「なまえ」
「ん? どうしたのマルコ?」
甲板の後ろの方の見張り台。そこに立つ私の後ろにマルコは立っていた。もう交代の時間? と首を傾げると、あぁと返事が返ってきた。
「ちょっと待ってよ、先に私が出るから」
「おいおい、大丈夫か」
「大丈夫だって! もう何年やっていると思ってるのよ」
もう! と頬を膨らませてみたらそれでも手伝うと手を伸ばしてくるマルコを睨みつける。いいから、いいからと笑って流されてしまえば、素直に手を取るしかなかった。
「そういや、前から気になっていたんだが」
「何?」
「なんで親父のことをエドって呼ぶんだよい?」
「ん? どういうこと?」
「家族公認の夫婦だろい。ファミリーネームじゃなくて、ファーストネームで呼べばいいんじゃねぇか?」
「――――っ、……あぁ、そうね。私もそう思うわ。けどね、エドがねぇ~」
「親父がなんだよい?」
「ん、分かった。じゃあ、昼飯終わった後、いいもの見せてあげるわよ。エドがいつも座っているところに来てね」
「お、おう。分かったよい」
そうしてマルコと約束したのが今朝のこと。昼食も食べ終え、いつも通り外のイスに座って眠りについているエドの隣に座る。
「なまえか、どうした?」
「ん、どうもしないよ。ただちょっと側に来たかっただけ」
「そうかァ」
ゆっくりと伸びてきた腕にソッと寄り添う。目を閉じて通り過ぎる風を感じていたときだった。あぁ、マルコの気配だ。気配のする方へ顔を向けるとそこにはマルコが立ってこちらを見ていた。目を見つめて頷けば、マルコも頷く。なんかこういうのって変にドキドキする。この年になってまでこんないたずらするだんなて思わなかったからさ。
「ねぇ、エド」
「なんだ?」
「今日はさ、体調いい?」
「ん、まぁ、悪くはないなァ」
「ん、じゃあ今日部屋行ってもいい?」
「ブッ――!!? お前、そういうことは場所を選んで話せと言っているだろうが!」
「いいじゃない。夫婦なんだから。ね、ニューゲート!!」
ゲホッ、ゴホッ!!
ゲホッ!!
ゲホッ!!
エドの咳は本人が思っている以上によく響く。だから、こうやって咳をしていたらおのずと心配した船員達が集まってくる。
「お、親父ー!! 大丈夫かぁ~!?」
「アホンダラガァ!! これぐらいどうってことねぇんだよ、持ち場を離れるなァ!!」
片っ端から追い払っていくエドの必死ぶりといったら。おかしくてしかたがない。クスクスと笑っていたらこちらに気づいたエドがギロリとこちらに睨みを聞かせる。
「その名を外で出すなと言ってるだろうが」
「え、なんで? 恥ずかしい?」
「お、まえは、本当に!!」
「ふふふ、エド。顔真っ赤だよ!」
ぎゅうっと腕に抱きついたら、あぁ~もうと顔を自身の手で覆ったエドが息を吐き出す。
「でも私はニューゲートって名が好きだから、呼びたいのに……」
「……ベッドの中だけで十分だろう」
「じゃあ、その時はいくら呼んでもいい?」
「あぁ」
「ありがとう、エド」
持ち上げられた体はエドの太股の上へと置かれた。やっぱりエドは大きい。あ、そういえばど先ほどマルコが立っていた方に目を向けたらそこにはもうマルコの姿はなかった。ありゃ、もしかして見てられなかったかな。ふふふと笑えば、何を笑っている?とエドがこちらを見た。
「なんでもないよ」
背中をエドのお腹に預けて、下から顔を仰ぎ見る。ジッと見つめ返してくれるその目ににこりと笑うとすぐに視線を逸らされてしまった。エドはかなりの恥ずかしがり屋さんだからなぁ。そこがかわいいんだけど。
「親父!」
「どうしたァ?」
駆け込んできたのは前方の見張り台で見張りをしていた者だった。
「赤髪のシャンクスです!」
「あの小僧か」
「またシャンクス? 最近よく会うね」
「どうしますか?」
「酒持ってるようなら上げてかまわねぇ」
理由がなんとも言えないんだけど。同じ四皇同士会うときに必ずギシギシと空気は殺気だってはしまうが、決して相反しているわけでも、敵対しているわけでもなかった。でも決して、仲がいいというわけでもなかった。特にエドとシャンクスはちょっとした因縁を持っている。
「で、今日は何のようだ。小僧」
「いや、俺が用があるのはそこにいるお嬢さんだ」
「……またですか、シャンクス。飽きもせずによくもまぁ」
シャンクスの後ろに立つ、赤髪海賊団、副船長のベックマンも私と同じくあきれているようでため息を吐いていた。
「悪いが、こいつは俺の妻になったんでなァ」
「は?」
「あ、そう言えば、言ってなかったね。私たち結婚しました~」
「聞いてねぇぞ!」
「うん、まぁ、言ってなかったね。遅くなってごめん。まぁ、そういう訳で諦めて下さい」
「結婚していようが、どうだろうが俺には関係ねぇ! 俺はお前が好きだ!! 今すぐ俺と共に来い、なまえッ!!」
「はい? っと……!」
衝撃と共にグラリと揺れた体。エドが体を動かした。慌てて落ちないように体制を立て直す。落ちないようにと添えられた手はエドの優しさだろう。それに遠慮なく掴まる。
「赤髪、今おめぇが言っていることの意味、分かっているのか?」
「あぁ、分かっている」
ビシビシと伝わってくる2人の殺気。周囲の船員がバタバタと倒れていく。集まって来ていた幹部以外の船員はほぼ壊滅状態だった。
「覇王色の覇気を使わないで、シャンクス」
「じゃあ、俺のものになれ、なまえ」
「……話にならないわ」
ねぇ、エド? そうエドの方へ首を動かした時だった。
「っ!?」
グッと腹の辺りに感じた強い力。掠れる視界の端には目を見開くエドの顔と赤い髪が移っていた。次に目に映ったのは驚きと呆れで口を開いているベックマンの顔だった。今私はシャンクスに抱かれているらしい。離して! と暴れてみるが、力で勝てないのは言うまでもない。
バリッ―――ン
大気が揺れる。それはエドの怒りそのものを表していた。後ろに変わらずいるだろうエドの顔を見なくても分かる。今きっと、彼の顔は鬼の形相だろう。
「ちょ、シャンクス! 何してるの!!」
「黙ってろ、なまえ」
「……」
当事者の私がなんで黙らないといけないのよ。ムッと頬を膨らましていたら、ベックマンと目が合った。
(どうにかしなさいよ)
(それは俺に言っているのか)
(あなた以外、一体誰にシャンクスを止めることができるっていうの)
(……へいへい。じゃあ、白髭はおまえが止めろよ)
(そこは任せて!)
ニヤリと笑った私とベックマンは互いに副船長という大役を担っているのだ。船長のわがままに振り回されるのにも、それを止めるのにも慣れている。もちろん、自分ところの船長限定だが。
「お頭、それぐらいにしておいてくれ」
「んだよ、おまえの頼みでも俺は聞かないぞ」
「じゃあ、俺は海賊やめる」
「っは?」
その言葉には私もビックリしてベックマンを凝視してしまった。当然、そんなことをベックマンがいうとは思ってなかったシャンクスもビックリしてベックマンを見た。体を拘束していた力が一瞬緩んだ。
「マルコ! イゾウ!」
叫べば、ハッとこちらに気づいた2人がうなづいて動き出す。マルコは不死鳥になり、イゾウは2丁の銃でシャンクスの体を狙う。とっさに弾を避けるように体制を変えたシャンクスのバランスが崩れた。スピードには自身がある。大きく地面を蹴った私はマルコに向かって手を伸ばし、なんとかその足を掴んだのだった。
「て、てめぇらァ!!」
「お頭、」
「なまえ!」
エドの隣に降ろしてもらいながらシャンクスの方へ顔を向ける。
「俺はお前に惚れたァ!! その顔も楽しそうに笑う笑顔も、時々寂しそうに空を見つめる姿も。前を向いて歩いていこうとするその姿勢も全部知ってる! お前の過去も含めて全部、丸ごと愛してる!!」
「……」
「だから、俺と共に来い! 後悔はぜってぇさせねぇ!!!」
はははっと小さく漏れた笑い声はその想いに答えることができない自分の気持ちを消化するためのものだったと思う。シャンクスのその真っ直ぐで偽りのないその言葉がとても、とても嬉しかった。
「ありがとう、シャンクス。私も、そんなあなたが好きだよ」
「なまえ」
名を呼ぶエドの方へ顔を向けて軽く手を挙げて制する。エドの眉間に皺が寄っていた。ごめん、エド。これだけは言わせて。
「でもね、私はシャンクスよりもエドと先に出会ってしまったの。シャンクスよりも先にエドを愛したの。だから、私はあなたの想いに答えることはできない」
寄り添うようにエドの体に自分の体を寄せる。端から見たらきっと奇妙なカップルだろう。大きな、大きな男と、小さな、小さな女。年は離れていて、育ちもまったく違っていて。器も全く違う。エドほどの男の隣に私が立っていること自体、おかしいのかもしれない。
でも、でもね。
それでも私はエドの隣に立って、一緒に歩みたいと思った。エドの隣立つのは私で、一緒に歩んでいくのは私じゃないと嫌だって思った。それぐらい、私はエドのことが好きだった。大好きだった。
「ごめん、シャンクス。私、エドが大好きなの」
この人じゃなきゃ、だめなの――――
その言葉は甲板に響いた。数秒の間の後、シャンクスは言った。
「帰るぞ、てめぇら」
寂しそうに去って行くその背中に後悔がないといったら嘘になるかもしれない。だって、彼のことが嫌いなわけじゃないから。でも、選ばないと進めないときだってあるのだから、仕方がない。そう自分に言い聞かせた。
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その日の夜――
「エド」
「……」
「今日は心配をかけてごめんね」
「……」
「私のために怒ってくれてありがとう」
「……」
「体は大丈夫?」
「あぁ」
「エド」
「……」
「大好きだよ」
ぎゅうと抱きしめられて感じる気持ちは間違いなく「幸せ」という文字だった。すかさず、ニューゲートと呼べば、相変わらず取り乱すエドに頬を揺るましつつ、目を閉じる。
この人から離れたくない。この人と永遠を過ごしたい。そう思えば思う度、願えば願う度。自分の体にかかった呪いのような事象に胸が締め付けられる。
私もこの人と一緒に時を刻んで、一緒に年を取って、笑い合いたい。そんな願いはきっともう、誰にも届かないだろう。それから数十年後、エドの死後、彼からのサプライズプレゼントをもらうまで、私はずっとそう思っていた。
そう――
私の内なる願いを聞き届けてくれたのはやっぱり大好きなあなただった。
ニューゲート、やっぱりあなたが大好きだよ。
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