次の日の朝、なまえに会った。なまえがエレベーターに入って来て俺の隣に納まる。一拍間を置いてすぐに声をかけた。
「デートはどうだった」
視線はまっすぐ前を見つめたまま。いつも通り静かな声でそう言った。それを聞いたなまえは肩を飛び上がせた。まっすぐ前を向いていても分かるぐらいあからさまに。おそらくなまえにとってこの恋はとても純粋なものなのだろう。
それが示すものはつまり――――
「初恋か」
「は……えっ!? いや、違っ――」
「違う? それが否定する奴がする行動か?」
左隣に立つなまえの方に顔を向けて視線を落とす。なまえは顔を真っ赤に染めていた。全力で首を左右に振って、「初恋じゃないです!」と抗議していた。
「……怪しいものだな」
「……私の初恋は、」
「待った」
「え?」
“待った”ってどういう意味? と本当に不思議そうに目をまん丸に見開いてこちらを見上げているなまえを見つめる。
「時間が足りない」
「じ、時間……ですか?」
ピンポーン――
エレベーターのフロア到着音が鳴ってゆっくりと扉が開いていく。それでもなまえは俺の方を不思議そうに見ていた。右手で持っていた鞄を左手に持ちかえてエレベーターの「開く」ボタンを押す。
「……降りなくていいのか?」
その言葉にハッとしたなまえが慌てて足を踏み出した。ぺこりと頭を下げて小走りにエレベーターから降りていく彼女の後ろ姿に言う。
「今日の夜、飲みに行くぞ」
それを聞いた彼女は急停止してクルリと体を回転させた。押していたボタンから手を離してその隣にある”閉める”ボタンの上に指を置く。
彼女が混乱した顔でこちらを見つめていた。少なくとも今この瞬間は彼女の頭の中は俺のことでいっぱいだろう。それはなんとも愉快な話だ。
「19時、1Fフロア集合」
「えっ、あの!」
“閉める”ボタンを押した。言い逃げとはなんとも卑怯な男だ。内心そうは思いつつ、今は悪いことをしたというよりもいたずらが成功したときのような高揚感が勝っていた。どうしてか、なまえのあの驚いた顔を見れば見るほど、つついてみたくなる。なまえに声をかける度に今度はどんな返事が返ってくるのか、と胸が高鳴る。
閉まりきったエレベーターの中、最上階に着くまでの数十秒間、俺の顔は緩みきっていた。
次に扉が開くときはもちろんいつもの顔に戻す。けれど、どうだろうか。なまえの顔をどこかで見てしまえばまた緩んでしまいそうだった。
「俺も案外単純な男だったな」
「運命」という言葉にも要注意
とくに初恋って奴は信用ならない

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