「ねぇミホークさん」
「……なんだ」
「能力を使った銃弾をちゃんと使えるようになったら、外に連れて行ってくれない?」
晩飯を食べ終えてゆっくり二人で過ごしているときだった。俺となまえは背の低い机を挟んで向かい合って座っている。正面に座るなまえの改まった願いに、額に深い皺を作らざるを得なかった。
「……ダメだ」
「……なんで?」
「危険すぎる」
「…………」
「外の世界はお前には危険すぎる」
「そんなのミホークさんだって同じじゃん」
「俺も……だと?」
つい鋭い視線で睨んでしまう。肩をビクッと震わせたなまえは、それでも負けじと言葉を続けた。
「一緒だよ! ミホークさん、自分の年齢分かってる? 41歳だよ? 40歳越えているんだよ!」
その揺れる視線を睨み返す。分かっていると。そんな些細なことで騒ぐなと。
「何、その目。そんなことで騒ぐなとでも言いたいの? 貴方が……ミホークさんが出かけている間、私はどんなに不安で、心配か分かっているっていうのっ!?」
自分の意志とは関係なくギュッと胸が締め付けられるのを感じた。
「いつか貴方が死んでしまうかも知れない。いつも戦場の前線に立っていて、相手は強者ぞろいの海賊ばかり。卑怯者だっている。いつも一人で立ち向かって行くミホークさんの背中は誰が……誰が守ってくれているの……?」
そんなに切ない顔をしないでくれ――言葉を飲み込んだ。それを言う資格は、今の俺にはない。なまえは間違ったことは言っていないのだから。でも、それでも――譲れないものはある。
終始、眉根を寄せたまま、俺は深い息を吐き出した後に言葉を続けた。
「なまえの目に映る俺はそんなに弱いか」
「…………違う! ミホークさんは世界最強の剣豪だよ? 貴方が弱いわけがない。そうじゃなくって……」
「では、なんだ?」
「時代は流れていくでしょ。いつか、ミホークさんを抜く人がきっと現れる。今まだ……挑んでくる人の中に互角以上の人なんていないかもしれないけど、……だけど、いつかは……」
それくらい、俺にだって分かる。……それに、俺はそんな存在を待ちわびている。つまらん奴ばかりで嫌になる。赤髪の代わりになる猛者はいないものか。日々、探し回っているくらいだった。
でも、なまえはそれを恐れていた。俺が望んでいた結末が怖いのだと、彼女は言った。
「いつかそんな人に出会ったとき、ミホークさんは途中で諦めることが出来ますか? 自分の命を守るために一歩引くことはできますか? 貴方は、命よりも、その瞬間、全力で相手に挑むことに生涯をかけるんじゃないですか?」
あ――と思った瞬間、目の前のなまえがぽろぽろと大粒の涙を落としていた。
「ほら……ほらっ! 今自分でもそう思ったでしょう? ミホークさんの馬鹿!」
なまえが泣き崩れていく。
俺は、どう返せばいいのか分からなかった。これは最早強者の性なのだ。なまえに出会う前から身体に染みこんだ魂の一部に等しい考え方。正直なところ、戦場を駆け回りながら、己が余裕をなくした瞬間を想像することは難しい。そんなこと、若い頃にあったくらいで、そんな昔の感覚はとうに忘れてしまった。だが、そんな感覚があったとして、俺は今生きている。死んではいないのだ。ならば、これから先も同じではないか、と思う己がいる。決して楽観視しているわけでない。己の積み上げてきたものを、力を、自身を信じているのだ。そして、それを破られたのであれば、それは本望なのだ。
――こればかりは……早々理解してもらえるものではないのだろう。
「やだよ……ミホークさんを失いたくない」
「…………」
そう……だな。俺ばかり、我が儘を言っていてはいけない、分かってはいるのだ。愛しい女を戦場に連れていくことなどできはしない。そんなのごめんだ。失いたくはない。だがそれは――自分勝手で傲慢な我儘。
「なまえも、俺と同じということだな」
「…………え?」
失いたくないあまりに閉じこめてしまおうと思った。だから二人でここで住むことにして、なまえをここに入れた。大切に大切にしたかった。でも、この女はどうやらここで収まるようなやつではないらしい。流石は俺の惚れた女だ。俺の考えを塗り替えてしまうとは、恐れ入る。
「あのう……ミホークさん? その笑い方怖いんだけど……」
俺のニヤリという笑い方に気づいたのか、なまえが涙を止めてこちらを嫌そうに見る。その顔もいい。気持ちが浮き立つのをどうにか抑えないといけないとは……俺も相当だな。はぁ……やはりなまえには勝てそうにない。
「分かった」
「……え、ほんとっ!?」
その喜びに満ちた顔も堪らなく愛おしい。
「ただし、条件がある」
「え”~」
どうせ、難しい条件でしょう? ガックリと肩を落とすなまえ。どうやら俺はまったく信用されてないらしい。でも不思議と嫌ではないのだからこれまた困ったものだ。なまえの視界の外でにんまりする。
「先日話した技――麻酔弾を使えるようになったら一緒に外へ行こう」
「ミホークさんが名前を考えて付けてくれた技だね! ……うん。うん、分かった!」
なまえは、一度頷いた後、まるで自分に確認するようにもう一度強く頷いた。そして、俺の顔をしっかりと見つめながら、もう一度、頷く。その瞳に映る芯のある光。それを見ることができればそれで十分だ。なまえはやると決めたらやる女だ。どんなに時間がかかろうとも、やりきるまで、貫く。
「では俺は、待つとしよう」
それを俺は待つ。彼女がいつでも寄りかかれるように、傍で見守る。それが俺の役目であり、役得だ。
「……うん」
にっこりとなまえが笑った。
「たぶん、あと半年くらい……かな。それまでもう少しだけ、待っててね」
「半年と言わず、何年、何十年でも」
「いやいやいや。もう……流石にそこまできたら駄目でしょう?」
頬を膨らませながらも視線は明後日の方向に。なまえの頭の中には、、もうすでに計画の片鱗が思い描かれているに違いない。…………ふむ。面白くないな。
「忘れていた。もうひとつ、条件がある」
「え”~。後出しとか卑怯じゃない? ……まぁ、一応聞くけど」
ジトリ――視線を向けてくるなまえに胸を張って言った。
「俺の相手もすること」
「ははっ」
声を上げて笑ったなまえが両腕を伸ばしてしな垂れかかってくる。それを受け止めながら、唇を引き結ぶ。俺にとっては切実な問題だったのだ。
「……ミホークさん、ありがとう」
「……ふん」
「大好きだよ」
ぎゅうううう――首の後ろに回された腕に精一杯の力が込められて、なまえが縋り付くように抱きついてくる。それを抱き上げて抱き締める。すりすりと首元に寄せられる頬。鼻先に香るなまえの甘い香り。
素直に高ぶる己の心臓に小さく笑う。
「なまえ」
顔を向けたなまえの唇に口付ける。優しく一回、とびきりの気持ちを込めてした。離れたところ、視界に映ったのは首元までを真っ赤に染めたなまえの姿。なまえは深く口付けるよりも、優しい口付けを好む。優しくて、愛情の籠もったものに彼女は殊の外、弱かった。
染まった頬に手の平を這わせる。
なまえが囁くように、小さな声を絞り出しながら言う。
「ミホークさんの背中は、私が守れるようになるから……待ってて」
「…………まったく」
「……?」
この娘は本当に……。あの時からそう思っていたのか、いや、それはもう聞かなくとも分かる。おそらく、それは自惚れではないだろう。確信できる。なまえはあの時、叶うかもしれないことがあるからと銃を使いたいと言い出した時からそう思っていたのだ。俺の隣に並び、共に戦いたいと。
彼女は後ろでは駄目なのだ。守られるだけの存在では駄目なのだ。それを今、ようやく理解した。その想いの先にあるのは、このジュラキュール・ミホークに対する、純粋で真っ直ぐな気持ち。ただ傍にいたい――そう願ってくれる愛する人の存在が愛おしくて堪らない。
腕の中にある最愛を今一度抱き締める。……あぁ、もう今日は無理そうだ。気持ちが膨らみ過ぎて収集がつきそうにない。
「なまえ」
「はい?」
「責任、取ってくれるな?」
「ん? それは……っ、ちょっ! 待っ!」
なまえを横抱きにして問答無用で歩き出す。向かうところはもちろん二人の寝室だ。
「あのっ、まだ今日の訓練が終わってなくって!」
「……分かった。では、今日は特別に俺が部屋で教えてやろう」
「なっ!?」

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