15:召使いの変化

きちんとした服を着たのがあまりに久々すぎて変な感じがする。来た時と同じ服を着て、体に異常はないか、一通り確認した。

赤髪海賊団――レッド・フォース号へ来て約一か月。ちゃんとひとりで我慢できたのが一週間目ぐらい。それからしばらくは誰かを主の代わりにして数日。私の体はあっという間にこの「ツキツキの実」の能力に侵された。ひとりでも、誰かでも、『代わり』にはもう耐えられなくなったのがだいたい二週間後。異変に気が付いた船長、副船長の助けが入ったのがつい先日。

とにかくどんな手段を使ってもいいから、『代わり』 ではない、『主』のものが欲しいと、もう立ち上がることもできなくなった体で必死にもがいた。その手を取り、ミホークさんの『主』としての権利を剥奪はくだつ、代わりに私の『主』となってくれたのが船長だった。今、私の体に漲みなぎる力は彼のものだ。

腹に入った彼の『モノ』が私の中でほんのりと熱を発している。しばらく失くしていた感覚だった。

「これでしばらくは大丈夫……かな」

なんだろう。この感覚は。言い知れる不安を感じる。ミホークさんといたときは片時も傍を離れなかったからこんなことは一度もなかった。まさかこの「ツキツキの実」の能力がここまで依存するものだとは思ってもいなかった。これじゃあまるで――――いや、今はそう結論を急ぐ必要もないだろう。

なにはともあれ、一時的とは言え、船長のおかげで自由に動けるようになったんだから。今は、今を生きることを考えよう。

「副船長~~支度すんだ、っ、――え!!?」

何気なく開いた扉の向こうに待っていたのはここ一ヶ月を過ごした見慣れ始めていたあの赤髪海賊団の甲板ではなく、全然知らない海賊船――

「よぉ~ようやくお目覚めか、うちのお姫様は」

「…………なっ」

げふ、と軽いゲップをひとつ。右手にはお銚子ちょうし。左手には赤い盃。そしてその気分良さそうに飲んでいる男、我が主、四皇がひとり赤髪海賊団船長赤髪のシャンクス、の右隣にいるのは――四皇がひとり白ひげ海賊団船長、エドワード・ニューゲート。それだけじゃない、あの馬鹿”主”が「俺の仲間になれって」とひたすら口説いているのを面倒くさそうにかわしている左隣の男は――その白ひげ海賊団一番隊隊長不死鳥のマルコ。……じゃないか、あの馬鹿!

「何やってんの馬鹿主!」
「あ? 主じゃねェだろ。シャンクスって呼べこの馬鹿娘!」
「はっ!? 馬鹿を馬鹿って言って何が悪い。どう見てもあんたは馬鹿でしょ。なんで敵……っていうか、ここどこなのっ」

慌てて辺りを見回す。

「はは、あいつテンパってやんの~」と呑気な台詞に舌を打ちながら、状況確認を急いだ。船体の横側に走り寄る。船縁から体を乗り出してよくよく見てみると、見下ろしたところに小さな船があった。いや、待て待て。あれは主の船じゃないか。

レッドフォース号はそんなに小さくなかったはず……ということは、この船が馬鹿デカいということか。そんな船の心当たりなんて一つしかない。恐る恐る、頭上を見上げた。パタパタと靡なびく大きな旗に描かれているのは、ドクロに三日月の髭。あぁ、ほらやっぱり――

思わず額に手をおいて、「あ~~」と声が漏れた。

そんなとき、「ようやく出てきたか」と現れた副船長。やっと話の分かる人が出てきてくれた。目を輝かせながら今の状況は一体どうなっているのかと詰め寄る。

「どうも何も、さっき言っただろ。挨拶しに行ったって」
「…………え、何。あなたたち本当は仲良いの?」
「どうして仲が悪いと決めつける」
「だってお互いに四皇でしょ? 私にはよくわからないけど、なんかこう……プライドとかあるんじゃ?」
「あのな、あの二人がそんなもんに振り回される奴らに見えるか?」
「…………確かに、一理ある」

船首の甲板の方から聞こえてくる馬鹿でかい笑い声。二人してそっちを見つめた。でも、あれほど世間じゃ犬猿の仲と言われるぐらいだったのに。

「大人の事情ってやつだ」
「…………人を抱いておきながら今更子供扱いする気?」

「…………お前、なんか変わったな」
「え?」

ボウッと煙草に火をつけた副船長が、船縁に背中を寄りかからせながら言う。

「垢抜けた」
「あかぬけた? ……それどういう意味」

「は? 意味も知ら「言葉の意味ぐらい知ってる! そうじゃなくて、貴方がどういう意味で言ったのか、ってこと」」

スゥ――ハァ――

ここではないどこかに行ってしまったんじゃないか、と思うぐらい酷く気持ちよさそうに煙草を吸う副船長が、ここにいる私の話を置いて、本当にどこか余所へ思考を巡らせているんじゃなかろうか、と思って抗議しようとしたとき。ようやく副船長が口を開いた。

「……っというか、性格が変わったと言うべきか」
「……ますます分かりませんが」
「まるで、何十年と連れ添ってきた『アイツ』のようだ」
「『アイツ』?」
「あぁ、女版ってところか。その”納得できるまで人を追いかけるところ”は若い頃のアイツにそっくりだ」
「…………『アイツ』って、『アイツ』って、まさか!」
「あぁそのまさかだよ。お頭、お前の”主様”だよ」
「っ、」

あぁまさか、そんなの、あんまりだ。どうしろっていうんだこんなの。何、え、もう、能力だけじゃなくて性格も左右されるってこと?

「お前も面倒な実を食べたもんだな」
「えぇそれはもう重々承知しておりますとも」

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