。
それはつまり、もめ事を起こしたくないという上層部の方針のせいということになる。私からしてみれば、そんなの知ったことか! だ。いつもの着ているきらびやかな布地を脱ぎ捨て、かつて……エドの隣に立っていたときに着ていた簡素な服に着替える。メイクもせず、乱雑に髪を結んだら完成だ。この風体を見て、一体誰が私を遊女だと思おうか。普段の客も、それ用に作り上げられたものを見ているのだ、早々分かりはしないだろう。
幸運なことに今日、さあさんはいない。つい最近から新人の使用人の教育係になり、とても忙しいらしいのだ。誰かに計られたんじゃないか、と疑ってしまうようなタイミングだった。そういうわけで、久々に ”船乗りたちの休息所“ 下区画、飲み屋街に繰り出そうと思い立ったのであった。

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