第15話:かなしいゆめを食む

これは翌日のこと、俺たちはまだ本部のG5の部屋にいた。

付き合い始めがあんな風だったから、俺に攻める権利はないも等しい。一次の悪戯心で、ありもしないことを言って、なまえの善意に乗っかったのだから。それを今更言ったところで、どうなるのだろうか。不安に思いながらも、身支度をしているなまえに、俺は告げた。

「付き合う前に言っただろう」
「……ん?」
「お前がキスしてきたって」
「あーあれね。うん、覚えてる」
「ありゃァ……嘘だ」
「……ん、んんっ!?」

「え、貴方何言っているんですか?」真ん丸に両眼を見開いたなまえが直下から見上げてくる。必死で腕を伸ばして、胸ぐらを掴んできて、明後日の方向を向く俺のことを咎めている。

「待ってください。そうだとして、悪いと思っているのなら、もっと誠意を込めて謝るべきなのではっ!? 私、責任取らなきゃって……!」
「じゃ、なんだ……? 責任取る必要がなかったら、てめぇは俺とは付き合わなかったって」
「…………それは、」

ハァ――――、分かっていた。分かっていたことだ。ここで言い淀んだ。それがすべてだ。なまえにとって、俺はそれ程重要ではないのだ。それが、今ここで明らかになった。

「……いや、嫌な言い方をしたな。悪かった」
「…………いえ、」

流れる沈黙。なまえが気まずそうに、視線を落としている。

「なァ……なまえ。俺は、お前のことが好きだ。大事に想っている」
「…………っ、」
「だから、こうして言うし、あれこれ買って行くし。お前のことを心配する。危ないことはして欲しくないが、尊重もする。それが俺の考える、人を愛するって形だからだ。…………お前はどうだ? なまえは俺のことをどう思っている……?」

考えてみれば、俺はなまえに、好きだと言われたことがなかった。それに付随するような、言葉、何かを言われたことがなかった。ただ、「ありがとう」といつも、それだけだった。

…………ほら、な。

目の前のなまえは、顔を歪ませ、喉を詰まらせていた。

言いたいことはあるのだろう。でもそれが、あり過ぎて言えないのか。感情を言葉に出来ないのか、することを迷っているのか。そのどれかは分からない。ただ、言えるのは、彼女が酷く苦しんでいるということだった。

「……こんなこと言って、悪いな」
「っ、…………いえ、」
「いつかは躓くところだ。本当はもっと、早い内に言う予定だったんだが……」

お前といる日々が幸せで。崩れてしまうことが怖く、なかなか言い出せなかった。

「………………ごめんなさい、スモーカー、さん」
「…………そうか」

結局のところ、俺も彼奴と同じ。自分勝手になまえを傷つけた男の一人に成り果てただけだった。

ぼろぼろ涙を流す、その体を抱き締める資格は俺にはもうない。「気の済むまでここにいたらいい」そう言って、最後の優しさをかけて部屋を出た。

:
:

人を好きになる感情があるとしたら、私はきっと――。

目を覚ますと、辺りは真っ暗になっていた。回らない頭で時計を見る。……八時……。

「っ、八時!?」

飛び上がったが、部屋にあったカレンダーを見て脱力する。あぁー違う。今日は休暇だ。ハァ――無駄に体力を使った。

ゆっくりと体を起こすと、そこはG5の部屋だった。ソファの上で眠ってしまっていたらしい。

う――……頭がガンガンする。二日酔い……? 昨日そんなに飲んだのかな。全然覚えていない、や……。

懐にいつも入れている電伝虫を探したがなくなっていた。昨日、どこかに置き忘れたのだろうか。部屋の奥にある執務机に向かう。そこには部屋に固定している電伝虫があった。

「えぇっと……取り敢えず、スモーカーさんに……」

ずきん、と痛む頭。

「う……うぅ……」

電伝虫の隣に置かれているメモが目に入る。

今まで世話になった
スモーカー

見慣れた文字で綴られた一言をきっかけに、今朝のことが蘇った。サァ――と全身の血が引いていく。

……私、スモーカーさんになんてことを……!

そしてようやく、懐の電伝虫がなくなっていた理由に思い至る。……彼が、持って行ったのだ。さよならは告げていない、でも……あれはもう、終焉を告げていたに等しかった。

ぽっかりと穴が空いたように虚しい。なくした物が大きすぎる。いくら、彼が想い人じゃなかったとして、それでもいいじゃないか。人として、彼の事は尊敬しているし、好きだった。だから、それで一緒にいたらいいじゃないかって、ずっとそう思っていた。スモーカーさんは私のことを尊重してくれて、欲しい言葉をくれる。守ってくれる。それで、いいじゃないかって。

でも、彼はそうじゃなかった。

彼は、愛して欲しい――とそう願っていた。私を見つめる熱っぽい瞳はいつだって私のことを欲していたのに、私を見て見ぬ振りをして、躱し続けていた。…………その結末が、これだ。

「…………私って、本当に恋愛が下手くそだなァ…………もう、最悪な女じゃん」

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!