革命軍から、ミホークさんにこの身が受け渡されて最初の頃は、「建物から外へは出てはならない」と言われていた。外にはヒヒがいて、危ないからと。
そのうちに、彼の態度が変わっていって、はじめはそれ程顔を合わすことはなかったのに、気付いた時には毎日べったりになって、一緒に城の外におでかけするようになっていた。もちろん、彼といるのでヒヒは襲ってこない。
本当に四六時中一緒にいる日々だったけれど、月に何度か離れるときがあった。島での生活の中で、自給自足をしていてもどうしても足りないものはある。あと、普通に王下七武海の役割も果たさなければならない。そういうわけで、ミホークさんはときどき島を留守にした。
何度か、一緒に外に連れて行って欲しいとお願いしたことがある。離れていると不安で仕方がなかったのだ。
……すべて却下された。そのときは……確か、「危ない」だの「面倒を見きれない」だの。いろんなことを言って断られたっけな。そのうちに、私があまりいにもしつこく縋りついてきていたせいか、彼はうんざりした顔を浮かべながらこう言い放った。
「これが最後の通告だ。俺がお前を外に連れて出ることはない。なぜなら、『お前の姿を見られたくない』からだ。……いいな」
辛辣な一言だと思った。きっとミホークさんは私のような小娘と並んでいるところを見られたくないのだろう――ずっとそう思っていた。
だけど……それは私の思い違いかもしれない――と、ここ最近になって思うようになった。…………というのも。とても不思議なことに、連日、あのときの夢を繰り返し見るようになって、そのときに気にしていなかったことが気になるようになってきたのである。
ぽろぽろと零れるように、記憶が浮かんできて、ミホークさんはどんな顔をしていた……? うんざりしていた? ……いいや、顔ははっきりと見れていないんじゃなった? あのとき、声を聴いて、その声色で勝手に決めつけていなかった? 実際はどうだったのか、それが気になって仕方がなかった。何度も、何度も、繰り返し自問自答を続けた。
そして、他にも、私の思い違いかもしれない――そう思うようになった理由がある。
それは……自分の中の悪魔の実のチカラを習得するまでの間にあった様々なこと、習得した後に分かったこと、それらから考えられること――ミホークさんは私のチカラの影響を大きく受けていたのではないか、ということだ。大きい小さいは別にして、こちらの影響は否定できないと思っているが、それが一体どこまでなのかが、さっぱり分からなかった。
私の相手をして来た人達の洗脳じみた状態をここ数ヶ月の間にたくさん見てきた。ほぼ全員だった。最初の頃の態度と途中から打って変わってしまったミホークさんの態度を思い返すと、彼も影響を受けていたんじゃないかって思えてならない。
だから、私は再びミホークさんに会いたいのだ。会って、話がしたい。主という枠から外れ、私のチカラから解放されたあの人が今、どうなっているのか、それを知りたい。そう……だから決して心惹かれているわけではないはずだ。
目を閉じると瞼の裏に張り付いた虚像に逢える。ミホークさんの貌がそこにいる。
……ミホークさん。あのときの貴方は何を考えていましたか。教えてくださいよ。貴方はいつも、何を考えているのか分からなくて。聞いたところで答えてはくれないから分からないんです。
私のことを独り占めしたいって思っていたのでしょうか。そうだったのなら、どんなに嬉しいか。でも、……だったらどうして、私はいま一人になっているのでしょうか。今度会うときはきちんと話をしてくれますか。ミホークの貌をし、ミホークではない虚像に淡々と伝えた。返事はないと分かっていても言わずにはいられない。……虚しいと分かっていても、そうせずにはいられなかった。
離れた『時』が過ぎるほどに、会いたい気持ちが膨れ上がっている。でもこの気持ちは懸想ではない。これは、知識欲に似た好奇心である――私はそう断言する。
「ミホークさん……」
――ミホークさんに、会いたい。
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波が大きくうねり、船体が上下する。そんな中でも立っていられるくらいには私の足腰は強くなっていた。先頭、船縁に手を置いて海の遙か先にある島の影を見つめる。――と、隣に影が並んだ。ゆっくりと顔を向ける。トレードマークのシルクハットにキラキラと輝く金色の髪。黒いコートが海風で揺れる。彼は真っ直ぐに前を向いたまま、私の隣に立っていた。
「サボ、ありがとう」
心からのお礼を伝えた。
彼は予定をこじ開けて出来る限りの時間を私のために使ってくれた。にっこりと笑う彼に深く頭を下げる。先ほど確認したところ、無事、サボの能力を継承することが出来ていた。まだ彼のチカラのすべてを使うことは出来ないけれど、物の『核』を見定めるチカラの一端が身についていた。この後どう使うかは自分次第。
「俺のチカラはどうだ?」
「まだ全然使えないけど、練習して使えるようになってみせるよ。……本当にありがとう」
「……それはよかった。……だが、どうしてそんなにチカラに拘る必要がある?」
「…………」
――確かに。今でもそれなりのチカラは持っていると思う。どれもが譲り受けたチカラの一端で過ぎないにしても、炎、不死鳥化、覇王色覇気耐性、これらがあればある程度の身は守れると思う。まぁそれでも、力尽くでねじ伏せられたら勝てる自信がない。あとは、まだ上手く使えない他のチカラの習得と……自分自身を鍛えるしかないって分かっている……し、身体作りはそれなりにしている。麦わら海賊団にいたときは、ゾロに身体の作り方を教えてもらい、サンジさんに、下半身の動かし方を習った。ハートの海賊団では、ローに戦闘の本を借りて戦法を学んだ。
――一体どうしてそんなことをするのか。
そんなこと、深く考えたこともなかった。
「……ひとりで生きていくつもりなのか?」
淡々とした声でサボが言った。一際強い風が吹いて、私の被っていたキャップ帽を吹き飛ばしていった。でも、私はそんなことを気にする余裕もなくって、口を開けたまま、彼のことを見ていた。
「…………違うのか」
「え、あ…………え?」
「そうでもなきゃ、こんな必死にチカラを集めねぇんじゃねェか」
「…………あ、確かに」
「確かにって……お前…………」
少しだけ荒い口調になったサボが、私の両肩を掴んだ。ぐっと近くなった彼の顔。その両眼の瞳孔がぐわっと開いて私の全身を飲み込まんばかりだった。
「しっかりしろ、なまえ!」
「っ、」
私は、両目をキツく閉じて、歯を食い縛る。その目尻からぽろりぽろりとまあるい粒が落ちていった。
「なまえ!」
「…………わ、かんないんだもの。仕方ないでしょ!」
「…………っ、」
「自分が何をやりたいかなんて分からない。今はただ、『海軍本部に行く』それだけ」
「じゃあどうしてチカラに拘るんだよ。別に必要ないことだろう!」
「サボには関係ないでしょ!」
「だって、お前……」
「相手はちゃんと選んでる。私が……私がそれを望んでいるから」
「っ、じゃあお前は望んで…………」
そうだよ。私は自ら望んで手を上げたんだ。
そこまで言って、サボは、ハッ――と息を呑んだ。
掴んでいた私の両肩から彼の手が離れていく。未だじんじんと痛むその肩を両手で抱き締めながら、私は顔を落し、言った。
「…………私は。……私が自分で望んで『チカラ』を食べたんだ」
だから、仕方がない。それを理解した上で、どんな実かも分からない、承知の上で、私は悪魔の実を食べたんだ。まさかそれを知っているはずのサボにそんなことを言われるなんて、思ってもいなかった……けど。
「悪い…………俺はなんてことを」
「気にしないで。別に……慣れてるから」
そうだ。例え誰かのためにしたことでも、見返りを求めてはいけない。それをすると苦しくなるだけだ。ずっとずっと前に、私はそれを学んだのだ。
「…………おい」
「サボ、ありがとう。私、サボのこと、本当に大好きだった。だから、こうしてまた会えてうれしかった」
俯く顔を上げてにっこりと笑う。顔を上げろ、前を見ろ。こんなのは慣れたものだろう、私。
「もうそろそろ、行くね」
「はっ!? でもまだ島は……」
島の影は見えた。シャボンディ諸島の位置さえ見えていれば後は簡単。
私はゆっくりと身体の形を変えていく。
ボボボボボッ――青い炎が音を立てて燃える。一際大きな音の後、そこに現れたのは一羽の青い不死鳥だった。
「なまえ!」
羽根を広げて羽ばたく。ふわりと浮く身体。マルコに飛び方を教わっておいて良かった。
船縁限界まで身を乗り出したサボの前で浮遊する。
「サボ、元気でね! コアラによろしく伝えておいて」
「…………あぁ、絶対に伝えておく」
目尻に涙を浮かべたサボがへにゃりと情けない笑みを浮かべる。それを見て笑うと、サボも今一度笑ってくれた。彼の前髪が揺らいで傷跡が目に映る。あぁそうだ――伝えておきたいことがあったのだった。
「サボ、貴方のことを好いてくれるひとはたくさんいるから、いつだって胸を張るんだよ」
視線で傷跡を優しくなぞる。
それを見たサボが、長い前髪を耳にかけて言った。
「なまえ。ありがとう。おかげで俺はこの傷のことが好きになった。大事にするからな」
「ふふふ、うん!」
「元気でな!」
「うん、じゃあね……」
さようなら――
シャボンディ諸島に着くまでの空の上、サボのことを考えた。目を閉じると、サボのチカラが身体の中で巡っていることが分かる。それがどういう意味を指すのか――私のチカラの継承は想いの深さに影響される。昨日の夜のことを思い返しながら、本当に彼は私のことを大切に想ってくれていたんだと、大事だからこその苦言なんだと分かっていたから、私は全然悲しくなかったよ。
――ありがとう、サボ。

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