君の堕落論曰く

酷い面していますよと苦笑混じりに挨拶をしてきたなまえはお元気でしたか? と軽く頭を下げた。その小さな背丈のせいでつむじまでがよく見える。そこへぽん、と軽く手を乗せて言う。

「そういうのいいから」

へへ、と笑ったなまえは俺の隣に並んだ。それを確認して足を踏み出す。では、と小さな声の後にはつらつらと今日の予定が発せられ、先ほどまで舞い上がっていた気持ちが一気に沈んでいく。目眩がしそうだ。

「聞いていますか? クザンさん」

にっこりと、それはそれは素敵な笑顔でこちらを伺うようにのぞき込んでくる。その顔に頬を緩ましつつ、聞いてるよと予定を復唱してみせた。「ま!」と昔の貴婦人か何かのような演技じみた台詞に思わず吹き出してしまう。

「なにその演技?」
「だって! あのクザンさんがこんなに人の話を聞くだなんて!」

ほんとびっくりです、なぁんてさっき聞いてますか? て聞いておきながら言う台詞か。

「まぁ今日は特別だからね、おっさん頑張っちゃうから」
「ん、それはそれはとても頼もしいですね! ではさっそく!」

目的地に到着。まず1つ目の仕事である会議に出席するために出向いた部屋の前で立ち止まる。あれ、”特別”ってなんなんですか? とか聞いてくれない感じ? 相変わらずそういうところは鈍いよね。っていうか、俺もしかして相手にされていないとか? むむ、と眉間に皺を寄せてしばらく沈黙する。するとこれってそんな顔をする程重要な会議でしたっけ? 予算会議って聞いていたんですけど……と戸惑い混じりに笑われてはぁ~と体から力が抜けていった。

「あ、あれ? 私変なこといいました?」
「……ん、気にしない気にしない。それより、会議終わったら相手してよ? どうせまぁたすぐ向こうに行っちゃうんでしょ」
「ふふ、はい分かりました。でも、それは今日の仕事が終わってからになりますからね。そしたら今日は飲みに行きましょう」

久しぶりですからね、とはにかむように笑うなまえを見られただけで満たされてしまう俺の心は案外流されやすいようだ。

「りょーかい!」

ひらひらと後ろ手に手を振って扉を閉める。さて、おっさん頑張っちゃうよ。

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会議を終え、その後別の部屋であった会議も終え、報告書の作成のために自分の執務室へと足を運んだ。カチャン、と躊躇うことなく普段通り開けたところで気がつく。そうだった今日はなまえがいるんだったと。秋から冬へと変わりつつある季節のせいで普段ならやや冷ややな空気で部屋が満たされていたが、今日は違っていた。お疲れさまでしたとポカポカと暖かな室内とそれを一層増して感じさせるなまえが迎えてくれている。

「コーヒーいかがですか?」
「ん、貰おうかなぁ。砂糖の数、覚えてる?」
「ふふ、もちろんです。1つですよね」
「残念、おっさんは最近はブラックにはまってるの」

意地悪だったかなと思いつつもからかいたくて仕方がなく、ついに意地悪を言ってしまった。昔はもっともっと沢山の意地悪をしていた。そうしてなまえはすぐに臍を曲げてしまうのだ。それが堪らなく可愛いのだけど。こうしてたまにしか会えなくなった今ではそれは貴重な時間を無駄にしてしまうから、と遠慮していたことだった。習慣とは本当に怖いものだ。ついつい、呼吸をするかのように意地悪をしてしまう。好きな子ならなおさらだ。

「もう~なら最初から聞かないで下さいよ」

小さく唇を尖らせたなまえがこちらに顔を向けてぶすりと頬を膨らます。はぁ……可愛くて仕方がないんだけど。ボリボリと首を掻いて意識を逸らし続ける。

「仕事はどうよ?」

いきなり過ぎるだろうか、なんて思ったけれど。なかなか会う機会がないのだから聞けるときに聞いておきたいと思った。次はいつ会えるのか分からないのだから。

「んっと……今の上司はクザンさんみたいにさぼったりしませんし、仕事ができる人なのでとても働きやすいですよ?」

さきほどの意地悪に対する仕返しなのだろうか。言葉がグサグサと刺さってくるように感じるのだが。なるほど少しは成長したようだ。昔は仕返しなんてしてこなかったからね。

「……あっそ、それは良かったね」

しばしの沈黙の後、それを破るようにしてカチャンと音が鳴る。執務机の上に置かれたティ―カップへと手を伸ばした。

「でも……」

立ったままコーヒーを啜る俺の隣で両手で包むようにティ―カップを持つなまえが小さな声で言った。

「でも?」
「昔みたいにたまにはさぼったりとか、それで怒られたり……とか。なんか……そういうの。……も少しあっても……いいんじゃ……ない、かなぁって……」

驚いた。あの生真面目ななまえがそんなことを口に出すなんて。

「もしかして……寂しいの?」
「へ?」
「だってさ、ここと君のいる北の海の支部じゃかなり距離があるでしょ。年に数回とはいえ、そんな距離を君はすすんで航海してきてくれるじゃないの」
「……」
「それってさ」

カップを受け皿の上に戻し隣を見る。両手に収まるカップを俯きジッと見つけているなまえに言った。

「俺が恋しいってことでいいの?」
「っ、」

なまえの持つカップの液面が小刻みに揺れていた。波紋が広がっていく。その揺れが収まると静止した液面に反射したなまえの顔が映った。今にも泣き出しそうなその顔はぎゅっと目を閉じる。

「染まってしまったみたいです」
「……染まったって、まさか俺に?」
「だって……スムーズに事が進んでしまうことがつまらないだなんておかしいじゃないですか。前みたいに誰さんのお尻を叩きつつ、たまぁに一緒にさぼったりして。……そういうの、すごく楽しかったんです」

ポタリ、と液面に滴が落ちた。ゆっくりと顔を上げたなまえが言う。

「……クザンさん。私、クザンさんが好きです。私を側に置いて下さい」

女の涙は苦手だ。それが好きな子となれば余計に。参ったなぁ、なんて大人じみた台詞を吐き出し、内心興奮でどうかしそうになっていた気持ちを落ち着かせる。息を飲んでこちらを見つめ続けるなまえに口元が緩んでいく。その真っ直ぐな瞳が大好きだ。

「いいよ、俺も恋しかったから」

なまえの手元にあるカップを預かり机の上へ置く。頭の上にハテナマークを浮かべているなまえに微笑みを向け、おいでと言わんばかりに軽く両手を広げたら、パァアアと明るくなったその顔が飛びついてきた。

「ずっとこうしてあげたかった」そんなクサい台詞は言えなかったけれどその思いを込めた包容により、俺のなまえに対する想いは伝わったことだろう。暖かな微睡みの中でなまえは言った。今日は一緒にさぼりませんか? そんなわけで生真面目だった元部下はすっかり染まってしまったようで、今日は終業時刻まで一緒に眠ることに。サボり癖ついちゃったなぁなんて彼女の髪を梳きながら苦笑し、目を閉じたのだった。

(Plan:Christmas)
151215 End.

Afterword

元部下。数年に一度の配置換えで変えられて本部から北の海に。離れてから気づいた恋心に戸惑いつつも互いに歩み寄る2人。っていう設定でした(^^) 私的にはクザンさんは書きやすいので好きです。好きな子できたらめちゃくちゃかまってかまって!って絡みまくって嫌われて、拗ねて、かまってもらってまた好きになる。みたいなエンドレスになる感じとか? なんだろう。……彼は本能の赴くままに生きているところがある気がするww

 

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