第22話 サディストなあなたは一体どこへ

甲板に出てから随分時間が経った。夜風に肌寒さを感じるようになり、そろそろ中に入ろうと一歩を踏み出した時だった。

「なまえさんっ! お誕生日おめでとうございます!」
「っ!? うわぁッ!?」

ガツンという衝撃と共に体を覆われる。つい身構えそうになったが、この声の細さで知り合いと言ったら一人しかいない――酒が抜けた頭は良く回ってくれた。

体を覆ったのはふわふわの…………毛布……? 艶のある綺麗な掛け布が私の肩を覆っていた。その上からぎゅうぅぅっと抱き締められる。真後ろに立つその人の方に首を捻り上げたら、先にくゆる煙が見えた。

「ここは禁煙ですよ」
「久しぶりに会って言うことがそれかよ……」

ふ――と口元が緩む。緩んだ腕の中、くるっと回転する。

「あはは。それはどうも、無愛想ですみませんね、スモーカー大佐。……お久しぶりです。たしぎも、久しぶり」

にっこり笑うたしぎと軽い抱擁を重ねた。

「びっくりしたじゃないの~」
「えへへ~。姿が目に入ったから、つい……」

「久しぶりぃ~~」すりすり、まるで猫。たしぎは元々可愛いけど、この可愛さはレベルが違う。……可愛い。可愛いが過ぎる。なんだこれは……! 戸惑いながら、スモーカー大佐に目を向ける。しれっとしているので、たしぎは酔うとこうなるのがデフォルトなのかもしれない。……こうなる前に止めてあげなよ、上司!

「ちょっと、スモーカー大佐! たしぎ、ベロベロじゃないですか! 部下の面倒ぐらいちゃんとみないとだめですよ!」
「知るかよそんなこと」

マイペースに葉巻を咥え直して煙を吐き出す大佐。

「だーかーらー! ここは禁煙です、って言っていますよね? 火薬庫が近いんですから、自重して下さい!」

カツカツカツ、ヒールを鳴らしながら目前に立つ。睨み上げたが身長差のせいで全然威圧になっていない。……あれ? デカくないか、この人。 ミホークよりも背が高い気がするのは気のせいだろうか。

微動だにしない……この男。それでも海兵なのか! なんだか腹が立ってきた。

ガッと葉巻に手を伸ばす。予想の斜め上をいくことだったのか、大佐はぴくりともしなかった。そのまま葉巻を奴の口から抜き取ってやった。「あ゛?」青筋を浮かべられても、もう怖くない。ニタリ――嫌みたらしい笑顔を見せつけた後に、思い切り握り潰してやった。

「っ、おぉぃっ!!!!」

あれ、そんなに叫ぶほどのこと? 大人の対応でやり過ごしながら、腸は煮えくり返る的な……そんな反応を求めていたんだけどな。スモーカーは、何故か慌てていた。

「馬鹿かお前は!」
「は……?」

咄嗟に伸ばされた手の平で殴られるのかと思ったらそうじゃない。それどころか、何故か心配そうに眉根を寄せて、葉巻を握り潰す手頸を掴み、手の平を開くように促された。

「見せてみろ」
「?」

こてん、首を傾げる。開いた手の中は赤く燻っていた。そりゃそうだ。もくもく煙を上げる葉巻を直に掴んで握り潰したんだから。火傷をするのは当然のこと。

「火傷してんじゃねぇか……」

睨まれることもなく、彼は小さく呟く。私はそんな彼の横顔をまじまじと見ていた。……何、この人。本当に、あの大佐なの?

「大佐、一体どうしたんですか?」

私が知っている大佐とはまるで別人だ。あのサディストなあなたは一体どこへいってしまったのだろうか? いや、別にあっちがよいというわけではないんだけど。…………あ! それで思い出した。

「大佐」
「あァ?」
「報告書を見たんですけど」
「…………報告書?」
「前回の本部でのあれこれが書かれた書類です。私が能力使ったときの……」

すぃ――――綺麗に視線が逸れていく。まるでそんなものは端からなかったというように。拳を握った。そして思いっきり腹にぶち込んでやった。

「なんだよ」

う……うぅ…………びくともしない。むしろ、こっちの拳がちょっと痛い。

「いえ、ちょっとしたお礼をしようと思いまして。その節はお世話になりました。お陰様で、私は殺されそうになりました」
「……んなこたァ知らねぇよ。俺はただ仕事をしたまでだ」

いらいらするのか、あ゛~~と荒々しい息を吐いて、大佐が肩を上下させている。この人のヘビースモーカーぶりに引く……。まだ数分も経ってないじゃん。でもまぁ、一応は吸わないように我慢してくれているらしい。彼の胸元にはこれでもかと葉巻が刺さっているが、今はそれを咥えていないんだから。

ハァ――私だって本当はちゃんと分かっている。彼は海軍に属する海兵だ。私は、監視対象である悪魔の実を食べた能力者、かつ、海賊の連れだ。絶対に相容れることはない。そんなことは分かっている。……分かっている。理不尽に怒っていることぐらい。でも、私だって……たまには八つ当たりしたっていいじゃないか。

「それやめろ」
「それ、……とは?」
「いちいち嫌みっぽく大佐って言うんじゃねぇよ」
「はは、ばれました?」

でも大佐は大佐だからいいじゃないか。私は普段、人を肩書きで呼ばない。基本的には、さん付けで呼ぶ。だから、こうやって肩書きを呼ばれたら、距離を取られているように感じて嫌なのだろう。…………うん、わざとそうしていたからね、私。ささやかな腹いせをしてやりたかったのだ。……ほんと言うと、スモーカー大佐はそんなことは気にしないタイプだと思っていたから、少し意外だった。

「ちっ……」
「別にいいじゃないですか。間違っていないですよねぇ? たーいさっ」
「だから、やめろって!」
「やめませーん」

額に血管が浮き上がっておられる。おー怖い怖い。でも、不思議と殴られるとか、蹴られるとか、そう言った心配はしていなかった。彼のことを信頼している自分がいることに、少しだけ驚きつつ、こんなことで必死になるなんて、見た目と違って可愛い人だなぁとニヤけてきちゃう。それがまた彼を煽るのだが、可愛いから仕方がない。

――と、「う゛」嫌な声がする。二人して下を見た。

「た、た、た、た、たしぎ!?」

静かだなと思っていたけど、まさか……。身を屈めて覗き込む。あーやっぱり。たしぎは隅っこに寄って、気持ち悪そうに体を埋めていた。どう見たって飲み過ぎの酔っ払いがすることである。

「……大丈夫?」
「……ずみまぜん。なまえさんのお誕生日なのに」
「あ……」

そうだった。二人は、私の誕生日を祝うためにわざわざ来てくれたんだった。

「たしぎ」
「…………はぃ?」
「来てくれてありがとう。すっごく、嬉しかったよ」

真っ青の顔をしているたしぎの顔に少しだけ生気が戻って来た気がする。

「当然ですよ」

にっこりと笑顔を返してくれた。……ありがとう、たしぎ。本当に、嬉しいよ。

「スモーカー大佐!」
「うるせぇな。言われなくとも分かってる」

煩わしそうに眉間に皺を寄せて、大佐がたしぎの前に屈む。

「まったく……世話の焼ける部下だよ」
「でも、いい部下でしょ?」

こんなぶっきらぼうな大佐にしっかりついて来てくれているんだから――ハッと顔を上げた彼の顔はキョトンとしていた。不意のことだったらしい。ふふっ――笑ってしまった。すぐに顔は背けられて見えなくなったけれど、後ろから見える耳が赤らんでいる。きっと照れくさいのだろう。そういうところは素直でいいね。

「ねぇ……スモーカー?」

息を呑む音がした。自分で「それ止めろ」って言っていた癖に。小さく笑う。屈んだまま、こちらを見上げた彼に言う。

「……来てくれてありがとう」

彼のいる海は遠い。わざわざこのためだけに来てくれたのだとしたら。……いやまぁそうじゃないかもしれないけど、そうなんだとしたら、……きちんと伝えておきたかった。『ありがとう』って。

「…………あ、あぁ」

葉巻のない彼を見ることは珍しい。スモーカーはないものを噛み締めるように、口を動かす。

「たしぎをよろしくね」
「……」

姿勢を変えて、軽々とたしぎを抱え上げたスモーカーがこちらに体を向けた。すぅすぅと寝息を立てるたしぎの体がスモーカーの腕の中にすっぽり納まっている姿が愛らしく、愛おしい。大きな体躯を見上げて微笑む。出会いは強烈で、私は大怪我を負わされた。でも――私は彼等のことが好きだった。

「……またな」
「……うん、またね」

頷いて応えたスモーカーが踵を返して歩き出す。そんな二人を小さく手を振って見送った。

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