指令が下された――淡々と言い放ったサカズキさんの眼に色はなかった。私は、何と返したらいいか戸惑ってしまった。
「え……仲間に……ですか?」
「そうじゃ……潜入せよ、と」
見れなかった。それ以上。一度、色の無い眼を見てしまったからには、もう見たくなかった。
「分かり……ました……」
せり上がってくる吐き気にも似た感情をどうにか捻り潰す。らしくなく、泣きそうになってしまった。仲間にはなるなって言っていたじゃないですか。あれはなんだったのですか。徐々に怒りがわき上がってきたのに、それでも私は……本心を言えなかった。絶望を通り越した先に待っていたのは諦めだ。
サカズキさん……好きです。離れたくないです。ずっと貴方の傍にいたいです。
私の劣情を知っているのは私だけ。他の誰も知らない。当たり前のことだ。だから、私が何も言わなければこれ以上変わりようのない。それも当たり前のことだった。
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甲板の上、船縁に腕を置く。なんとなく、遠くで鳴くカモメを見つめていた。
早朝。この時間のサカズキさんは、ちょうど執務室に出てきた頃合いだろう。朝の一杯は、ストレートコーヒーだ。パックの買い置きをたくさん置いてきたけど、使ってくれているだろうか。
水平線の向こうから上がってくる朝陽が美しいな。……サカズキさんにも見せてあげたいな。なんと言ってくれるかな。あぁ見えて情緒のある人だから、そのひとときだけは手を休めて一緒に眺めて、「美しいのう」と言ってくれたかもしれない。
二人きりのときにだけ見せてくれる優しい横顔が大好きだった。
「なまえ!」
ふいに呼ばれて振り返る。
「どうしたの、シャンクス。今日は早いね」
「あぁ、航路の話があるってんで……おい、どうした……?」
「え?」と首を傾げる。素早く歩いてきたシャンクスが私の頬に触れた。
「どうした。どっか怪我したのか?」
「……?」
何を言っているのかよく分からなくて、こてんと首を傾げた。
「泣いているじゃねぇのか」
「えっ?」
慌てて目元を拭う。親指が濡れた。……あれ、私、泣いてた?
「あ……あぁ、もしかしたら朝陽が眩しかったらからも。ごめん、全然気づいてなかったよ」
「そうか、ならいいんだが。悪いところがあったら言うんだぞ」
「……うん、ありがと」
シャンクスはいつだって優しい。だから、つい寄りかかってしまいそうになる。そして、その度に思い浮かぶ。「…………仲間にはなるなよ」たとえ、同じ船に乗って、お前は『仲間』だと言われたとしても、本当の意味での仲間になったわけじゃない。私は、海兵だ。生粋の、海兵だ。
私の手の平をシャンクスの手の平が包み込む。ぎゅっと握り締められた。
「……シャンクス?」
「少しだけ、こうしていていいか」
「もちろん、我らが船長の思うがままに」
スッ――と細まった彼の瞳が私を糾弾しているような気がして、私の心臓はぎゅっと縮こまった。動くな、止まれ……止まれ……。お前はここにいる価値のない人間だ。お前は罪深い人間だ。信用に値しない、ゴミのような人間だ。……そんな風に言われている、気が……して……。
「……なまえ?」
「っ、ぐ……」
息が……できない……。胸に強い痛みが走って、立っていられなかった。手を握っていたシャンクスが転げないように支えてくれていたけれど、その場にうずくまるように倒れていった。私は、甲板に横たえた。
「おいっ、誰か! ホンゴウを呼んできてくれ!! なまえが倒れた!!」
人が倒れた時、むやみに動かすな! つい最近、ホンゴウがシャンクスに向かって言った言葉だ。流石シャンクス、しっかり覚えてて偉いね。
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目を覚ましたら、そこは船医室だった。病人やケガ人が入るところで、今までは看護をする側だったんだけれど。板張りの天井を見上げたまま呟くように言う。
「迷惑かけてごめん、ホンゴウ」
「目、覚めたか。気分は……?」
ゆっくりと横を向く。ベッド脇に船医であるホンゴウが座っていた。
「……うん、大丈夫」
「……はぁ。嘘を言うな。酷い顔色だぞ、お前」
「え、ほんと?」
「ったく、医者に嘘は言うな。分かってんだろ」
「もう……別に見逃してくれてもいいじゃん」
「そんなわけにはいかねぇ」
私が健康だろうが、不健康だろうが、この船のみんなに関係のないことだ。全員の体の確認が終われば、私は用済みになる。
「……どうせ、シャンクスがうるさいからでしょ? いいよ。あの人はいつもそうだから。気にしないで」
「っ、あのなァ!」
ちょっとした荒んだ声でも頭に響いた。頭がぐわんぐわん揺れている。正直、気持ちが悪い。……吐きそうだ。こんな状態なら、顔色が悪くて当然だろう。
ホンゴウが脈を取ると言うので、左手を出しだした。気分が悪いので、ベッドに横になる。そのまま目を閉じた。あー……駄目だ。眠い。眠すぎる。
「ねぇ、ホンゴウ」
「あぁ?」
「ちょっと寝ていい?」
「いいぞ」
「……ごめんね、少しベッド借りる」
そう言って、意識を手放した。

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