…………何この部屋。
通された部屋はすごく豪華で、机にはすでにお皿がセットされていた。これはフランス料理のフルコースと見た。肩を落としながら思う。さすがにこれは想定外なんだけど。まさかフランス料理でくるとか思ってないし、外側から使えばいいんだっけ? と考えを巡らせているうちに、扉が開く。
「お待たせいたしました。社長が参ります」
「あ、いえ……」
できる限りか細い声を出すように心がけ、その場に立ち上がる。執事のような人が軽く会釈してその場を去るとすぐに後ろからスーツを来た人が出てくる。息を呑むとはこのことか。息を呑んでその人を見た。髭をたくわえた凛々しい顔つき。鋭い目がこちらを見る。え、と……金? 金の瞳だ。すごく珍しい。
……ていうか、
「何歳ですか……?」
「何歳かだと?」
あ、
眉を寄せる表情を見て、しまったと思う。声に出して言ってしまった。
「あの、ご、ごめんなさいっ!! いきなり失礼なことを申し上げました。本当に申し訳ありません」
何度も頭を下げると、クククッと押し殺したような笑い声が聞こえてきた。急に笑い出すものだからびっくりして顔を上げてまじまじとその人を見てしまった。
「いや、すまない。初対面でそんな風に聞かれたことは初めてでな」
そりゃそうだろうと顔を青くする。そんな失礼な人がこんなに素敵な人の前に出ることなんてそうそうないのだから。絶対場違いだと体を小さく丸める。ひとしきり笑った後、満足したように息を吐き出したその人はスッと片手を前に出し、座るように促してくれた。ペコリとお辞儀して椅子に腰掛ける。
「35歳だ」
「え?」
「年だ」
「あ、はい……」
すみません、そう返すので精一杯だった。話す話題などあるわけがなく、一体どうしたらいいのか、と頭の中は軽くパニック状態だった。無言の状態がしばらく続いた。さすがに気まず過ぎて辛い……そう思ったとき、ちょうど一品目の料理が運ばれてきた。ウェイターが部屋から去ると「どうぞ」とその人が言った。返ってきた低い声に小さく頷き、「いただきます」と言って料理を口に運ぶ。
「……おいしい」
「それはよかった」
ついつい出た言葉にも返事をして下さった。見た目よりも優しい人なのかもしれない。第一印象はちょっと取っ付き難い人だったんだけど。そろりと顔を上げて盗み見るようにして相手の様子を確認する。カチリと視線がぶつかる。思わずヒッ、と声が出そうになった。ピン、と伸びた背筋をゆっくりと戻し、首を横に振る。なんだ? という風に首を傾げていたその人の眉が僅かに真ん中に寄る。今絶対変な子だと思われた。やってしまった、とぎゅと目を閉じてもう余計なことはしないようにしようとひたすら料理を口に運んだ。
それから互いに何かを言うわけでもなく、静かな時が流れた。時折食器が重なる音がするだけの空間。私からしたら静か過ぎて今すぐ逃げ出したかった。お見合いだから書面で互いの名前も住んでいるところも経歴も何もかも分かっていた。だから聞くことなんてなかったし、とくに聞きたいことがあるというわけでもなかった。っていうか、さっき何歳ですか? って聞いた? 私。書面読んでないのばればれじゃない。あちゃ~と顔を歪め、ますます気まずさを感じた。
そんな空気をいとも簡単に破って見せたこの人はさすが社長というべきか。
「なまえと言ったか?」
「は、はいっ」
「こちらの名前は知っているか?」
「…………えっと、」
ん? と少し首を傾げて片眉を上げたその人は両手をゆっくりと肘掛の上に置いた。その堂々とした様子に圧倒されつつ、知らないことを知られずにどうやり過ごすか、そのことに頭をフル回転させていた。さすがに知りません、とか言えない。いくら私が馬鹿だと言っても。
「ミホークだ」
「ミホーク、さん?」
あぁ、そうだ、と満足げに言ったその人……いや、ミホークさんは私の中を見透かすような透き通るような金色の瞳を細めてにっこりと笑う。あぁ、すごく綺麗な瞳。思わず見とれてしまう。でも、なぜか初めて見た気がしないのは、……なんでだろう。
「それで、これからの話だが」
「え? これから?」
「あぁ、卒業後だが、」
「え、ちょ、ちょっと待って下さい!」
「なんだ?」
少し面倒だというようにミホークさんは眉を寄せて顔を傾けた。
「そ、それはもう結婚前提で話していませんか?」
話の流れからなぜかもう結婚することになっている気がする。
「当たり前だろう?」
「へ?」
間抜けな声が出てしまった。待て待て待て。父さん! 何が会うだけでいいだよ。なんかもう婚約したみたいになってるんだけど!
「どうした?」
「いえ、その……私、ミホークさんのことまだそんなに知りませんですし、これから先のことをいきなり言われてもお返事なんかできません。ここに来るのだって、始めは嫌で……でも、父が断れないからと言うもので渋々きたのであって!」
そこまで言って、ハッとする。急いでミホークさんに目を向けると、肩を揺らしながら笑いをこらえる姿が目に映る。しまったと思いつつもここまできたらもう開き直るしかなかった。
「な、何がおかしいんですか!?」
「クククッ。いや、すまない。俺にここまではっきり言ったやつは初めてだったのでな」
カッと顔が熱くなるのを感じた。始めから今の今まで笑われっぱなしだ。・……私、何してんだろう。……もうここにはいられない。
「すみません。今日はここで失礼させていただきます」
そう言って椅子から立ち上がり、鞄と上着をサッと取ってミホークさんの後ろにある扉から外へ出ようと歩みを進める。一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
「……まぁ待て」
同じく椅子から立ち上がり、私の通る道の目の前に立ちはだかったミホークさん。どうして、どうして邪魔をするんですか?元々熱くなっていた頬が余計に熱くなっていった。潤んでいた瞳の潤いをなんとか押し留め、目を細めて強く睨み返す。
「そうそう逃がしはせん」
「――――ッ!?」
速度を緩めることなくミホークさんの横を通り過ぎようとしたら、ミホークさんの片手が伸びてくる。咄嗟にしゃがんでその手をかわすと再び上機嫌に笑われた。
「……ますます珍しい人だ」
しゃがみ込んだ私に構うことなくずいずいと足を進めてきたミホークさんに圧倒されて後ろに下がる。トンッ、と壁に背中が当たった。しまったと顔を顰める。すぐ傍に迫ったミホークさんの気配に心臓がバクバクと脈打つ。絶対にからかわれている。絶対にそうだ。ぎゅ、と目を閉じてなんとか耐えようとする。耳元で静かな息遣いが聞こえた。カバンを持つ手に重ねられたミホークさんの右手。胸にあてがった自身の右手を服ごと握り締めた。……苦しい。かつてないほど脈打つ心臓に呼吸が苦しかった。頭がぼ――っとする。
「今日はこのくらいにしておこう」
耳元でふ、と吐息が吐き出された。それは私の顔を真っ赤に染めるには十分な刺激で、それを隠すようにして顔を俯けた。恥ずかしい。とにかく恥ずかしかった。こんな経験をしたのが初めてで本当に逃げ出したい。
「なまえ」
名を呼ばれて反射的に顔が上がる。
「っ、」
目の前で待ち構えていたのは美しい瞳。逸らされることのない瞳に絡まった視線を逸らすことができなかった。徐々に縮まる距離。キスされるッ!! ……そう思ったけれど、体を強張らせてジッとその場の成り行きを見守ることしかできなかった。
でも結局、ミホークさんはただ見つめるだけで、その後は握り締めていた右手を離し、先ほどまでの勢いが嘘のようにあっけなく解放してくれた。そうなることを望んでいたはずなのに、なんだか拍子抜けしてしまった。呆然としていたら、これを持っていけと、電話番号とメールアドレスを書いた手書きの紙を渡される。
「帰りは?」
「あ、はい。電車で」
「そうか、」
なぜか気を揉んでいるような、そんな素振りを見せるミホークさんに首をかしげる。
「あの……?」
「いや、なんでもない。気をつけてな」
「……はい」
では、と一礼し、ようやく部屋を後にした。

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