ここは崖。散歩の果てについたのは四方の海がよく見える崖の上だった。そこに座り込んだ彼女はもう数時間、ここから動こうとしなかった。別に急ぐ必要がなかった俺は彼女の隣に居続けた。時たま彼女は顔を俯ける。そうしてしばらくした顔を上げて水平線を見つめる。
そろそろ日が陰ってきた。水平線には太陽が沈みかけ、綺麗な夕焼けがそこにはあった。日が沈めば夜が来る。さすがに薄着のこの格好では風邪を引くだろうと思い、彼女に声をかけた。
「そろそろ戻るか?」
「…………」
返事がなかった。おかしいと思い、顔をのぞき込むと彼女は目をつぶり、肩を揺らしていた。今にも眠ってしまいそうだった。おい、と声をかけ、頭に手を乗せると、んあぁ……、と寝ぼけ眼で俺の顔を見る。
「ミホーク?」
「なまえ?」
「ミホーク?」
「お前、思い出したのか?」
「うん? 何言って……?」
すぐに閉じられた彼女の目。自分の名前を呼んだ彼女の真相が分からない俺は今すぐ真相を確かめたいと衝動に駆られたが、それを押さえ、眠りについた彼女を抱き起こす。もしかしたら、思い出したのかもしれない。もしそうなら、どんなに……いや、期待するのはやめよう。そう自分に言い聞かせ、城へと戻った。
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翌日。目を覚ました彼女はもうすっかり元に戻っていて。元というのはかつてのという意味ではなく……
「おはようございます、ミホークさん」
「あぁ……」
あの娘は一体どこへ行ってしまったのだろうか。俺を振り回すだけ振り回して。愛すだけ愛して。消えてしまった。間に合わなかったあの日の俺を刺し殺してしまいたい。
「ッ!?」
バタンッと倒れる音で意識が戻る。音の方へ目を向ければそこには彼女が倒れていた。
「おい?」
「っはぁ、はぁ……」
震える彼女の体。手を伸ばすとパチンッと手を叩かれた。
「っ、そんな……そんな、そんな風に私に触れないで!!」
はじかれるような衝撃。今、俺は何をしていた? 一人過去の思い出に踊らされ、目の前に今存在している彼女ではなく、かつての彼女を見て、そして、場をわきまえることもせずに殺気を放った。
ガクガクと揺れる彼女の足を見れば、それが如何に……
「すまない……」
「来ないでっ!!」
「なまえ……」
「来ないで! いや、もう……嫌。もうあそこには行きたくない。嫌だ。来ないで……助けて。助けて、ミホーク……」
支離滅裂な言動。今の俺の殺気に当てられて記憶が蘇ったのか? 俺を誰か、なまえに何かをした誰かと重ねているというのか……? どうすればいい。今、俺がなまえにしてやれることは……なんだ?
「立て。泣き叫んでも、生き恥を晒しても、生き残れ。それが俺たちの約束だったはずだ」
思い浮かんだのはいつかに彼女と交わした約束だった。届け、と願った。
「っ!?」
先ほどとは違う。はっきり視点の合った目。そのブラウンの瞳が俺を捕らえた。眼孔を鋭くさせてその目を貫くように見れば、彼女の体の力が一気に抜けた。
「ミホーク……っ!!」
懐かしい香りが鼻先をかすめた。かけだした足はうまく動かず絡まって前のめりに顔面から地面に向かって倒れていく。それでも大きく手をかいて、目の前にいる彼の元へ行こうと、あなたのことがはっきりとわかったと、その意志を示そうと前へ前へ進んだ。
滑り込むように私の体の下に入ってきた彼は珍しく息を切らしていた。はぁ……はぁ……と吐く息が荒々しい。長く、長く。今までずっと一緒にいた彼の腕の中は暖かく、やっぱり最高に居心地が良くて。何度も名前を呼ばれて、何度も彼の名前を呼んで。互いの存在を確かめ合った。確かに私たちはここにいる。
ぐちゃぐちゃになった顔をシャツに擦り付けるようにして、涙を拭く。少し嫌そうな顔をした彼の顔を両手でがっしりと捕らえて笑う。
「ただいま、ミホーク」
「…………ッ」
本当はキスをしようと思っていたのだけれども、予想外の彼の表情で私はそんなことすっかり忘れてしまっていた。
「……遅いぞ、なまえ。待たせすぎだ」
口調はいつも通り。だけど声が震えていた。珍しく、本当の本当に珍しく。彼が涙を流していた。男のプライドだとか、体裁だとかそういうものを……特に気にしているはずの彼がなりふり構わずに泣いている。こんな、こんな私の為に。
本当はぎゅうぎゅうに抱きしめられ過ぎて痛かったけれど、今回は我慢することにした。ありがとう、ミホーク。
愛すればするほど苦しくて。愛すればするほど愛しくて。愛すればするほど会いたかった。それは私も同じだった。会いたかったよ、ミホーク。
「ただいま……」

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