「なまえちゅわ~~ん!!!!」
「っ、~~~~! ちょっ!?」
顔を合わせるなり、赤い髪の男が抱き付くために勢いよく飛びついてきた。「お久しぶりですね」の挨拶が喉まで出かかっていた状態で、軽いお辞儀までしていたので咄嗟に動けずにその場に尻餅を着きそうになったところをミホークさんが受け止めてくれた。ついでに赤髪御仁の露払いも忘れない。
ミホークさんの遠慮のない張り手が、御仁にぶつかってそのまま勢いよく船の壁に激突し、ドガンッ――と大きな音を立てる。ひえっと肩が上がった。壁の板が若干凹んでいるのですが……。
「やめろ、赤髪」
「った~。なんだよぅ~お前に抱きつきたいわけじゃないんだよ~俺はなまえちゅわんを抱き締めたいんだよぅ~」
ちゅわ~~んって……。シャンクスさん、相当酔ってるなぁ。っていうか、結構な音がしていたけど、ぴんぴんしてる。どれだけ頑丈なのだ……。一瞬遠い目になってしまった。
それにしても……適度な酔っ払いは話し相手にちょうど良いけれど、でろんでろんに酔われては……それはもう、弊害である……と私は思う。ちょっと言い過ぎかもだけど……。すっかり警戒モードになっているミホークさんに抱き込まれたまま移動する。船の甲板を注意深く見渡した。
うわ~飲んだくればっかりじゃない……。
現在、私たちは赤髪海賊団の船にお邪魔している。そう、お邪魔している身なので、あんまり――あぁだの、こうだの、言う権利はない。でも、自分の身くらいは全力で守らせて頂かないといけない。
「ミホークさん、どうしますか?」
「…………間が悪かったようだな」
ということは、出直すということで? そう聞こうと首を傾げた時だった。
「お~鷹の目に、なまえ! 久しぶり。どうしたんだ?」
運が良いことに、ましな酔い方をしているヤソップさんと会うことが出来た。
「あの……ヤソップさん。これは何事ですか?」
「えぇ……? 何事って、宴会だよ。え・ん・か・い!」
「それは見れば分かりますよ」と呆れ顔で返した。……が、言葉に込めた含みはヤソップさんには通用しなかったらしい。まぁ、酔っ払いだし。それどころか「お前らも飲むか~?」と酒瓶を丸ごと1本ずつ渡された。これを飲めというのですか……。軽く一升ははありそうですね。はい、さすがシャンクスさんの船です。
「……ありがとうございます。お気持ちは嬉しいのですが……あの、でも今は朝ですよ?」
「ええ、……朝?」
「はい、10時を回ったところです」
「え~と。今日で何日目の朝だっけ……な……?」
「へ? 何日目って…………?」
一体どういう状況なのか、ますます分からなくなってきた。ヤソップさんはもう限界ぎりぎりのところだったらしく、こちらの問いにきちんと答えることなくもなく、ムニャムニャと言いながら、その場に崩れるように座り込んで眠ってしまった。
「おーい。ヤソップさーん」
「……放っておけ」
ミホークさんには何か当てがあるのか、何かに導かれるように船尾の方へ向かって歩き出した。甲板に横たわる船員達を踏んでしまわないように、飛び越えながら後ろに続く。しばらくして、ミホークさんがとある部屋の前で足を止めた。入るように促されて戸惑いながらも頷く。
コンコン――
「入りますよー?」
恐る恐るノックをして扉を手前に引いたと同時に――カチャン、聞いたことのある音がした。これは引き金を引く音だ。必死に目を凝らした。何とか見えたのは暗闇に浮かぶ銃口だった。それ以外が見えない。甲板を明るく照らしていた松明のせいか暗闇に目が順応しきっていなかった。視点が定まるよりも早く、そこにいる人物が言った。
「……珍しいな。そちらさんから来るなんて」
……ベンさんだ。ほっと息をつく。隣にいたミホークさんはいつの間に構えていたのだろうか、足の位置を元に戻しながら夜を背に納めた。もしもこのままここで振りかぶられたら……、船は半壊どころでは済まない。……きっと沈む。……あはは。
内にいたのならもっと早い段階で知らせてくれたらいいのに。扉の真正面に置かれている古びれた机。その上に腰を乗せたままベンさんがにんまりと笑っていた。そしてようやく、銃口を下ろしてくれた。
「ちゃんと、ノックをしたんですよ」
「だからって、こちらも礼儀正しく待つ必要はないだろ」
「……まぁ、そうですけど」
「この船のセキュリティとやらは、この男が担っているからな。このくらいは当然だろう」
ミホークさんがつん、と素っ気ない態度で言った。前々から思っていたけれど、この二人ってお互いに無関心だよね。どうやったらこんなに無関心になれるのだろう――と思考を逸らしかけてハッとする。……いやいやいや。今日はやることがあって来たっていうのに、そんなことを考えている暇はないんだって。気を取り直していこう。
「ベンさん。お久しぶりです」
「”さん”は止めろって言ってるだろ」
「まったく……」呆れ顔で笑うベンさんに苦笑い。「……すみません。癖なんです」と返すところまでがお約束。会う度に交わしているので、これがないと逆に落ち着かない。私がぺこりと頭を下げた後、ベンさんは長息を吐き出しながら腕を組んで、机に体重を預けた。ベンさんが酔い潰れたところを見たことはないけれど、特にお酒に強いわけではないと聞いたことがある。見た感じ、素面と変わらない様子なので、お酒は飲んでいないのかもしれない。船のセキュリティ的にも、その方がいいのだろうか。
「……それで? 何の用だ」
「あ……、えーと。そのう。すみません。急ぎというわけではないので、宴会が終わった後でも……」
「終わった後って、何時終わるのか分かんねェぞ……?」
「え”…………?」
シャンクスさん達とお酒を飲んだことはあった。……が、いつも島のお店で飲んでいた。島を出てからは、ちょくちょくお酒を飲みに来いと招待はしてもらっていた。その時は限られた数時間だけ。それもミホークさんの護衛付きでの参加だった。だから全然知らなかった。――まさか航海最中の宴がこんな風になっているとは……一体誰が思おうか。
「この男の船は昔っからそうだ。だから長居をさせたくないと言っている」
「…………なるほど、それで」
確かに、「帰るぞ」「帰るぞ」といつも急かされていた。あれにはきちんと理由があったらしい。ミホークさんは酒豪の部類に入る。そしてこの船の大半もそうだった。そんな強い者同士で飲み出したら終わりが見えなくなるのかもしれない。強いからと言って、酒に酔わないわけではない。酔った後ではもう遅いことだってある。だから、ミホークさんは早く立ち去りたいと言うのだろう。
「書庫を見せろ」
ミホークさんが言った。
「…………は、書庫? なんでまた……?」
ベンさんが本当に不思議そうに首を傾げていた。
「それは、私が……」
読ませてもらうのだから伝える義理がある。そう思って、ここに至るまでの経緯を話そうと口火を切ったら口を塞がれた。ミホークさんの手の平が口元を覆い隠してしまうと、目の前のベンさんが眉を顰める。慌てて隣に立つミホークさんを見上げたら睨まれた。――黙っていろとそう言われている気がする。
……はい、すみません。余計なことは言わずに黙っております。姿勢を正して頷いた。
「……まぁいい。別にこちらが困ることではないからな。鍵は開いているから、好きに見ていってくれ」
ベンさんは相変わらず話が早い御人だ。ベンさんの返答を聞いて満足そうに頷き返したミホークさんが片足を後ろに引いて振り返ろうとしたそのとき、
「あぁ……そうだ。あと、これを持って行っとけ」
渡されたのはランタンだった。
「……ランタン?」
「悪いが、うちの書庫は見る奴が俺やヤソップぐらいでな。暗いんだ。それでなんとか見てくれ。あと……火の取り扱いには気をつけてくれよ。周りは紙ばかりだからよく燃える」
「えぇ、はい。気をつけます」
ベンさんの優しさを受け取る。
「ベンさん。あ、いや……ベン、ありがとう!」
いいや――ベンさんがおどけたように、首を左右に揺らす。「なまえのためならいつでも……」そう言ってゆっくりとご丁寧に手まで添えて頭を深々と下げて見せた。あぁ、これは揶揄われているなと分かるくらいにはベンさんのことを知っているつもりだ。
「もう! やめて下さいよ……!」とにこやかに返しながら、早々に部屋を後にしたミホークさんの後を追った。ランタンの話に足を止めることもなく行ってしまわれたので姿も見えない。駆け足で部屋を後にした。
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残された薄暗い室内。ここは航海士が日常的に過ごしている部屋だ。あの男は俺が入り浸っていることを承知しているため、真っ先にここへ来たのだろう。それぐらいにはこの船に馴染んでいる。……まったく。余所者の癖に、一体どうしてこんなことになっているのか。そもそもお頭とあいつは腐れ縁ではあったが……、まぁそうだな。なまえの存在が大きいだろう。
ちゃんぷん――机の影に忍ばせていた茶色い液体が音を立てた。それを手に取ったベックマンが栓を抜いて喉に流し入れる。
「へぇこらへぇこら。あいつの後ろをついて回る姿を見るのは気のいいもんじゃねぇなァ……ったく」
別に自分のもんにしたいわけではない。決して望んでいるわけではない。……だが、それでも鷹の目となまえが並んでいるところを見るのはあまり好きじゃない。
「俺も……すっかりこちら側か、」
あーぁー。年取るもんじゃねェなぁ。あと何年か早ければ、もしかしたら何かが変わっていたかもしれない。そんなことを思いながら、ベックマンは目を閉じた。

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