第1話 第一印象はあまりよくありません

ボルサリーノさんはいつもどっちつかずだ。そりゃあ、「どっちつかずの正義」を掲げているぐらいなのだから、当然なんだろうけどさ。

「それで、どっちがよろしいんですか?」

モタモタとあ~でもない、こう~でもない。決まったと思ったら、あぁ、でもやっぱりねぇ……、だ。全然、全く決まる気がしない!

「おじき! 早くしてくれ」

もたもた、いらいら。戦桃丸と私が時間がないとわたわたしているにも関わらず、ボルサリーノさんはのんびりとしていて、ついに痺れを切らしてしまった私は「私だけでも先に行きます!」と走り出してしまった。

「ちょ、なまえ! おまえが行っても意味がねぇだろう!」

いや、意味はある。ボルサリーノさんはピカピカの実の能力者なのだ。つまり、光そのもの。その気になれば光の早さで移動できる。……その気になれば。足手まといになる私は先に行った方がいいはず。

見えてきた!

駆け寄った港には一隻の海軍の船。とても大きな船だった。桟橋にかけられた橋からいっきに駆け上がり、甲板へ足を踏み入れた。

「はぁ、はぁ……」
「……誰だ」

「はぁ、はぁ……もうし、はぁ、遅れました……」

縦縞スーツに個性的な髪型。あぁ、この人が中将の……とすぐに理解した。私のことなんて知らないはずなのにその人は冷静にこちらを見ていた。この時点で私は素性の知らない不審者なのだ。海兵の服も着ていない。

「……息を整えてから話せばいい」

その言葉に有り難く思いつつ、小さく頷いて返す。数秒時間をいただいて呼吸を深く繰り返し、息を整えた。すぅ、はぁ~、もう大丈夫。その場にピンッと背筋を伸ばして立ち、タァンッと大きな音を立てて敬礼する。

「申し遅れました。私は大将黄猿率いる、海軍本部科学部隊所属なまえ副隊長であります!」
「例の部隊か」
「はい、お迎えありがとうございます。モモンガ中将」
「いや、いい。他2名は?」
「はい、ボルサリーノさんと戦桃丸は少し遅れるかと」
「これでも急いでいるんだがな」
「はい……それは重々承知しているのですが」

あはは……なんせあのボルサリーノさんですからね。とは言えず、言葉を飲み込む。そりゃそうだ、機械音痴で集合時間は守らない。そう言ったのんびりとした性格は近しいものしかしらないのだから、言っても意味がない。

「まさか、怪我でも?」
「い、いえ。そんなまさか! ボルサリーノさんがそんなヘマすることはないですよ」
「ならいいのだが……」

これは完全に目をつけられてしまったな。……悪い意味で。鋭くこちらを見定める目に肩が上がりそうになる。うん、科学部隊は正式な海兵ではないという扱いのせいか、正式な海兵から疎目で見られているところがあった。この人もどうやらその口らしい。気をつけよう。

それから30分。30分だ。私が10分で走った道のりをあの2人は30分もかけて歩いてきやがった。……どんだけ亀足なんですか! と叫ぶのは当然だと思う。

「ボルサリーノさん!」
「あ~はいはい。おしかりは夕食を取りながら聞こうじゃないの~」
「もう……」

絶対聞く気ないな、この人。

「戦桃丸もご飯行く?」
「わいはもう少ししたら別の迎えが来る。そっちの船に乗って先にベガパンクのところへ戻る。向こうが手薄になるのは避けたいからな」
「うん、分かった」
「おじきのことは頼んだぞ、なまえ」
「うん……、任せておけ! って言えなくてごめん。けど、一応任されます」

クスクスと笑うと、その意味がよく分かっている戦桃丸もそうだなと笑って返してくれた。じゃあ、気をつけて。パァンッと軽くハイタッチを交わして戦桃丸とは別れた。

「いつも思うけど、戦桃丸となまえちゃんは仲がいいよね?一応向こうが隊長なんでしょう?」
「はい、まぁでも。ずっと一緒にここまで来てますから。私は兄のように慕っています」
「ふ~ん。兄ねぇ~……」
「それより、早く食堂へ行きましょうよ!」
「はいはい、なまえちゃんもお腹ぺこぺこなんだねぇ~」
「ウッ……反論はしません」

ハハハッと声が上がり、サングラスの下の目がにっこりと笑う。その目の本性を私は知っている。ボルサリーノさんはとても冷酷な人だ。でも、その容赦ない裁きにはとても尊敬している。人知れない優しさだってある。だめなところも結構あるけれど、でもそれを補う力が、知識がある。だから、私はボルサリーノさんについていくと決めた。

その日の深夜――

枕が変わると眠れなくという人がたまにいると思う。まさしく私がそれで。数週間をこの船内で寝泊まりして過ごすのだから、慣れないといけないとは分かっている。今まで遠征だって数え切れないほどあったし。そのおかげでわりと早く適応できるスキルを身につけていた。ただ、1日目はどうしても寝付けなかった。

「今回も無理だったな」

どう頑張っても寝付けないのだから、ときっぱりとあきらめた私は甲板の上に出てきていた。見張りの人に声をかけてしばらく居させてもらうことにした。

季節は夏。夜の風は湿気を含みいつもよりも重くまとわりついてくる気がした。もわんとした暑さのせいで寝汗をかいている者も多いだろう。私の額にも汗が流れていた。今日はほんと暑いな。朝シャワー浴びようかな。

船の先端付近に座り込む。体育座りをして膝を抱え込んだ。あぁ、この体制なら少し眠れるかもしれない。見張りもいるし、ちょっとぐらい微睡んでも平気かな。今日は全力疾走したから、体がちょっと疲れているのかもしれないなぁ。

「海賊船だぁ~~~!!!!」

その声で目が覚めた。

敵船!?

戦闘服のまま外に出ていてよかった。じゃなかったら私は死んでいたかもしれない。立ち上がり、状況確認をする間もなく、砲弾が甲板を襲った。

「ちっ、なんでこんなに近くに来るまで見張りは気がつかなかったのよ!!」

ちらりと見張りがいる上部を見上げる。

……煙?

そうか、先に殺られていたのか。なら納得……いや、これはかなりまずい。こちらに気配を悟られることなく船内に潜入することができる奴が敵にいるということだ。かなりの強者のはず。腰に差していた刀に手をかけ、甲板を走った。甲板に落ちてくる砲弾をひとつひとつ切って潰していく。

「クッ……これじゃキリがない」

「八咫鏡やたのかがみ」

スッと顔の横を通り抜けた光。振り向いたらそこにはもうボルサリーノさんが立っていた。

「どうしてかなぁ~」
「ボルサリーノさん!!!」
「やけに敵が多いねぇ」
「……確かに」

この一隻の船を取り囲むように海賊船が周囲をグルリとまとめていた。

「……どうしてかなぁ?」

その言葉は私に向けて発せられたものではなかった。ボルサリーノさんが声を発したのは私たちと向かい合うように立っていたモモンガ中将に対してだった。

「……今はなんとも」
「ほほぅ。この大将黄猿にもかぁい?」
「……」
「なるほどねぇ。何か……”大切な何か”を輸送している最中だというわけかぁい」
「……先に話しておかなかったことが裏目に出たようで、申し訳ない」
「いや、話されたところでこっちは拒否する権利もなかったかねぇい。いいけどさぁ」

「ボルサリーノさん、話は後です!!」
「ん?」
「奴ら一気に仕掛けてくるつもりのようです」
「りょうか~い」

縛炎が舞う甲板は視界がかなり悪い。けれど、光そのものであるボルサリーノさんはこんな真っ暗闇の中でも、縛炎の中でもとてもよく見えた。それが見えることで私は戦えていた。

大きな船だから当然甲板も大きく。何段かに分かれていた。一番広いところで戦闘をしていたはずなのにいつの間にか2段も上へ来てしまっていた。でも振り返って下を見たら、ボルサリーノさんもモモンガ中将もとてもよく見えたので大丈夫だと思った。……それが間違いだった。

戦闘能力に関しては言えば、私はそんなに低いわけではなかったけれど、でもやっぱり。大将と中将に比べたら劣るわけで。この3人と比べられたら狙われないわけがなかった。

「っ!?」

腕に走った痛み。何かに強く捕まれて体が上へと放り投げられた。そのまま重力に従って落ちていき、甲板に体が叩きつけられた。

「かはっ……」

「……弱いなぁ。弱い、弱いよ君。ってか、海兵じゃないの? 海兵の服着ていないみたいだけど?」
「……」
「はぁ~ん……もしかして、民間人だった? あれ、民間人がなんで海軍の船に乗ってんのさ。何々、誰かの家族とか? ふ~ん、いいこと思いついちゃった!」

嫌な予感がした。

「君。一緒に来てくれるかな」

あはっ、狂ったように笑う海賊。反吐がでる。

「ゴフッ……」
「あぁ、どの道その傷じゃ動けないし、着いてくるしか選択肢は君にはないんだけどねぇ」
「……い、や」
「っふふふ。じゃあ、行こうか。こっちの用はもう済んだし」

その狂った男は私を抱き上げた。甲板から海賊船へ飛び移っていく最中、ボルサリーノさんの光が見えた。道を照らす光に向かって私は進むことができなかった。

「コホッ、コホッ……」
「肋骨が3本折れていますね、船長」
「あらあら」
「あらあら、じゃありません。まったく面倒なものばかり拾ってきてくれちゃって……」

この人はきっとこの海賊船の医者なのだろう。白衣を着て、私の診断をしていた。

「まぁ、まぁいいじゃないの。こんな面白そうなもの落ちていたら拾ってしまうでしょう?」
「面白そうなもの、とは何ですか。船長」
「ふふん。これ、見てよドクター」

「あっ……」

男がうれしそうに差し出していたのは私が唯一持っていた、私を証明することができるカードだった。

「何々、海軍本部科学部隊所属、なまえ副隊長。……まさか」
「そう、そのまさかだよ! ドクター! あの有名なベガパンクをお守りしている部隊だよ! これを利用しない手はないだろう」
「……なるほどな」

会話の方向から自分の置かれている状況はだいたい分かった。かなりまずい状況だ。ここに居てはいけない。ベガパンクを危険に晒すことになる。ヒヤリ、頬を汗が伝っていった。

「ではこの女はどうしますか?」
「……女?」
「はい、こいつは女ですよ。船長」
「ふ~~ん……」

無理もない。短髪。長袖、長ズボン。加えて胸がない。……あ、いや正確にはあるんだけど……。

「触るな、海賊」

顎に伸びてくる手を払う。ジャラリと両手を拘束している鎖がなった。

「いいね。女か。使えるな……」

その使い道はどの方向へ向くことになるのか。選択肢を考えただけでもゾッとする。

「取りあえず、傷が治るまではここに置いておく。ベッドと体を鎖で繋いでおけ」
「はい、船長」

それから数日間、眠りっぱなしだった。どうやら薬を盛られていたようで。視界は霞み、考える力が出なかった。誰かに顎を持ち上げられて、ゆっくりと何かを流しこまれた。

「これはお前を救う唯一の手……どう使うかは自分で決めることだ」

誰だろう。一体誰が……?

なんか苦い、そう思いながら目を閉じた。ふわふわとする意識はついに私を包み込んでしまった。また眠ってしまう。

次に目を開いたのはそれから数週間経ったときだった。もしかしたらそれまでに目覚めていたかもしれないけれど、記憶には残っていなかった。明瞭に移るようになった視界で部屋の中をじっくりと観察する。ギシッ、床が軋む音がした。後ろ……? かすかだが、血の臭いと、何かものが腐ったような……?

「っ!?」

鎖のせいで真っ赤に腫れていた手首。走る痛みを感じる間もなく、自分の後ろにあった光景に目を疑い、漂ってくる腐臭に思わず鼻を覆った。逆さ吊りにされている男は一体誰なのか。それよりも、男はまだ生きているだろうのか? 体の至る所にある裂傷。滴る鮮血と同時に存在している悪臭を放つ元。つまり、腐った肉。

ギシリ、再び床が軋んだ。その吊された男の後ろからまだ意識がはっきりしているときに「船長」と呼ばれていた男が出てきた。

「あれ、やっと目を覚ましたの? ごめんねぇ。今終わってしまったよ」

ほうら、船長がナイフで男の首元を示した。パックリと開いていたそこからは首の断面がよく見えた。

「うっ……」

「今ちょうど死んだところだよ」

今、今って? じ、じゃあ。この人は……この人は……足が腐ったままでも今の今まで生きていたというの? 胸にこみ上げてくるものを押さえ込む。うっ、何度も何度も嘔吐いた。それでもここでもし吐き出すなんてことをして船長の機嫌を損ねでもしたら、私も殺されるかもしれない。……彼のように。そう思ったら、どんなに苦しくても我慢することができた。

「ふふふ、いい子だね。君は。強いね。だからかな? この男が君に悪魔の実を食べさせたのは」
「……今、なんて?」
「実だよ。実。悪魔の実。君たち海軍が運んでいた悪魔のみだよ」
「……え?」
「なんだい、その様子じゃ知らなかったようだね。そうか、確か海兵と君たちの部隊は折り合いが悪いんだったっけ? 海兵も意地悪だよねぇ。あんな危険な船に君みたいな可愛い子を乗せるだなんて」

ね? といつの間にかすぐそばに近づいてきていた船長が私の髪を手で梳いた。ツンと鉄と腐臭が鼻を刺激して、ようやく落ち着きかけていた嘔吐きが再発する。

「あぁ、君は可愛いね」

ゾッとするような笑顔だった。

「君は、実を食べてしまった。この僕が食べるはずだった実を、ね」

殺されるのか、私は。

「でも僕も馬鹿じゃない。悪魔の実なんて貴重な代物が早々手に入るとも思えないし、この際だ。食べてしまった君をそのまま利用しようかと思っているんだよね」
「……はい?」
「君が食べた実は”えきえきの実”」
「えき、えき……」
「物を瞬時に液体へと変化させられる実だよ」

ほうら、見てごらん。この男のここ。ここはね、君がやったんだよ?

え?

吊り下げられた男の両足は腐りかけていた。そこを私が? なんで? なんで、私がそんなことを? なんで?

「あっれ~? 覚えていないの? さっすがドクターの作る薬は強力だねぇ~。これを使えば君を操ることもたやすそうだよ」

ふふふと楽しくて仕方がないと笑う船長は懐からその話にあった私を操る薬らしきものを取り出して、掲げて見せた。

「これをね、ちゅ~っと君に注射するだけでいいんだよ。そうしたらね、君は無敵になれるんだ。感情をね、捨てられるんだよ。それって、人間にとっちゃぁ無敵も同然だよね。だって、こんなにひどいことも平気でできちゃうんだから」

カタカタと体が震えた。船長が一歩こちらに足を踏み出す度に背中の汗が一筋ずつ流れていくのが分かった。歯がガチガチとなった。怖かった。ただ怖かった。自分がやってしまったことも、これから自分がやってしまうであろうことも。そうして、その時のことをまったく覚えていないことも。すべてが怖かった。

「さぁ、変身の時間だよ。君が無敵になる時間が来たんだよ」

にっこりと笑う船長の笑顔は人間のそれではなかった。狂っている。

「船長、海軍に見つかりました!」
「見つかっちゃった~? ちょうどいいや。この化け物を試すことにしようか。鎖解いてくれる? あ、あと。そいつに直接触れないようにね。体が腐ってしまうから」

 
 

遠くで、誰かが何かを話している声が聞こえた。

「なまえ!!」「なまえさん!!」「なまえちゃん!!」

「……」

「殺せ、海兵を殺せ」

「……」

「なまえちゃん!!」

 

この場合意識なんてものはない方が幸せだと思う。だって、自分の体は自分のものなのに自分の言うとおりには動いてくれなくて、嘗て私のことをなまえさんと呼んでくれていた海兵の人を順々に溶かしていっていたのだから。幸いだったのは、私の能力がまだ未成熟だったことだろう。

 

チリチリと目に映る光。私が握りしめているはずなのにその人の腕は黒く堅くなっていて、溶けることがなかった。なぜ? その光を見ていたら心の奥から何かがこみ上げてきて、自然と両目から涙がこぼれていった。

「なまえちゃん、わっしだ」
「っ……、ボルサリーノさんっ」

意識が戻ったのは海戦2時間後のこと。そのときにはもうすでに海賊団の船長は討ち取られており、残るは私の取り押さえになっていたそうだ。後から聞いた話でそれを知った。

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