黄金にも、宝石にも興味はない。思い返せば、物に執着したことはなかった……と思う。唯一思い浮かんだのは島だった。私はクライガナ島には愛着があったらしい。……らしいというのは、離れる間際、その直後は何も感じていなかったのに、今になって帰りたいと思うから。じめじめと湿気が多くてご近所さんはヒヒだけ。そんな住みにくい島――なのに。島を出る直前の自分に会えるのなら、「後悔するから島から出ない方がいいよ?」と言いたいくらいに帰りたかった。あの静けさが恋しい。
「……はぁ」
まぁ、それも今更な話。
部屋から脱出した後、氷の美しさに見惚れていたところをクザンさんに見つかって連れ戻された。こりゃァ……首に輪っかでも付けられちゃうかも? 他人事のように思っていたけど、そんなことはなかった。待遇に変わりはなく、ちょっと拍子抜け。とはいえ、変わらず扉の前の監視はいるし、定期的なクザンさんの訪問もなくなりはしないから窮屈なのは変わらない。
退屈な部屋の中でできることは限られている。本を読むのは嫌いじゃない。でも流石に飽きた。動いていないせいか、眠気もやってこない。もう、日付が変わるというのに。……はぁ。膝の上に本を置く。灯された蝋燭の炎が揺れて暖かい風が隙間から入って来る。暑くなってきた。きっと海域が変わったのだろう。
上着を脱ぎながら考えるのは、昼間のできごとだった。クザンさんの能力……すごく綺麗だった――目に映る彼の吐息は真っ白に染まって、足も腕も堅牢な氷に覆いつくされていた。炎とは別物の美しさがそこにはあった。あの瞬間、私の目は奪われていた。
人差し指を立てて、ボワッと炎を出す。メラメラ燃える真っ赤な炎。それをそのまま変えていく。今度現れたのは青い炎、不死鳥の羽根だ。どちらも美しい。キィ――僅かに聞こえた音。背後に意識を集中する。丁寧に作り出した一本の不死鳥の羽根を親指と人差し指で持つ。まるでゲームをするように、一息で振り返り、的目掛けて真っすぐに投げた。美しい青い炎は的の僅か数センチ横に突き刺さる。ジュワッ――音を立てながら一瞬で消えた。圧倒的な冷気が炎を押しつぶしたのだ。
「……危ないじゃない」
「ノックをしない方が悪いんです。これに懲りてノックをしてください」
「ノックなんかしなくたって、君なら分かるでしょう?」
「それでも、です。レディですよ、私は。最低限の敬意をお願いします。護衛対象に臍を曲げられたら面倒でしょう?」
「それは……まぁ……」
ぶつくさ言いながら近づいて来るクザンさんに座るように促す。ベッドに腰掛けていた私の前にある椅子に彼は座った。
「あとどのくらいで着きますか」
「んん~長くて三日程度かな。風が弱いからスピードが落ちてるらしいよ」
「はぁ……三日も軟禁ですか。退屈で死んじゃいそうです」
「まぁまぁ。そこは我慢してよ」
このクザンという男は、毎夜毎夜私の様子を見に来る。逃げ出していないか確認に来ているのだろう。
「さっきの炎は君の能力? 青い炎を出すの?」
探られている。見定める視線を感じて顔を背ける。そういう目は好きじゃない。だから無暗に外で能力を使うのは避けているのに。それもこれも退屈過ぎるせいだ。彼の前で能力を使ったのがこれが初めてなので気になるのだろう。そういう私も、彼の能力が気になるんだけどさ。
「えぇ、まぁ……」
再び人差し指を立てる。先端から青い炎をボワッとライターのように出して見せた。
「……綺麗だね」
「……ありがとうございます。でも、美しさでいくと、クザンさんのチカラの方が断然綺麗ですよ」
「えぇ、そう?」
「はい。とても……美しかったです」
あのチカラはどの程度制御できるんだろうか。凍らせられる範囲はどこまでかな。繊細な形にすることはできるのかな。気になることは山とある。
「あらららら~。そんなストレートに言われるなんて。……なんだか照れちゃうなァ」
嬉しそうにはにかんだクザンさんが腕を前に出す。パチンッ――指が鳴ると共にぼとぼとと氷の粒が湧いて出て落ちてきた。
「わっ! 氷だ!」
床に落ちた氷を拾おうとして、パチンッ――目の前にも氷がひとつ落ちてきた。咄嗟に差し出した手の平に、ひとつぶのまあるい氷が乗る。
「っ、冷たっ!」
「氷だからね」
「すごい。綺麗な丸……」
「このくらい楽勝楽勝」
「あの……これって食べても大丈夫なんですか?」
「え? あ、うん。食べても大丈夫だよ」
「やった! じゃ、ちょっとお味を……」
ぱくり。口に放り込む。冷たい。……けど、美味しい。亜熱帯の海域に近づいているせいか、少し蒸し暑かったんだ。ちょうどいい。
「ふっ、ははははっ! まさか俺の氷を食べるとは」
腹を抱えたクザンさんが楽し気に笑っている。
「これ、美味しいです」
氷。……こんなにおいしい氷をいつでも出せるようになったら大変便利なんじゃないだろうか。私の邪な考えから飛び火していいことを思いつく。
「……欲しい」
「?」
「クザンさん」
何を言っているのか分からないらしいクザンさんが不思議そうに首を傾げている。
「氷の能力者って珍しいですか」
「え……あ~どうだろう? 炎よりは珍しいんじゃないかなァ」
視線を斜め上に上げたクザンさんが考え込んでいる。過去の記憶を辿っているのだろう。それくらいに珍しい……ということは、今を逃したら次の機会はもう巡ってこないかもしれない。それなら――
「クザンさん。この後暇ですか」
「……俺、これでも海軍大将よ? 暇なわけないでしょ」
「え~、ちょっとでいいんです。ちょちょっとしちゃえば…………ん~~。たぶん……十分くらい? で、なんとかなると思うんですよ」
「十分? まぁ……そのくらいの間ならいいけど。何するの?」
やった!!!!
「ちょちょっと、セックスします!」
「………………は?」

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