37:召使いの片想い

 

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― サンジ視点 ―

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美味しそうにご飯を食べてくれるなまえちゃんが好きだ。さらに美味しいところの感想まで細かく聞かせてくれるという……俺の天使。彼女の声をBGMにするという幸せ過ぎる空間で新しいメニューを考える。ここ数日はそれが日常になっていた。

ある夜、なまえちゃんが料理を披露すると言ってくれた。できたら呼ぶねと、背中を押されるがまま部屋を出たんだが……、それからしばらく経っても声がかからない。不思議に思ってキッチンを覗き込む。

そこには、くそマリモがいて、なまえちゃんは酷く取り乱していた。

――忘れられない。っ、忘れ、られないのっ!

なまえちゃんが涙を零していた。

あの野郎、なまえちゃんになんてことを……! そう思い部屋に入ろうとしたところで足が止まる。窓から見えた野郎の横顔が酷く寂しげで、悲しげで、まるで泣いているように見えた。それを見たら、……見てしまったら、足が動かなくなった。

雑然と感じる不安。なんだこれは。――なんだ?

その場を逃げるように離れた。

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翌日の朝、なまえちゃんは普段と変わらずそこにいた。

「サンジさん、昨日はごめんなさい」
「いいや、俺の方こそ。何も言わずに寝ちゃってごめんね」
「ううん」

首を左右に振りながら、なまえちゃんが笑う。いつもより元気がない。それは顔を見た瞬間から分かっていたこと。……でも、そこに触れてもいいのか、それが分からない。

「朝ご飯食べれそう……かい?」
「え?」
「なんだか元気がなさそうに見えるからさ。何か、少しだけ別に作ろうか?」
「あ…………うん。お願い」

ちょっと、疲れてて……そういうと、なまえちゃんがまた笑う。愛想笑い。気を遣わせないように笑っている。それが何ともまた胸に来る。俺はそんなに頼りないかい。……そう言ってしまいたい程に、何か……欲望にも似た何かが俺の中で渦巻く。……なんだこれは。――なんだ?

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「レディ。こちらをどうぞ。カボチャのスープです。熱いのでゆっくりとお召し上がりください」
「うわぁ!」

弾む声を聞くとこっちまで嬉しくなる。いただきます――両手を合わせて、スプーンで口に運ぶなまえちゃんの横顔を、頬杖をついて見守った。彼女が食べ終わるまで、ずーっと、なんとなく見ていた。

なまえちゃんが笑うとそれだけで胸がいっぱいになる。

本当に美味しいです。甘すぎないですね。砂糖は入れていないのですか? カボチャ以外に何の野菜を入れていますか? 彼女の唇がせわしくなく動いている。……良かった。少しは元気が戻ってきたようだ。

ごちそうさまでした――両手を合わせた彼女の唇。カボチャのスープが少しついている。それを指さして「ん」と言うと、彼女は不思議そうに首を傾げた。

「……俺のこと、誘ってる?」
「…………え?」

そんなわけがないって分かっている。なまえちゃんに悪戯をする口実が出来たと俺の中の子供のような感情がわめき散らす。いまだ、いまだ――と。逆らう必要はない。彼女は俺のことを受け入れる。それを知っているから……

「ん……」

カウンター越しの甘い甘い口付け。手を伸ばして指を絡める。互いに顔を突き出し合って、舌を絡ませて、欲望の赴くままに。薄めを開ける。とろんと眉を落としたなまえちゃんが頬をほんのりと赤く染めている。……可愛い。このままベッドに連れ込みたい。……いや、だめだ。まだ朝だ。これから俺はみんなに朝食を持って行かないといけない。そう思うのに、重ねる唇が離れることはない。

――と、なまえちゃんの片手が俺の胸をそっと押した。唇が離れていく。

「……ちょっと、休憩を……」

はぁ……はぁ……と荒い息を整えるように、なまえちゃんが呼吸を繰り返す。

「あ……ごめん、つい夢中になって」
「ううん。私も夢中で。サンジさんのキス気持ちいいから息するのを忘れちゃうんだよね」

ふふっ、なまえちゃんが無邪気に笑ってくれた。俺は思わずカウンターを飛び越えて、抱き締める。本当に不思議そうに見上げてくる彼女が愛おしくて堪らない。

「えっと……どうしたの、サンジさん?」
「……心配していた。なんか元気なかったから。元気になってよかった」
「あ…………気、遣わせちゃってたんだね。ごめん。昨日いろいろあって、頭が疲れてたんだと思う」

ふっ、と小さな声。

「でもね、サンジさんの作るご飯を食べたら元気になっちゃった。……いつも、いつも。サンジさんの作る料理は美味しくって、元気にしてくれるんだよ?」
「っ、」
「サンジさん……いつも、ありがとう」

あぁ――どうしよう。どうしようもなく、愛おしい。目の前の彼女のことが愛おしすぎて苦しい。この感情を『愛』と言わずして、なんと言うのだろうか。

「いいや……これくらいなんてことないさ」

でもそんなことを口にしたら、なまえちゃんを困らせてしまうことぐらい、俺にも分かる。俺たちの関係はあくまで一時いっときのもの。…………そう。俺だってそんなことは分かっている。

「なまえちゃん」
「……ん?」
「くそマリモに何か言われたりした?」
「あ…………」

たぶん、本当なら、このまま何も言わずにいてあげた方がいいのだと思う。だけど、これは俺のエゴだけど、少しでもいいから彼女に知って欲しいと願うのだ。俺が、なまえちゃんの中に少しでもいいから、痕を残したいと思うのだ。この、彼女の首に刻んだように。この首の痣も、もう数日もすれば消えてしまうだろう。そうなれば、俺が彼女と共に過ごしたひとときの記憶ろぐも消える。それが……どうしようもなく、嫌だ。

「過去のことは忘れた方がいいと言われました」
「……過去?」
「えぇ、過去……昔の古い記憶です。振り回されるくらいなら、消してしまえ、と」
「…………勝手なやつだな」
「……本当に」
「彼奴の方こそ引きずっているくせに」
「え……?」
「彼奴も過去のことを引きずっている、し…………俺だって、忘れちまいたい過去がある」

思い出したくもない昔の記憶。そんなものは誰にだってある。その重さは人それぞれだとしても、必ずあるのだ。それを忘れるなんて不可能だと、彼奴なら分かっているはずだ。それなのにそんなことを言うのは、……おそらく。

「それはきっと、…………願い、だったんだろうさ」
「…………願い?」
「いや…………ごめん。忘れてくれ。らしくないことを言った」
「…………ん? どういう?」

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― なまえ視点 ―

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サンジさんの言いたいことがよく分からなくって聞いてみたけれど、掴み所のない返事を返されて、のらりくらりかわされてしまった。だけど別にいいんだ。だってこんなにも楽しいんだもの。

「女の子には優しくっていってんだけど。……変わらねぇなァ」
「ゾロはすごく優しいよ?」
「……ん? そう……?」
「不器用? っというか、人に伝わる言葉の使い方を知らないだけな気がする」
「……違いねェ。彼奴は『説明する』って言葉を知らねェな」

顔を付き合わせて笑い合う。不思議なことに、先ほどまでとげとげしかった胸の内側がすっかり柔らかくなっていた。サンジさんのおかげだ。

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