31:召使いの記憶

「ったく、彼奴らどこに入ったんだよ。……まったく」

不用心に開け放たれたままになっていた扉の前を男が通った。

緑髪の男はこちらに気付いて立ち止まり、まっすぐに私を見ていた。私は男の両眼を見つめ返した。男の目に私はどのように映っているのか、それは分からない。場を考えない淫らな連中だと思ったのかもしれないし、はたまた、私の身を案じてくれたかもしれない。……もしも後者だったなら。

男が訝しげに眉を寄せている。……迷っているようだった。その揺らぎを後押しするように、私は猿轡をしたまま力の限り叫んだ。

「っけ、て!!」

それを聞き届けた男が刹那――脇に差していた刀を一本抜いて薙ぎ払った。たったそれだけで、私の前にいた男も、後ろにいた男も、いなくなっていた。私の口にあった猿轡がゆっくりと落ちていく。それを私は呆然と見ていた。何が起こったのか、まったく分からなかった。私には一瞬のできごとだった。――まるであの人がそこにいるようだった。

フゥ――長息がたっぷりと時間をかけて吐き出されていった。

「これで、良かったか」

「あ…………」

ふにゃりと視界が歪む。張り詰めていた糸が一気に切れてその場に崩れ落ちた。私は咽むせび泣いていた。ふわりと被せられた白いシーツ。男の気遣いを握り締める。あぁ……どうしようもなく寂しくて堪らない。男が彼であったのならどんなに良かったか。会いたくて堪らない。怖かった。怖かったですと縋り付いて慰められたい。あの人に、会いたい。

「っ、ミホークさん」

貴方はどこにいるのですか。私を、私を捨てないでください。どうか私を捨てないで下さい。

「……おい、大丈夫か?」

目前にしゃがみ込んだ先ほどの男が心配そうに顔を覗き込んでくる。慌てて鼻を啜すすった。

「え……あ、はい。あ……すみません。助けて頂いたのにお礼もできてなくって」
「いや、別にそれはいいが……」

何かを言いたげに男が視線を彷徨わせている。……どうしたのだろうか。――と、徐に懐に手を入れて、子電伝虫を取り出した。

ぶるぶるぶる――、ガチャ――

「あー俺だ「ちょっとゾロー!! あんたねぇ一体何処行ってるの! 早く帰って来なさい!! 出航できないでしょうがァ!!」

あ……(察し)。

「悪い迷った」
「全然悪いと思っていないでしょう。……まったく。今どこなの? サンジくんに迎えに行かせるから」
「ナミ、近くにルフィはいるか」
「え? ルフィ? えーと……」

ルフィ! ゾロが話したいってー!
おー! 分かったァ~~!
ちょ、待っ!!

「っ、たァ~~ルフィの阿呆! 飛ばなくていいでしょう。普通に歩いて来なさいっ」
「だってぇ……」

「ルフィ、ひとり乗せたい奴がいるんだが、いいか」
「お? なんだ珍しいなァ、ゾロ!」
「足かけ程度でいい。この島よりもっと治安のいいところで降ろす」

えっと……あれ、なんか私の知らないところでどんどん話が進んでいませんか?

「おう、そんくれぇ全然いいぞ!」
「えぇっ!?  ちょっと、ルフィ! そんな簡単に決めないでよ!」

えっと、ナミさん? っていうのかな、女性の方……おっしゃる通りだと思います。なんだか急にすみません。

「ゾロ、ルフィはああ言っているけど……どんな人なの?」
「あ――、よく知らねぇ……」

「…………はぁ? おいクソマリモ。ついに頭がイッたのか?」
「黙れくそコック」

取り敢えず、私を助けてくれた彼は、仲間ととても仲がよいことは分かった。……助けてくれるのはすごく嬉しい。でも、私のことで揉めて欲しくはない。

「あのう……」
「……なんだ?」
「えっと、そのう……いいですから。自分のことは自分でなんとか「その半裸の状態で明日からどうするってんだ」……う」
「どうせ、宿屋を教えてもらってそのままそこに泊まったんだろ? ハメられたんだよ、お前」
「え……うそ」
「よくある手口だ。女のひとり旅は十分過ぎるほど気をつけないといけねぇ。少なくとも、うちの航海士くらいに手癖が悪くねぇと、やっていけないぞ……」
「あ…………」

それはおっしゃる通りだと思うのですが……電話越しの向こう側から、物凄い叫び声が聞こえてきているんですが大丈夫でしょうか。「半裸ってどういうことだ、女って、お前いま誰といるんだ、どういう状況だ!」「手癖が悪いとは失礼なっ! 帰って来たら覚えておきなさいよ!」「おいくそマリモ! そこはどこだ迎えに行くから居場所を教えろ!!」

「あ――……、ここ、どこだ?」
「ここは町にある、山辺の宿屋っていうところです」

「おい、ここは――「ゾロ、サンジくんが向かっているからそのままそこから動かないでね」…………ったく、分かったよ」

……なんだろう。そこはかとなく、嫌な予感が。荒々しくブチンと切られた子電伝虫を見つめる哀愁漂う背中、彼の名はゾロと言うようだが、他の名前も聞こえてきていた。どちらが本当なのか。

「お急ぎの感じだったのに、良かったのでしょうか?」
「あ……? あぁ別に構わねぇよ。どうせ迎えが来るのは変わらねぇし」
「えっと……迷子ってことですか?」

スッ――と視線を逸らされた。

「俺は、ロロノア・ゾロ。お前は?」
「私は、なまえと言います。…………お世話になります」

よろしくお願いします、と握手の手を差し出そうとしたとき、ドタドタドタ――と凄い音で廊下を走る音がして、「くそマリモはどーこーだァー!!」と、金髪さらさらヘァーの男の人が部屋の中に飛び込んできたのだった。

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