第11話 覚えている一番古い記憶

「今日は最高の一日になりそうだ」

レスティを抱きしめながらマスターが言った。

「せっかくだからおしゃべりしましょう」

レスティがそう言うと、「ふむ」と一言。何やら考え込んでいる様子のマスターをレスティが覗き見て合図を送った。視線が彼女の後ろを示す。その視線を追いかけたマスターの目に映ったのは不機嫌そうにカウンターに座っている一人の男。

「え……鷹の目?」
「なまえの護衛なんだって」
「ちょ、そんなこと一言も言ってないけど」
「いいからいいから」

レスティはなまえの抗議をさらりとかわしながらマスターの腹をやんわりと押す。素直に腕を緩ませたマスターとなまえの方を見ながら一言。

「ね?」

彼女の裏表ない笑顔に口元を緩ませたマスターが「ふぅ」と息を吐き出した。仕方がないなと苦笑しながら、先に鷹の目の元へ歩きだした彼女の後を追っていく。

「今日は休みにするか」

小さく呟いたマスターの言葉に「やった!」と返しながらなまえもまた2人の後を追った。

マスターがカウンターに入る頃にはもう、なまえもレスティも席についていた。「お飲みものは?」とこれじゃ仕事と変わらないと笑うマスターが言う。

「いつもの」

一番にそう言ったのはミホークだった。それを聞いたなまえが目をまん丸に見開いて、柱に置かれている時計を指さしながら言った。

「ミホークさんっ、まだ15時ですよ! 昼間っから飲むなんて駄目です!」

どうしてだ? と言いたげに横目になまえを見るミホークと眉間に皺を寄せたなまえが見つめ……いや、睨み合う。

「駄目です」
「…………」
「無視しないで下さい。無視しても駄目です。マスター出さないで下さいよ」

「お、おう」

こんな状況でとばっちりを食らうのは誰だって嫌な話だ。当然マスターもなまえに逆らう気はなかった。素直に、手に持っていたロック用のグラスを元に戻す。

コトン――

音が鳴った後にハァーと聞こえたため息。

「……分かった」

「え?」と声を上げたのはレスティだった。彼女はまん丸に目を見開いて、吃驚し過ぎて声を出せないでいるマスターと顔を合わせた。今の聞いた……? と二人は目を合わせ、こくり、と頷き合う。

ミホークは手に負えないという風になまえから目線を逸らし、「ブラック」と一言。

「あ……あぁ!」

返事を返した後もミホークを見続けていたマスターに金色の瞳が動く。そこでようやく我に返ったマスターがコーヒーカップをしまってある戸棚を開いたのだった。

こぽこぽという音と共にコーヒーのいい香りが店の中を満たした。先ほどの衝撃を未だに引きずっているマスターとレスティ。なまえは機嫌よさそうにマスターが入れる様子を見つめていた。

コーヒーが入れられて、ミホークの前にカップが差し出される。すると突然マスターが笑いだした。急に笑いだしたものだから他の3人は変なものを見るような目で彼を見ていたが、また突然、レスティも笑いだした。

「えっ、何、なんなのっ!?」

「っ、はははは! ごめん! なんかおかしくって!」

なまえとミホークが腹を抱えている二人を見ながら眉を潜める。二人して首を捻っていたら余計に二人は笑った。

「いやな、こんな光景を見られる日がくるとは思っていなかったもんで。……そうか、そうか。なまえか! なまえなんだな!」

ますます訳が分からない。一人勝手に自己完結してしまっているマスター。でも、どうやらレスティにはその意味が伝わったらしい。「そうね」と嬉しそうに笑っていた。

なまえは始めはなんかよく分からないけれど二人にバカにされているような気がしていた。だからムッ、と口を結んだりもしたが、今は違っていた。二人はとても嬉しそうで、なんだか幸せそうに見えた。

なまえが隣を見ると、ミホークは興味なさげにコーヒーを口に運んでいる。なまえの口元が緩んでいく。なんかよく分からないけれど、ま、いっか。なまえはそう思った。

「さて、まずは何から話しましょうか?」

結局、なまえもレスティもコーヒーを飲むことにして、全員に飲み物がいき渡るとレスティが話を切り出した。”まずは……”か、とミホークは眉を寄せた。話は長くなりそうだ。

「そうだね。じゃあまずはミホークさんに分かるように私たちの出会い、とか?」
「そうね!」
「じゃあ私がなんでこの島に来たかっていうと、」
「待ってなまえ。それならいっそなまえの生い立ちもした方がいいじゃない?」
「……確かに」

ミホークは聞きたいなんて一言も言ってはいなかったが話は自動的に進んでいく。それでも彼がそこに居続けるのはなぜか、それを知ったばかりの二人がにんまりと笑う。

ただ、それだけではなかった。ミホークも気になっていた。なまえの生い立ちを知りたかった。それは、何日か前の朝になまえが涙を流していたとき、彼女の口から聞いたことのあるなまえが出てきたからだった。なまえと奴らの関係が気になるのだ。

なまえは横目にミホークの方を見た。一応は様子を伺っておこうということなのだろう。一瞬目を合わせたミホークは、視線をコーヒーに落として口に運ぶ。沈黙は肯定でもなければ、否定でもない。

だから、なまえは話し出すことにした。

 

:

 

― なまえ視点 ―

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私は新世界で生まれた。

覚えている一番古い記憶。そこに映し出される風景はこの町とは違った町の情景。綺麗な砂浜のビーチ。小さいながらも幸せな町の人々の暮らし。時折現れる船。

船には大きなドクロの旗、海賊船――

” 大きな三日月型の髭がついたドクロ ” 特徴的な旗だったけど、どこの海賊とか当時の私には分からなかった。ただ、その船のおかげで町が、島が守られているということしか分かっていなかった。

確か……私が14歳になったぐらいのこと。両親が流行病で亡くなった。

身寄りがなくなった私は砂浜に座り込んでどうしたものかと考えていた。家はあったから一人で暮らすことはできる。多少の料理も作れるし、自分の身の回りのことはできる。でも所詮14歳。できないことの方が多かった。

それでも、不安なんてなかった。とても治安のいい、平和な島だったから。たぶん知り合いの人に相談したら喜んで面倒を見てくれるだろうと子供ながらに考えていた。

この島の人は優しいから――

「きっと大丈夫!」

わずかに残っていた不安を振り払う。自分に言い聞かせるようにして立ち上がった。思い当たったのは両親と仲の良かった近所の人。さっそくその家に行こうと真っ直ぐ前を見た時だった。

どこまでも続く水平線。そこにひとつの船があった。見たことがない船影になぜだか体が強ばる。手に汗が浮かんできていた。ゆっくりと近づいてくるその船に目が釘付けになった。ようやく目で見えるところまで船が近づいてきたとき、自分が感じた嫌な予感を早く消してしまいたかった私は必死で旗を探した。簡単な話、旗を見ればいいのだ。旗を見ていつものマークを確認してしまえばいい。それだけでこの不安はなくなるんだから。

でも、そこにあったのは今まで見たことのないドクロマークだった。

敵襲――

その二文字が頭に浮かぶ。母さんが言っていたことが鮮明に蘇ってきた。母さんのこと、こんな風に思い浮かべたくなんてなかったのに。でも、今は思い出すことに集中しないといけない。

” いい、なまえ。ドクロは海賊船の印なの。いつも見ているこのドクロ以外のドクロを見たときはすぐに大人に言うのよ ”
” うん。分かった ”
” それで、逃げるのよ ”
” 父さんと母さんは? ”
” 父さんも母さんも逃げるから、だから、なまえも逃げるの。とにかく、二人よりも先に逃げるの。いい? ”
” うん ”
” 約束よ ”

その時の母さんの真剣な顔をよく覚えている。それだけ事は重大だということだ。その事実は私の意識を余計に張り詰めさせた。

「早く大人に言わなくちゃッ」

辺りを見回して、傍に誰もいないことが分かって、どうしたらいいのか考える。落ち着け、と自分に言い聞かせながら、今自分がどこにいるのかを考えた。一番近いのは――

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:

「町長!」

家の扉を何度も何度も叩いた。もしいなかったらすぐに別の家に行かないといけない。ここは町外れだからまた沢山走らないと! はぁはぁと息を切らしながら次の家を思い浮かべていたとき、扉が開いた。

扉の向こうには何事かとこちらを見ている町長が立っていた。

「そんなに慌ててどうしたんだい?」

途切れ途切れの息でなんとか言葉を紡ぎ出す。

「ドクロ、見たことがないマーク!」
「……ドクロ? 海賊船か?」
「うん! あのマーク初めて見た! あれは知らない船!」
「何じゃと!?」

玄関から、先ほど見えた海の方を指さした。それを見た町長は部屋に戻って望遠鏡を持ってきた。「あっち!」と示した方を望遠鏡を使って見る。

「これはまずい……」

望遠鏡を持つ町長の手が震えていた。

「どうするの?」
「待っておれ、すぐに皆に知らせる」

町長に知らせることができたせいだろうか。力が抜けていってしまって、その場にへたり込んだ。へとへとの体を扉の枠に預けながら町長を目で追った。彼はまた部屋の中に戻っていく。そして今度は手の平に電伝虫を持って出てきた。

「緊急じゃ! 近海で海賊が出た。こっちに向かって来ておるようじゃ。鐘を鳴らしてくれい! ……あぁ。あぁ、そうじゃ。そっちはわしから連絡を取る。あと、なまえはここにおるからわしが連れていく。……あぁ。そうじゃ、頼む」

誰と話しているかは分からなかったけれど、きっと町の保安官だろう。ここは海賊の統治下にある島だから海兵はいない。頼るとしたらそこぐらいしかない。

町長が受話器を置く。そのすぐあとに鐘が鳴った。島に危険が迫っている――それがこの鐘の意味だった。つまり、今すぐ逃げろ。当然、町はパニックになった。

「町長わたしたちも!」
「あぁ、じゃがもう一本連絡せんと」
「そんな暢気なこと!」

町長は再び受話器を取った。そんなことをしている暇なんてないのに。コール音が鳴る。

「頼むから出てくれ。近くにいてくれ」

町長は願うようにして額に受話器を押しつけていた。私は気が気じゃなくて、立ち上がって外を見ていた。耳を澄ませると遠くで「ワーー!」という音がしているのが聞こえる。いよいよ海賊が島に上陸したんだ。額ににじみ出た汗がひとつになって首筋を流れ落ちていった。怖い。……すごく怖かった。泣き出してしまいそうな恐怖を押し込めて拳を握りしめた。目を閉じて、震える体を無視した。

「町長!」

振り返ると、受話器を置いた町長が「逃げるぞ!」と声を上げた。

「早く!」

言葉ではそう言うけれど足が動かなかった。隣に並んだしわしわの腕が私の体を抱きしめて「大丈夫じゃからの!」と言ってくれてようやく足が動いた。差し出された手を握り返して目元に溜まっていた涙をふき取った。そして町長と一緒に走り出した。

町の向こうには小さな山がある。その山を越えると谷があって、そこに穴があった。穴はもうひとつある山を突き抜けていて、通り抜けると海岸に出る。そこには商船があって、緊急時はそこから海へ逃げるようになっていた。だから誰もがそこに向かって走っていた。

問題がひとつある。そこに行くには必ず町を通り抜けなければならなくて、今町には海賊が押しかけて来ている。いると分かっているのにそこに向かわなければならないのだ。

見つからないように建物の影に隠れながら、追いつかれないようにできるだけ急いで走った。正直もうとうに限界はきていたんだけど、体にムチを打って走った。

「オルァ~~! 野郎どもォオオ! 奪って、奪って、奪いまくれェえええ!」

怒声と悲鳴が、すぐ近くまで奴らが迫っていることを知らせる。走るスピードが落ちてきた。

「なまえ!」
「ごめんなさい、足が動かなくて」

足が……止まった。もう動けなかった。

「っ、」

「先に逃げて」そう言った。町長が私の体をぎゅ、と強く強く抱きしめる。これが最後になると思ったから私も強く抱きしめ返した。

「今までお世話になりました」
「わしじゃってなまえには世話になったからのう」

逃げてと言ったのに、町長はそのまま私の体を抱き抱えて走り出した。

「っ、だめだよ!」
「黙っておれ。気が散る」

なんとなく、分かっていたと思う。お互いに、このままじゃどっちも捕まるって。それでも私たちは二人で逃げた。そして、ついに追いつかれてしまった。

「はいはいはい。追いついたぞ、じじい」
「…………」
「よくその体でガキを抱えて走れたな」
「……出ていけ。この島から出ていけ!」
「はぁ? てめェの立場分かってんのかァ? そんなこと言う立場じゃないだろ」

冷めた声に蔑む視線。それでも、町長は必死で海賊を睨みつけていた。逃げ場もない、まして勝てる力もない。そんな状況でも町長は負けていなかった。しっかりと芯のある目で奴らを睨みつけていて、まるで何かを信じているように見えた。

「ん? おい、そのガキ女か? 若いじゃねぇか。いいねぇ」

ゾクリ――海賊の目が私を貫く。背筋を指でなぞられたような感覚だった。気持ち悪い。「……いやだ」口から出た言葉。町長が強く抱きしめてくれた。じんわりと涙が浮んできた。

互いに、互いの死を覚悟したその瞬間――、海賊の一人が襲いかかってきた。町長は背中を向けて走り出したけれど、あっという間に追いつかれて、海賊が町長の背中を蹴り飛ばした。腕に抱えられていた私の体は宙に放り出された。

「っ、はッ――なまえっ!!」

倒れた町長が腕を伸ばして私を見上げていた。宙を舞いながらゆっくりと地面が近づいてくるのが見えていた。地面が目前に迫ったとき目を閉じた。

ボボボボボボッ――――

音がした。花火が破裂するときに似た音だった。いつまで経っても痛みが来なくてうっすらと目を開けた。目の前が真っ青だった。光を反射しながら浮かび上がった青色がゆらゆらと揺れていた。それが炎であるということ認識することがなかなかできなかった。

「青い、炎?」

「白髭さんとこの……」

かすれた声。弾けるようにして顔を上げた。地面にうずくまった町長が私を見ていた。いや、私の後ろを見ていた。

しろ、ひげ?

「熱く、……ない」

両手に絡むようにして青い炎が燃えていた。でも熱さは感じなかった。宙に浮いているような不思議な感覚。炎は手から腕、腕から腹へと徐々に消えていく。ゆっくりと私の体は沈んでいった。このまま地面に落ちるのかと思ったら、すとん――といつの間にか、私は人の腕の中に収まっていた。

「危なかったよい」

首を捻って仰ぎ見た。どこかで見たことがある顔だった。私はなぜかこの人を知っている。

「あ……の……」

その人の眼差しはとても柔らかなもので、まるで陽だまりの中にいるような気分になった。すごく、すごく、ほっとした。

「怪我はないかい?」

あぁ、だめだ。

「っ、ふ…………」

ぽろぽろと涙が溢れ出していった。そうだ。この人はこの島を守ってくれている海賊の人で、だから、この人はいい人で、それでこの人はすごく強い人で、だからもう……私も町長も大丈夫だ。それで、あ……えっと、言わないと。町長も助けてって、あ……だめだ。なんかもう、ぐちゃぐちゃして――

「っ、うぁぁあああ”ッ」

暖かい。すごく、安心する。

「お、おいっ! 怪我してんのかっ!?」

えっと、あ~~っと。と右往左往する声が聞こえたあと、また別の人の声が聞こえた。

「こら、マルコ。子供を泣かすんじゃない」

涙でかすむ目で捕らえたその男の人は、側にいた海賊をなぎ払って、町長に手を差し伸べていた。

それを見た他の海賊が一歩後ろに引く。この人も見たことがあった。リーゼントの人、よく食べ物を買っていく人だ。リーゼントの人にマルコと呼ばれた人はキッと目くじらを立てた。なんだろう、仲、悪いのかな。

「ほれ、かしてみ」

私は半ば取り上げられるようにして、マルコという人から、リーゼントの人の腕の中に移動した。少しいい香りがした。お腹を刺激する香りだった。近づいた顔をまじまじと見つめると、その人は私の横髪をすいて、頬を撫でてくれた。背中をよしよしと撫でながら、「もう大丈夫だから」と言ってくれた。

「……うん」

それだけのことなのに、不思議と涙は止まった。こくりとうなづいた後、その人の服を掴む。

「お前の扱いが悪いんだよ」
「子供なんて扱ったことねぇよい」

次に襲ってきたのは睡魔だ。緊張の糸がピンと張ったまま走り続けてきたからその反動だろう。とろんと落ちてくる瞼をどうにかして上げようと戦う。あぁ、だめだ。どうしても、開けてられない。

完全に瞼が閉じられてしまう間際、町長の後ろに立っていた海賊が次々と倒れていくのが見えた。

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