第14話 言えること、言えないこと

「もしかして心配して迎えに来てくれたの? それとも、置いてきぼりにしたから怒っておいかけてきた?」

何となく後者だと分かっていて、敢えてそう言ってみる。

「…………」

ミホークが踵を返すと共に隣に並んだ。つかつかと軽快に歩き出すと、大きな歩幅について行けず、私だけがだんだんと後ろにおいていかれる。でも、全然大丈夫。

距離にして3m程だろうか。そのくらいの間が空いたところで、彼の足が止まる。私はそのあいだにミホークの後ろに並んだ。ひょっこり――顔を出して、下から覗き見る。ミホークは真正面に顔向けたままに言った。

「…………両方だ」

ジロリ――視線だけがこちらに向く。

「来てくれてありがとう」

腹を立てていても来てくれる。その信頼は、確証がないのに不思議と絶対的だ。

力なく揺れる彼の手の平を掴む。所謂、恋人繋ぎというものをして腕を引いた。抵抗することなく委ねられる。少しだけ屈められた背中を愛おしく思いながら、彼を見上げる。キスがしたいと、そう言わなくとも伝わった。僅かに逡巡して、ミホークが顔を寄せてくれた。無防備な最中、もしもここで誰かに切りかかられたとしても、彼はきっと涼しい顔をして打ち払うだろう。絶対的な信頼というものは、積み重ねられた日々から生み出されるのかもしれない。そんなことを考えながら、触れるだけの優しい口付けを落とした。瞬く金色の虹彩が私を捕らえて離さない。大好きだよ――瞬いたミホークが甘い微笑みを浮かべる。私はその瞬間に周囲に気を張った。彼のこの表情かおを見られるのは私だけだから――絶対に他の誰にも見せたくない。

口付けに応えたくせに彼は言う。

「誰が見ているか、分からない」

それはきっと窘たしなめるつもりだったんだろうけど……今更すぎてきょとんとしてしまった。もしかして、ミホークは私との関係を周囲に隠しているつもりなのだろうか? ……これで? その言葉を丸呑みして笑う。すっかり忘れていたけれど、彼はそういうところが鈍いのだった。

「ん、そうだね」

笑い声が漏れそうになるのをなんとか堪えた。

「……なんだ?」
「ん? ううん。ぜんっぜん、なんでもないよ」

諸手を上げて、大袈裟なくらいに頭を左右に振る。怪訝げな顔をしながらも、ミホークは気を取り直して歩き出した。ゆっくりと離れていく手のひらを名残惜しく思いながらも、少しだけ間を開けて後ろを歩いた。

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部屋に戻った私たちは大人しく部屋で一日を過ごすことにした。長旅の疲れもあったし、広い部屋で寛くつろぐのも、お風呂にゆっくり浸かるのも久しぶりだったから。

後はもう寝るだけになって、二人してベッドに寝転んだ。寝る前に聞いておきたいことがある。

「ミホーク、親睦会のこと何か聞いてる?」
「あぁ」
「……え、知っていたの?」
「手紙が来ていた」

そう言えば、会議については手紙で招集をかけているってセンゴクさんが言っていたっけな。その中にまとめて招待状も入っていたってことか……な。もし、あそこでクザンさんに出会わなければ闇に葬られただろう。……なんか悔しい。

「なんだ、そんな顔して」

「そんな顔とはなんだ」口には出さなかったけれど、睨みつけてやった。どうせ、やいやい言ったところでこの男には一切響かない。……切り替えよう。ふぅ……深い息を吐き出す。

「パーティなんだけど、私も出ることになったから」
「…………なんだと?」

思いの外、話に食いついたミホークに「およ?」と首を振る。

「センゴクさんの顔を潰せないよ」
「そんなもの元々ない」
「いやいや、あるでしょう。私たちに随分良くしてくれてるよ。だから、出るくらいいいんじゃない」
「…………」

むすりと口を引き結ぶミホークが私の肩を抱き寄せた。

「ねぇ……ミホーク」

「……会議が終わったらすぐに島を出る」

もう少し押してみる。

「…………お願い、ミホーク」

はぁ――長息が少し上から降ってくる。すり寄る彼の頬が頬にあたると僅かにじょりりと音を立てた。髭が当たってちくりと痛気持ちいい。両目を閉じながら、彼の纏う空気が柔らかくなったのを感じてひっそりと笑う。……相変わらず私には甘々だ。

「面倒なことになるやもしれん」
「…………残念ながらもうなってるよ」

どういうことだ――途端にぴりりと張詰めた空気。私は黙っておこうと決めておいたことを少しだけ崩して話した。全部はまだ言いたくない。私は確実にじわじわと捕らえられていることを肌で感じている。誰とは言わない……けど。逃げられない、逃げようのない何かに、……だ。そんな感覚的なことをミホークに話しても仕方がない。できればもっと明確になってから……。あぁ、でも――、懇親会という微妙なパーティに呼ばれたという事実。それは、表に立たないようにしてきた私の顔を確認しに来るということではないか。とそんなことが頭を過った。自意識過剰で結構。なぜかは分からない。だけど、…………とても怖いのだ。

本当は、私だって行きたくない。

「……何を考えている?」

甘い声がした。耳元で優しく囁く。低く私の鼓膜を揺らす。目を閉じるとミホークの鼓動がすぐ傍にあるように感じた。感じていた恐怖が幾分か、和らいでいった。

「……言いたくない」
「いいから、言ってみろ」

まるで子供をあやすような、優しい声。私もミホークには甘々なので人のことは言えない……ね。渋々頷いてゆっくりと口を開く。

「…………怖いんだ」
「…………前々から話していただろう」
「……うん」

言われていたし、しっかり覚悟もしていた。私の食べた悪魔の実の能力は危険なものだから、自由に生きられないだろう、と。でもいざ目前に政府が立ちはだかったら、怖くてたまらなくなってしまった。

こんなんじゃダメだ。こんなにも気持ちが弱いんじゃ、ミホークの背中に並ぶように立つ資格なんかない。…………我ながら情けない。そう思いながらも、感情には逆らうことができなかった。

「嫌な予感がする」

自分で言うのも何なのだが、私の勘は割とよく当たる。いい意味でも、悪い意味でも。今回は良くないことが起こりそうなので行きたくないのだ。でも、センゴクさんの顔は立てておかないと。もし、ここでセンゴクさんでは手に負えないとなってしまったら、もっと厄介な人が寄越されるかもしれない。それで揉めて拗れてしまったら本当に困る。現状維持を目下の目標としておかないと……欲張ってはいけない。

そっと頭に乗せられたミホークの手が規則正しく動き、優しく撫でていく。意味もなく髪先を掴んではするりと手を滑らせる。それを見つめながら、私は彼の返事を静かに待った。

「センゴクがお前を恨むと思うか」
「え? …………いい、え?」

恨むだなんて、そんな大袈裟な、と言いそうになって口を結ぶ。ふっ――と、私の内心を見透かすようにして、ミホークが言った。

「『大袈裟』な奴だ。ひとつやふたつ、すっぽかしたところで何もならん」

うわぁ……すっぽかしまくっている人がいうと説得力があるぅ。つい、笑う。

「ははっ、確かに、そう……かも」

私の考え過ぎかもしれない。

「分かった。今回はミホークの意見に賛成で」

満足そうに頷くミホークに抱きつく。彼の正装を見られないのは本当の本当に残念だけど……またどこかでその機会はあるだろう。

「なまえ」
「うん?」

顔を上げる。待ち構えていた金色の瞳がこちらを見ていた。ゆるりと細まる双眸にこちらもゆるりと答える。ミホークの手の平が頬を包んだ。

「な、何?」

怪しげなその手に手を重ねてやんわりと動きを封じる。

「言わなくても分かるだろう?」

瞬いた彼の瞳が私を静かに見据えている。熱くぎらぎらとした視線だ。目だけで全身を求められていることが分かる。普段は無表情を貫いている癖に、こういうときだけ精悍せいかんな顔立ちになる彼は、もともと端正たんせいな顔をしているだけあって、いつにも増して格好良くなる。

誰だってこの顔に誘われたら断れないと思う。視線に耐えられなくなって顔を背けると、片方の彼の手が腰に回り、引き寄せられた。ミホークの上に乗せられ跨がることになった私は、引っ張られてそのまま彼の体に倒れ込む。急なことで体のどこに体重をかけていいか分からずに戸惑った。取り敢えず両膝を突いて手の平を彼の頭の両側に置いて、四つん這いになった。

真下では、ミホークがその慌てぶりを喉を鳴らしながら楽しそうに見ていた。落ち着く間もなく、彼は短い口付けをいろいろなところに落としていく。それがくすぐったくて堪らない。

「ちょ、ちょっと!」
「なんだ俺に乗ってしまえばいいだろう?」

そんなことしたら速攻でいただかれるに決まっているじゃん。何でもかんでもミホークの思い通りにいくのは癪に障るから嫌だ――と思っていたけれど、最終的には腕が限界を迎えてしまったので、観念してミホークの体の上に覆い被さることになった。

満足そうに笑ったミホークの胸板が大きく上下して、私の身体も一緒に浮き沈む。じんわりと温かい体温に目を閉じた。彼の鼓動が聞こえる。

「……お前はいつも反応が面白い」
「えぇ、ミホークが楽しそうでよかったですよー」

揶揄われて頬を膨らますけれど、心地が良くってすぐにどうでも良くなった。ミホークの腕が背中に回って優しく抱き締めてくれる。それだけで、幸せが溢れた。

「ミホーク」
「なんだ」
「今日はずっとこうしていてもいい?」
「…………それは無理そうだ」

――え?

あっという間に視界が反転する。気付いたら私はベッドの上にいて、私の上にはミホークがいた。呆けている私の手頸を掴んで、ミホークが口付けていく。その顔があまりに色っぽくて、一気に顔が熱くなった。

「真っ赤だな……」

ちゅ、ちゅ、と。手の平に、手の甲に、指先に――ミホークが丁寧に口付けていく。

「あ……っ、」

「何処にいても俺がいる」
「…………?」
「不安なときは俺のところに来い」
「……でも、傍にいないときは無理でしょう?」

顔を寄せたミホークが、目前で瞬く。唇が触れるか、触れないか。そんな距離にある、彼の真剣な眼差しが私の瞳の向こう側に語りかけてくる。

「なまえ」
「……?」
「俺はどこにいても必ず迎えにいく」
「…………うん」
「だから、安心して笑っていてくれ」
「っ、うん……!」

止まらなかった。視界が滲んでいく。ぼろぼろと零れていく涙。向こう側にいるミホークの姿が見えなくなった。涙には得体の知れないもののへの恐怖とか、自分の弱さへの悔しさが入っていたと思う。……それと同時に、こんなにも愛してくれる人が傍にいることへの喜びも、入り交じっていた。より一層、涙は流れ出していく。

「本当によく泣く」

あやすような優しい声に、胸の中で思う。彼の言うとおり、私はいつも泣いていて、ミホークがいつも慰めてくれる。それが幸せで堪らない。

「……ミホーク、ありがとう」
「感謝しているのは俺の方だ」
「…………え?」

パッと開いた両目。涙を拭って見たミホークの顔はとても嬉しそうだった。人にはあまり見せない、眉尻に皺をきゅっと寄せた優しい笑顔につられて私も笑う。

「……愛している」
「私も愛しているよ」

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