カラン、カラン――
またお客様か、ほんとうにこのお店は凄いなとそのベルの音を頭の端で聞く。あぁ、これでまた話相手のマスターが遠いちゃうな。コクリ、とお酒を飲み干してグラスを机に置いたときだった。
カタン、と右隣の椅子が引かれる音。うぉ、と飛び上がりそうになる体をなんとか押さえて、まったく気にしていませんという素振りで隣に全神経を集中させた。これだけお客がいたらそりゃあ隣に座る人も出てくるというものだ。……しっかし、勇気のある人だよね。無言で女の隣に座るだなんて、ほんとどんな人なんだ、ろ………………?
「え?」
「今日はサボりか? 客を蹴っておきながらいい身分だな、なまえ」
「ひょっ!?」
ひょ? と心底不思議そうに首を傾げたその人は背負っていた大きな刀を降ろして机に立てかける。続けてもふもふ付きの広い唾のある帽子をそっ、と刀の柄に被せた。私はと言えば、見覚えのありすぎるその人……というか、まさに先ほど思い浮かべていた人に会ってしまって内心パニック状態だった。今すぐダッシュで逃げ出したい。
「おぉ、旦那。お久しぶりで! いつもので?」
「……あぁ」
ササッ、とカウンターに戻ってきたマスターがテキパキとお酒を作って出してくれる。
「あれ? もう空じゃない? そっちのお嬢さんも何か飲むかい?」
「えっと……」
いや、もうキリがいいことだし。ここら辺でおいとましよう。ほら、キリがいいから帰ったって別に不審じゃ……
「ルシアンを」
「……ん、ルシアン?」
その先の言葉を続けようと口を開いたら隣の人がさらりと会話に入ってくる。聞いたことのない単語。眉間に皺を寄せてその人を睨みつけた。問題のその人は視線を逸らすことなくマスターの方を見つめていた。その横顔はうっすらと笑っているように見えた。ますます眉間の皺が深くなっていく。その単語を聞いて数秒間考え込んだマスターは「あぁ、そういうことか……」と一人納得するように頷いた。え、何? 何々? 一体何がそういうことなんですか?私もう帰るつもりなんだけど。
このままここに居たら流されることが目に見えている。早々に立ち上がろうとしたら「座っていろ」と頬杖をついてうっすらと笑みを浮かべたその人がちらりと目を動かした。おかげで私はびくりとも動けない。
「はい、どうぞ。ルシアンです」
スッと視界に入ってきたものは深みのある赤い液体だった。あぁ、帰りそこなってしまった。腰に入りかけた力は行き場所をなくし、背中は背もたれもないのに後ろに反れていく。「危ない、もう酔っているのか?」と添えられた手のひらが体を元に戻した。うぅ、これで逃げられない。こうなれば観念して、このお酒がなくなるまではつき合ってあげようじゃないの、と腹を括ることにした。別の客に呼ばれていったマスターを横目にしつつ、さぐるような感じで聞く。
「……で、どうしてここにいるんですか、鷹の目のミホークさん」
「ミホークと呼べ」
「嫌です。今はお客様じゃないのですから、私は言うことを聞きません。絶対に」
そうしたら、クククッとなぜか上機嫌に笑い声をあげたミホークさん。
「それでこそなまえだ。仕事をしているときのお前は少々大人し過ぎる。かつて白髭の船で見たときのように勇ましい方が似合っている」
「…………それ、誉めてるつもりですか?」
何を言う? 当たり前だろ、と少しだけ目を見開いたミホークさんがグラスを煽る。それにつられてついにグラスに手を伸ばした私は恐々とその赤い液体を口に含んだ。ツン、と鼻を通るアルコールの感じからして、度数はかなり高いものと見た。……でも。
「何これ、………………美味しい」
「そうか。それは何よりだな」
なんだろ。この味、と思考はすでにこの男から離れて目の前のお酒に移り変わってしまっていた。
「忘れ物があってな」
「…………はい?」
何を言っているんですか?と首を傾げる。そうしたら、お前が聞いてきたんだろうとあからさまに眉間に皺を寄せたミホークさんが「どうしてここに? と聞いただろう」と言った。
「あぁ、そうでしたね!」
「……ふん。興味がないなら聞くな」
そんなこと言っていたら私はあなたに興味なんてないのだから、何も聞くことなんてないよ。だから会話続かないんじゃ…………そう思い、すっかり口を閉じてしまう。二人の間に流れる無言の時間。周囲はこんなにも騒がしいというのに。なんだか変な感じ。その間はちびりちびりとお酒を口に運び、あぁ、明日はどうしようかと時間を潰していた。

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