秘*Prologue 05/06

白ひげが死んだ――

それを聞いたのはこの遊郭の船に乗ってすぐのこと。あぁ、あなたは宣言通り逝ってしまったのね。

「……エド」

けれど、なぜか私の目から涙が出ることはなく。ただ、彼の名前を呼ぶ私の声が部屋に反響するだけだった。

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頂上決戦から数ヶ月。私は遊郭で働くことを決めた。お客もそこそこ取るようになった。おつきの人もついた。それなりに自立していた。

「私って結構非情な女だったのかな?」

誰に聞いたわけでもない、そんな言葉が宙を舞った。

コンコン――

「姉さん」
「鐵てつ?」

「はい、俺です。お客が来ました」
「……今日はそういう気分じゃない……かな」

そう言いつつも、一応誰が相手なのかを確かめる。

「不死鳥です」

カタン――

持っていた手鏡が手から滑り落ちた。

「……姉さん?」

心配そうな鐵の声に大丈夫だよと返す。けれど、内心はかなり動揺していて、どうしよう、どうしようと頭の中では言葉が乱雑に並べられていた。

「どうしますか?」
「……通して、下さい」
「分かりました」

鐵の気配が消えて、ようやく肩の力が消えた。彼が会いにくる。客として……、いいやそれは口実だろう。きっと……

予想通り、現れたマルコは何のオプションも付けることはなく。そういうことをしに来たわけではないということがすぐに分かった。

「……なまえ、お前」

そう言ってこちらを訝しげな目で見るマルコにうっすらと笑みを作って答えた。

「……遊女になるなんて、な?」

そう言いたいの? と笑ってやった。

「……はぁ、確かに親父は好きにしろって言ってたが、これはねぇだろい。親父が聞いたら激怒どころじゃすまねぇよい」
「……いいの。あの人もそれだけひどい仕打ちを私にしたんだから、これでおあいこなの!」

そうむくれながら言ってやれば、なるほどねぇいと笑われた。

「それで? まさか遊びに来た訳じゃないでしょ?」

そうせかせば、当然だいとなぜか楽しそうに笑う彼が私の前に一通の手紙を差し出した。宛名には私の名前、ひっくり返せば、そこには愛しいあの人の名前。

「っ!?」

声を出せず、口を手で覆えば、マルコがニコリと笑いながら話し出した。

「親父の遺品を整理していたら出てきた。なまえへプレゼントだよい」

嬉しい。嬉しかった。彼といて、プレゼントはたくさんもらったけれど、手紙なんてもらったことは一度もなかった。震える手で封を切り、手紙を取り出す。カサッ広げた真っ白な紙には大きな字で一言だけ書かれていた。

先に逝ってる――

「……ッ」

あぁ、彼は本当に死んだんだ。ようやく、そこで私は理解した。そうなった途端あふれ出す涙。横に座るマルコが優しく背中を撫でてくれた。

「今は泣けるだけ泣けよい。お前はあまり泣けないやつだからな」
「……うん」

うん、とコクコクと頷けば、はははっと笑われる。きっと、彼は、マルコはもう涙が枯れるくらい泣いて、エドの死を乗り越えている。だから、お前も早く乗り越えろ、そう言ってくれている気がして、嬉しかった。

「あと、これ」

渡された不思議な形をした瓶。中には赤い液体がちゃぷちゃぷと揺れていた。

「親父からの伝言だ」

マルコ、なまえに会う機会があればこの薬を渡してやってくれ。これは不老を取り消すことができる薬だ。とある知り合いに頼んで、十数年がかりでようやく手に入った代物だ。これを呑めば、再びなまえは年を取ることができる。渡すタイミングはマルコ、お前に任せる。頼んだぞ。

「え?」

ふと浮かんだ疑問を口にだそうとすれば、マルコが片手を上げてまだあるよいと続けた。

じゃあなんであなたが生きているうちにくれなかったの?なまえならそう言うだろう。俺だってそうしたかったさ。でもな、これが手には入った時、おらぁすでに70歳を越えていた。今から若いなまえを縛るなんてことはしたくなかった。

続けられたマルコの言葉に私は返す言葉がなかった。

「親父はなまえが2度目の人生を自分で選んで歩んでいけるようにこの薬を手に入れたんだい。だから、なまえ、いつ呑むのか、はたまた呑まないのかは自分で決めるべきだよい」

そう言って、スッと目を細めたマルコは私を抱きしめてくれた。

「取りあえず、元気そうでよかったよい」
「――――っ」

私自分のことばっかり考えてた。

「……うん、マルコも元気そうでよかった」

ギュッと服を握り締めれば、いつか親父の墓参りしようなとマルコは言ってくれた。うん、うん。何度も頷いた私はその日マルコと何時間も話し込んだ。今までの私の境遇、航海であったおもしろかった出来事。私が船を降りてからのみんなのこと、エドのこと。聞いても聞いても聞き足りないぐらいだった。

「ねぇ、マルコ」
「なんだよい」

「あの人は……エドは……幸せだったかな?」
「当たり前だろい」

あの人の最後を見届けられなかったのは本当に残念だったけれど、きっと、あの人の最期はずっと後生まで語り継がれていく。それぐらいすばらしい最後だったのだから。私は誇りに思う。

「なまえ、もう寝ろい」
「……うん」

ベッドに入れば、マルコは立ち上がる。

「マルコ」
「なんだい?」

「添い寝して」
「……お前、俺のことなんだと思ってるんだい?」

「いいから、昔みたいに……」
「あぁ……分かったよい」

苦笑したマルコはあの青い青い素敵な鳥の姿になって私の体を包んでくれた。

「ありがと……」

目を細めた不死鳥と私は朝までぐっすり眠りについたのだった。

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150521 End.

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