第30話 大将青雉

夜は宿に泊まって、朝になった。昨日のことがあって、私とミホークさんはあれからまともな会話をしていない。だってあれはミホークさんが悪い。

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棺船に乗って間もなくのこと、次の目的地について話を振られた。どうやらミホークさんは次に向かう場所の目途がついているらしい。それに対して私は無言を突き通してやった……けれども、そんなことはお構いなしに、聞いてもいないのに島についての話を始めたミホークさん……をじーっと見つめる。……今日も格好いいな、本当に。朝だからか、ちょっと気怠そうな感じなのがまたいい。返事がないのがきっと不満なのだろう。物言いたげに金色の瞳が圧をかけてくる。でも、それもまた格好良くって。思わず緩みそうになった頬をきゅ、と引き締めた。……危ない、危ない。

ミホークさんは口数が少ないように見えるけれど、別にしゃべるのが嫌いなわけではない。話をするならば意味のあることを言いたいだけで、ただだらだらと話すくらいなら黙っていた方がましだ――と、そういう考えなだけである。実際、興味のあることについて語らせたら普通に丸一日経つ。もちろん実体験だ。一度、『剣士の在り方』について聞いて深く後悔した。

さて……。ミホークさんは未だ次の目的地についての話を続けている。大変申し訳ないことに、話が全然全く頭に入ってこない。そんなことよりも、目の前で『相手してくれない、寂しい、拗ねてやる』とへそを曲げている大の男を眺めることで忙しいのだ。……ふふっ。

「普段ならどんな島なの?」とか。「それならあれをしたいなぁ」とか私が色々と聞いて、話に花が咲くはずのところだものね。

今現在は、海原の真ん中にぽつんとある棺船――の上で、二人して仁王立ちになり、向かい合って(ある意味睨みを効かせ合って)いる。ついには、ミホークさんの顔には『面白くない』という文字が見えるくらい、分かりやすく不貞腐れて黙り込んでしまった。……なんてこと。大変に可愛いではないですか。そんな姿を見れてしまった瞬間に、もう昨日の件のことなんて綺麗さっぱり洗い流されてしまっていたんだけれども、それを自分から言う気にはなれなかった。

「なまえ」

だって、必死なミホークさん、可愛いんだもの。

ふいっと顔を背ける。――あぁどうしよう。ミホークさんはきっと、どうしたものか、と頭を回転させているのだろう。目が本気だ。シャキッとしている。そんなに真剣に考えて貰えるとは……。たまにはこういうじゃれ合いがあってもいいかもしれない。こんなこと口が裂けても言えないね、ははっ。

「笑わない、とは言ってはいなかっただろう」

……うん、まぁ確かにそうだったかも?

「……すまなかった、悪気があったわけでは、」
「でも絶対に失礼なこと、考えてましたよね……?」
「……普通は道端に落ちていた怪しい実を食わないだろう?」
「……その点は、若気の至りだと思っておいてください」
「なるほど? では、こちらも、若気の至りということで……」
「いや、何歳ですか、ミホークさんはっ」

「………………」
「………………ふっ」

やられた。完全にミホークさんのペースだ。

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「半日も会話をしないとは……。酷なことをしてくれる」
「いえ、無視をさせるような理由を作ったミホークさんが悪いんです。そこは自覚して下さい」
「…………」

和解した私たちは、棺船の椅子に仲良く……? 座っていた。

ただいま後ろから抱きつかれ中です。ミホークさんの上体がどっしりとのしかかってきているので、大変重いです。辛いです。

「自覚してください」

念を押して言いながら、抱き締めている両腕をとんとん叩く。そろそろ緩めてくださいというジェスチャーだ。ようやく、「まったく……口だけは達者だな」とミホークさんが小言を言いながら、腕を緩めてくれた。あぁ……重かった。

「なまえ」
「はい?」
「…………」
「あのう……?」
「…………」
「ミホーク、さん……?」
「なんだ?」
「なんだじゃないです。呼んだのミホークさんじゃないですか!」
「ん、あぁ……」
「まさか、呼んだだけとかいいませんよね?」
「…………呼んだだけだ」

緩んだ腕からするり抜け出して、椅子から離れた位置に立つ。そして――

「んだぁああああああーーーーー!!」

海原に向かって、思いっきり叫んだ。

「ああああああーーーーー!!」

想いを込めてもう一度。

「…………」

何だか凄くすっきりしたので、もういち…………「五月蠅いぞ」「すみません、つい」止められた。

すっきりしたし、もういいや……と水平線の彼方まで続いている海原から視線を外そうとしたときだった。

「ミホークさん……私もしかしたら目がおかしくなったのかもしれません」
「……?」

急にどうしたのか。言っている意味がさっぱり分からんとミホークさんが足を組んだ上に器用に肘をついて、気怠そうに息を吐き出していた。いや、何よ……その興味ないですアピール。ミホークさんに失礼な人だなと、じとーと視線を向けた後に、再び海の方に視線を戻す。

「海の上を自転車が走っているんですけど。…………あ、ほら。気のせいじゃない。…………あそこ」

それでも尚、気怠げな感じは変わらず。「ね! ほら、あそこ!」とせっついてようやく重い腰を上げたミホークさんが横に立ってくれた。私が指さした先には、本当に自転車があった。

「…………進路を変える」
「…………はい?」

一言そう言ったミホークさんがせっせと方向を変えるために動き出す。こんなにも齷齪あくせく働くミホークさんは珍しい。どうやら絶対に関わりたくないようだ。ミホークさんがそう判断したのならば、私もその意見に乗る。でも、やっぱりどうしてなのか、理由は気になる。

棺船がゆっくりと方向を変えていく。それを確かめながら、再び先ほどの自転車の方を見た。…………あれ? なんかさっきよりもかなり近くない? あんなに遠くに、車輪が2つなんとか見えるくらいだったのに。目の良い私とミホークさんでなければ、あれが自転車だなんて気付かないくらいの距離があったはずなのに。どういうわけか、その自転車が200~300mくらいのところまで迫ってきていた。……いやいや、早すぎるでしょう。

「……ミホークさん。あの人、こちらに向かって手を振っているのですが?」

チッ――と聞こえた舌打ちは聞こえなかったことにしよう。舌打ちは行儀が悪いからやめてよねと言っているけれど、本当にジーザスな時はこうしてミホークさんのお口から飛び出してくるらしい。それに関しては、まぁ……止めない。それ程に苛立つ? 感情が? あるのなら、致し方ないことだと最近は思うようになってきた。なんせ私だって舌打ちしちゃうことがあったからさ。年取るって、……怖いね。

「大声を出すから変なものが寄ってきたぞ」
「大声って…………あ! 私ですね! うわっ! 変なものが寄ってきちゃうなんて、まさか、そんなの思いませんよ。吃驚です。大声出したからって海王類が現れる訳でもないのに、まさか……えぇ? いや、あのう……ごめんなさい。こんなことになるなんて……。あ、いやでも。一応言っておきますと、原因を作ったのはミホークさんですからね?」

ふふ~ん、と華麗に『都合が悪いことは聞こえません』モードに入ったミホークさん。ふん、いいですけどね。あとでまたちくちく言ってやる。と心に決めながら、こちらに近づいてくる物体をミホークさんの隣に寄り添いながら見つめた。

距離はあっという間に縮まって、棺船の真正面に、自転車が立っていた。そこに乗っていたのは、サングラスをかけた長身の男で、なんかどっかで見たことがある気がする……と思い出しそうで思い出せない記憶で頭がもやもやする。この人、誰だったっけ。

「あらららら~。まさか鷹の目とこんなところで会うなんて珍しいこともあるもんだなァ~。なんだよ、まさか本部に行っていたのか?」

それはないかと軽快に笑う男をミホークさんが一瞥する。その鋭い視線に臆することもなく、男は相変わらずへらへらと笑っていた。ミホークさんの殺気で怯まないということは、それなりに力のある人ということだ。でも見た感じはミホークさんの方が強そうだけど……あれ? 海が凍ってる? 目を疑うような光景だ。自転車の周囲3m程がカチカチに凍っている。……一体なぜ? でも、この男が一体どうやって自転車で海を渡っていたのか、その方法は分かった。これってもしかして……と考え込んでいたときだった。

「鷹の目、まさか誘拐したのか?」

男はそんなに飢えていたのか? 大丈夫か? 紹介するけど……と、絶対そんな気なんてないでしょうと言いたくなるようなことを言いながら、ボリボリと面倒くさそうに首を掻いている。

「……えぇと、誘拐されてはないです。私は自分の意思でここに居ます」

取り敢えず、ミホークさんの嫌疑は晴らしておく。

「へぇ、変わってるねぇ君。名前は?」
「…………名乗る程の者ではありませんので」
「なるほど。あくまで一線は引いておきたいと? あらららら~。嫌われちゃった? おっさん悲しいなァ」

絶対悲しいなんて思っていないでしょう。

「いいねぇ。俺そういう子好き。今夜一晩どうよ?」
「…………はい?」

聞き間違えた? と思うよりも早く、ガツンと音がして自転車が倒れた。目の前に居たはずの男の姿が消えた。すぐ横、ミホークさんとは反対側に人の気配を感じて慌ててそちらに向くと、男がそこに立っていた。

「っ、」

右腕はかっちりと包帯で固められていたので、怪我をしていることが分かったようで、左腕の方に手を差し出しながら「お手をどうぞ」と男が言う。どうやら聞き間違いではなかったらしい。吃驚仰天して後ずさると同時に、傍に立っていたミホークさんが庇うように前に一歩歩み出た。コートをぎゅっと握りしめる。

「…………青雉、何の用だ?」
「いや~、別に? 用っていう用はないんだけどさ、散歩してたら大きな声が聞こえたもんで、何事かと思ってねェ」

う…………。完全に私のせい。……いや違うもん。その原因を作ったのはミホークさんだもの。

「でもまさかあんただったとは……夢にも思ってなかったよ」と男は続けた。

「…………それだけで来たのか。随分と暇なものだな」
「…………何とでも。…………で、この娘さんは?」
「お前には関係ない。用は済んだのだろう。さっさと去れ」

再び殺気を放ち、威圧をするミホークさんを物ともせずに青雉と呼ばれた男が答えた。

「まぁまぁ、せっかくだからもう少し話させてくれてもいいでしょうよー?」

この男は本心でそう思っているのだろうか。それもと、何か別の思惑があるのだろうか。私たちが先ほどまで本部にいたことを知っているのか。そこであった、あの事件を知っているのか。何も分からない。情報が全然足りない。探るようにミホークさんを後ろから見つめた。顔が見えないから表情から考えを読むことができない。ミホークさんのことだから、きっと思考をフル回転させているところなんだろうけど……。縋るような思いでミホークさんを見ていたら、視線を感じた。

男の双眸が真っ直ぐに私を見ていた。まるで、何かを見透かすように、じぃーっと。思わず身震いして、左腕で右肩を抱く。背骨の下からスゥ――と冷たい空気が迫り上がっていった。恐怖だ。男の目的が何なのかが分からない。それがとても怖かった。

「ねぇ、君の名前は?」
「……しつこいですね。貴方に名乗る名はありません」
「そんなにケンケン吠えなくてもいいでしょうよ。おっさん悲しいんだけど」
「……では、先に名乗って下さい。それが礼儀ってものです。あなたは誰ですか?」

すると、男はきょとんとして、目を見開いた。「え? 何、君……俺のこと知らないの?」そう言うと、男は、ミホークさんの方に視線を送った。それを受けたミホークさんが僅かに首を横に振った。

「それはそれは失礼しました。てっきりもう知っていると思っていたからね。俺は海軍大将クザン。まぁみんな青雉って呼んでるけど。よろしくね、えぇっと――じゃァ、名前は?」
「……なまえと言います」
「よろしく、なまえちゃん」

目の前に差し出された手の平。友好の証の第一歩を見つめる。

初対面でこの馴れ馴れしさかつ、いきなりの『ちゃん付け』。よろしくしたくない……! でも……きちんと名乗ってくれたし、何よりミホークさんが差ほど警戒していないように感じる。一線は引いているけれど、多少の融通は利くように目こぼししてやろうという、そんな佇まいをしている。これはもう、長年の経験から言えることなので、確実ではないんだけど。

渋々握り返しながら「……どうも、です」とぶっきら棒に答えたら「俺のこと、怖くないの?」と全然思ってもいなかったことを言われて当惑した。

「…………え?」
「今だよ、怖がるタイミングは」

軽い握手を交わした後、一体この人は何を言っているのだろうか、と首を傾げた。なぜ怖がるの……?

「だって、大将だよ、俺」
「大将って……どれくらい偉いんですか?」

――と言ったら、失礼なことに男は息を吹き出して笑い出した。

「っ、はははっ! これはこれは。……この鷹の目と一緒にいるだけのことはあるねぇ。……いやはや、本当に面白い」
「…………あのう。私のこと馬鹿にしています?」
「いや全然?」

そのリアクションを返した人に肯定されても、全然説得力がない。思わずミホークさんの方に顔を向けた。「変なこと言いましたか?」と聞いてみたが、ミホークさんも否定の意味を込めるように首を横に振っていた。……うん、どうやらおかしなことは言っていないらしい。

「えーと。では……センゴクさんとどっちが上ですか?」
「はぁ……? そりゃ元帥でしょうーよ? ……というか、センゴクさんって? 君たち、もしかして本部に行ってたの?」
「えぇ、はい。七武海の召集があったものですから……」

どうせいつかはこの男の耳に入ることだ。隠して勘ぐられて色々聞かれるのが面倒そうだなぁと思って、包み隠すことなく話した。

「行ったの?」
「はい、行ってきました」
「まじで?」
「本気まじです」

本当に? と結局どちらに転んでも面倒なことになるんかい、と執拗しつこい問いかけを煩わしく思いながらも何度もきちんと答えてあげた。

それもこれもミホークさんが普段からちゃんとお仕事をしていなかったせいである。この話題の主をじろりと睨んだら、目が合った途端にあからさまに視線を明後日の方向に逸らされた。……くそう。ここでは何も言えないので、黙って堪えておくしかない。……くそう。

「いや~。まさかこんなに面白いことに出会えるとは。寄り道して正解だったな」
「……良かったですね」
「そう、良かったね。こんな可愛い子にお目にかかれたし……」

ねェ……? と何やら意味深な目配せ。何となくだけど、これは雲行きが怪しくなってきたのでは? そろそろご退場を願った方がいいかも……雲行きが怪しくなってきたのを感じて身を引くと、ミホークさんが言った。

「いい加減、去れ」
「いいじゃないの~」
「いや、ここまでだ」
「…………はいはい」

目溢しのお時間は終了、ということですね。それは男にもはっきりと伝わったようで、棺船から海上の氷の上にふわりと戻っていく。いやしかし、凄いな……この氷。ビクともしていない。男は先ほど乗っていた自転車に跨ると本部の方角へ向かって向きを変える。

「じゃあまたね、なまえちゃん」

また会いたくはないですけどね。と思いながらにっこりと笑顔を返す。愛想は大切だ。もしも何かあったときに、味方は多い方がいい。だから下手に敵は増やさない方がいい。でも、距離感を大切にすることを忘れてはいけない。男と私たちはあくまで、ビジネスパートナーである。

ひらひらと後ろ手に手を振りながら、海の上を自転車で走る姿。その姿をまざまざと見せつけられて、あの男が常識という枠から外れていることを改めて実感した。

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あっという間に男の姿は見えなくなった。これでようやく一息をつくことが出来る。

「……まったく」
「なんなんですか、あの人?」
「悪魔の実の能力者だ」
「……あぁ。そう、ですよね。あんなこと、そうでもない限り……」

何となくそうではないかと思っていた。海が凍るなんてこと、普通はあり得ない。あれ……? でも、確か……。

「悪魔の実の能力者って、海から嫌われるって本にありましたけど……」
「あぁ、確かにそうだが……、青雉はヒエヒエの実を食った氷人間だ。海を凍らせてしまえば、接するところは海ではなく、氷となる。そうなればもはや関係がないのだろう……」

何それ、反則なのでは……?

「……ところでなまえ」
「はい?」
「自分がどの実を食べたかは分かっているのか?」
「……私ですか? えーと。確か、本部にあった古い図鑑にはクラクラの実ってありましたよ」
「クラクラの実……聞いたことがないな。一体どんな能力だ?」
「それがですね。図解と名前しか書いていなくて。私もそこが気になっているんですが……」
「今のところ不明、か…………」
「はい……。実の能力が分かればなんとかしようもあると思うんですが。生憎、炎が出るとか、足が速くなるとか、千里眼があるとか、そういうはっきりとした変化がないのでお手上げで、私もさっぱりです」
「体系が変化しないのなら、恐らく……自然ロギア系、動物ゾーン系ではないだろう。だとしたら、残ったのは超人パラミシア系。これはもう様々なものがあるからな。推測することはかなり難しい……」
「……そうなんですね」
「せめて能力が分かれば…………気が進まないが、行くか」
「行く? ……行くって、どこへ、ですか?」

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