13:召使いの解放

頬を撫でる手。……誰の手だろう。すごく心地よい。あぁ、なんかすごくいい匂いがする。なんかすごく安心する匂いだ。

「…………なまえ」

耳に届いた囁くような声。何度も何度も繰り返されたはずのその声は不思議としつこくなく。むしろいつまでも聞いていたい、そんな麻薬めいた声だった。

朦朧とする意識の中、ゆっくりと瞼を開いた。ほんの少し顔を動かして見た目に映ったのは真っ白のシーツ。あぁもう目が霞んでしまって他がよく見えないや。

「悪いな。こうしないと、お前の体が危ない」

え、何の話……? とそう声を出そうとした。でも、カラカラに乾いた喉からは何の音も出ることなく。喉を押さえて必死に声を出そうとしてみたけれど、それでも音は出なかった。そのうち、開いた口も目も自然と閉じていった。も、どうでもいい。そう思った次の瞬間――

「――――んんッ!!!!?」

両手を力一杯握りしめて急にやってきた衝撃に耐えようとした。痛いのではない。ただ狂おしいまでに気持ちがいいのだ。絶頂を越えた先にあるこの感情を人はなんというのか。…………天国? とにかく、深く何かを考えることなど到底できなかった。そんな暇なんてなかった。一度、私の中を大きく突いたそれは同間隔で動いて律動へと変わる。

「ア”ァ”ッ!!?」

半開きになったままの口からは涎よだれが溢れ出していき、自分でもどこから出しているのか分からないような声が漏れ出ていく。

「あっ、あぁっ……」

側にあるシーツを握りしめた。そして涙で訳が分からなくなっていた視界に映ったのは赤い液体。先ほどピリリ――と走ったわずかな感覚は間違いではなかったらしい。

……血だ。一体どこから?

浮かんだ疑問も繰り返される律動によってすぐにどうでもよくなった。……でも、ふいにその動きが止まる。ヌッと影が射し込んだ。

「…………どうした?」

後ろから聞こえてくる愛おしい声。それと――

「なまえ、口開けてみろ」

急に目の前に現れた大きな手が私の顎にそっと這わされる。言われるがまま半開きになっていた口を大きく開くと、口の端からだらりと涎が落ちていった。それを目で追ったその人は口にくわえていた煙草を除けて手で握り潰した。

「どっか切ってんなァ」

その人はそう言って顎から手を離す。

「なんかくわえさせてやらねぇと……」

「ぁ……も……おわ……り?」
「少し待ってな」

後ろの人がそう言った。その声だけでもうどうにかなってしまいそう。再びじゅくじゅくと快感の波が襲ってくる。未だ入ったままのそれが動かないでいるのが歯がゆくて。

「うぅ……はや、く。おねがい……」

「お頭はしゃべるな。今じゃなまえにとっちやァ声すらが媚薬なんだから」
「…………あぁ」

早く。早く。そう何度も何度も呟いた。開いたままの目に映っていたあの人は側にあるシーツの端をくわえてビリリ――とさいた。その切れ端の真ん中で結びを作って完成したものを口の中に入れられた。

「な、に……?」
「そう心配そうな顔をするな。これ以上切らないようにしているだけだ」

その紐は頭の後ろで結ばれた。

「……よし。いいぞお頭」

分かったという返事の代わりに再び動き出したそれ。忘れかけていたあの衝撃が再び体を襲う。

「んんッ!!?」

「なまえ、頑張れ」

「ん……め……、ん……っ、んぁ”あ”あ”あ”!!!」

何度も何度も絶頂を迎えた。体はもう限界を通り越しているはずだった。……でも、不思議と意識ははっきりとしてきていて。あれほど考える力を失っていた頭が徐々に元に戻ってきていた。おかげでだんだんと自分が置かれている状況というものも分かってくる。

激しく揺さぶれる体。下半身に感じる違和感と襲ってくるかつてない程の快楽の波。体に力が入らない。それでも変わらず頭だけは妙にクリアで、目を開くと壁に背中を預けてこちらを見ている副船長がはっきりと見えた。

そこでようやくさっきこれをつけてくれたのが彼だったということに気づく。私は……ベッドの上でうつ伏せに組み敷かれていた。四つん這いで這い蹲って、快楽で突かれる度に狂ったように喘いで、ただただ、ただただ、それを繰り返していた。

「ん、……んんっ、」
「なまえ、もうすぐだ……っ、」

「ん”ん”ッ――――、やぁ、ん、もっと……」
「あ”――もう、おめぇは!!」

欲望の赴くまま。欲しい、欲しいと、何度も何度も乞うた。そうしたらその人はそれに何度も何度も答えてくれて。その度に私の名前を呼んでくれた。

「なまえ」

名前を呼ばれた後、一度抜き取られた。まだ……足りないのに。とっさに伸ばした手でその人のズボンを掴んだらその腕をぎゅ、と握りしめられた。

「分かってるから安心しろ」

そう言って、彼は私の体をくるりと回転させて。

「ほんとはこうしたくなかった。情が移り過ぎたらよくねぇからな」
「んんっ……」

向かい合って、上に覆い被さりながら再び挿入される喜びに涙がこぼれた。あぁ、たまらない。

「なまえ、もう少しの我慢だ」
「しゃん……くす……」

私の両手に両手を重ねて強く握りしめてくれたその人は何度も何度も腰を突き上げながら体を密着させて、そのうえ、唇まで重ねてくれた。

体を伝う互いの汗が混じり合い。その匂いが互いの愛液の匂いと混じり合い。麻薬めいた匂いを生み出していた。その匂いが頭を支配し、歯列をなぞる舌が私のすべてをなめとって、行き場のなくなった感情が突き上げられるそこによってすべて快感へと変わっていった。

今はもう、今この瞬間ことしか考えられない。今は私を愛してくれているこの新しい主のことしか考えられない。共に果てろと主が言う。それに頷いて共に果てた――と同時に、自分の中に不足していたもののすべてが戻ってきたような気がした。どうしてなのかはよく分からないけれど体がもういいと言う。もう十分補充できたと。

だから、私はゆっくりと目を閉じた。

「……なまえ?」

「……も、だいじょうぶ」

眠りに入る前にそう言った。そう言ったら主は「そうか」と言って、頬を撫でてくれた。頬を撫でた手の平はとても優しい手つきで、「よく頑張ったな」とそう言葉をかけてくれた。

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