あざやかなとんちをきかせた

冬がやってきた。

尸魂界の冬は現世と似ている。ここ何十年かは、現世に視察に行ってきた隊士達が、現世の文化を持ち帰ってくるようになっていた。大した娯楽もないものだから尸魂界全体が流行り物に乗っかって現世と同じように季節が流れていく。

現世の冬にはクリスマスというイベントがある。何でも、イエス・キリストという偉人の生誕祭だそうだ。一体誰のことかは分からないけれど、この時期はお祭騒ぎになるということだけは理解している。みんなでプレゼントを交換して、美味しい料理を食べて、楽しい一日を過ごすのだ。なんて素晴らしいイベントなのか。

「市丸隊長、ここに名前を下さい」
「ん? ……あ~~、はいはい」

さらさらと筆を走らした市丸隊長が書類を手渡してくれる。きちんと名前が書かれていることを確認して、日付のところには自分で筆を走らせた。……よし、これで完了だ。

「それ何処に持っていくん?」
「はい。これは四番隊に提出するもので……って。市丸隊長、ちゃんと読んだんですよね? 読んだ上でサインしていますよね?」
「え? あぁ、もちろんや。……それで、なんの書類なん?」
「いやいやいや。読んでないじゃないですか! これは、先日の現世への視察に行った際に書いた報告書に対する返答です」
「……あぁ、そんなこともあったねぇ」
「そんなことって……」

書類の内容をざっくりと言うと、現世のお祭り事を正式に尸魂界でもやりたいというものだった。それに対して帰ってきた返答は、OK――だった。まさか元柳斎重國様がそんな返事をしてくれるとは思いもしていなかったが……書類には確かに、『OK』と書かれていた。元柳斎様はローマ字までも達筆でいらっしゃる。

報告書は私が書いたものを市丸隊長から提出していただいたのだが、恐らく私が書いたものだとバレている。そりゃあ……あんなイベント事したぃい!! という欲望に塗まみれた報告書を市丸隊長が出すとは誰も思わないだろうし。

「なんて書いてあったん?」
「……自分で読んで下さいよ」
「読み上げてくれる優しい部下がおるのに、そんなことするわけないやろ」
「…………」

ね、お願い?――と言われたら拒否できない私って意思が弱いんでしょうか。……くそう。

「ざっくりと申し上げますと、現世のイベントを尸魂界でもやっていいよ、というものでした」
「……へぇ、それはまた先進的やねぇ。今の季節……っていうたら、何をするんかな」
「今、現世は冬ですので、クリスマスがいいかなと思っています。クリスマスが開けたらお正月! ほら、市丸隊長が好きな干し柿を飾っていたあれですよ」
「あぁ、あれか……えぇやん。楽しそやん」
「ですよね~! なので、提出したらすぐに企画に取り掛かろうかと思うのですが、構いませんか?」
「ええよ。何なら三番隊も協力するから、必要なときは声掛けてや」
「やった! ありがとうございます!」

思っていたよりも、市丸隊長がノリノリになってくれたおかげで早い段階でイベントの準備に取り掛かれそうだ。

「あ……そうだった。現世に買い物に行くついでに、浦原商店に寄って来ようかと思います。何か伝えておくこととかありましたら……」
「そんときは、僕もいくから呼んで」
「えぇ――、来るんですかァ?」
「当たり前やろ。君を一人にしたら危なすぎる」
「これでも市丸隊長より年上なんですけど……!」
「精神年齢は僕のが上や」

はぁ? と眉間に筋を立てながら睨んだら、へへんっと勝ち誇った市丸隊長が両手を組んで「言い返せるものなら言い返してみろや」と言う。脳内を駆け巡る最近の出来事の数々を思い出したところで……ぐうの音も出ませんでした……。

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目的地に到着した。古びれた商店の看板には『浦原商店』とあった。外から見た店内は薄暗い感じで、わずかに光が漏れ出している。知らない人からしたら軽くホラーだよね、この店……。初めて来たときは、本当に営業しているのだろうか、と疑ったものだ。

ガラガラガラ――

「失礼しまーす」

「お~~いらっしゃい、なまえサン」
「お久しぶりです、浦原隊長」
「もう隊長じゃないっすよ~」
「いいじゃないですか、私が浦原隊長って呼びたいだけなんです」
「……うん、まぁいいっすけど」

へへへっ、と何となく照れ臭くなってしまうけどそう呼びたかった。浦原隊長と呼べば、当時の思い出に浸れるから好きなのだ。それくらいはいい、……よね?

浦原商店の現店主である浦原隊長は、現在の十二番隊隊長、涅隊長の前任者だ。あの時は私はまだひよっこで、浦原隊長に可愛がってもらっていた。基本的におやつで餌付けされている感じだったけど……彼と過ごした日々には楽しい思い出しかなかった。

「……と、これはこれは、そちらは隊長さんですか~?」

「あっ、そうでした! 浦原隊長は『はじめまして』ですよね? こちらが私の隊、三番隊の隊長、市丸ギン隊長です」
「どうも~~市丸で~す」

……いつもに輪をかけて軽いのはなぜでしょうか、隊長。浦原喜助と言えば、結構名のある方なのだが。……ある意味凄い。

「なまえサン、アタシは大丈夫ですけど、この人がいて大丈夫なんすか」
「えぇはい。この人は元悪役側でしたが……実はそれは仮の姿でして……」
「ほほう……? それはまた面白そうな話っすね。詳しく聞かせてください」
「もちろんです……あ、そうだ。これ、手土産です。どうぞ」

尸魂界で有名な菓子店のこしあん入りお饅頭を持ってきた。そう、私の大好物のお饅頭だ。

「おぉ、これ好きなんすよね。ありがとうございます」

鉄裁さ~ん、と従業員を呼んだ浦原隊長が、座敷に上がるように案内してくれた。「あれ、なんか僕無視されてない?」と言う市丸隊長にいい笑みを向けてやった。ふふふ、自業自得ですよ。

お茶の準備が終わって、3人で丸いちゃぶ台を囲う。少し離れた位置にお盆を抱えた鉄裁サンが座ったところで一区切りがついた。

「どうぞ、安い茶葉ですけど」
「わーい。ありがとうございます」

遠慮なく口に饅頭を入れて頬張る。やっぱりここのお菓子は最高だな。

「では、早速本題に入りましょうか」
「そうですね、でもその前に、うちの隊の隊長の立場をご説明しても大丈夫ですか?」
「いいっすよ。なまえサンがそう言うってことは、先に説明しておいた方が話がスムーズにいくってことですよね?」
「さっすが! その通りです」

ニシシシッと二人で顔を突き合わせて笑いながら、「市丸隊長は……」と話を始める。流した視線の先にいた市丸隊長は、終始笑っているのか笑っていないのか、判断のつかないいつもの表情かおをしていた。

実は、ここに来る前に浦原さんにはどこまで伝えるべきか悩んでいた私は、すべてを詳つまびらかにしてしまってよいのか――市丸隊長と話をして、この人相手ならどうせいつかすべてがバレてしまうだろうから、最初から話しておこう、と予め決めておいたのだ。打合せ済みのことで、市丸隊長に許可を得た上で話しているということなので、この表情は本当にいつもと変わらない素だと私は認識している。

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「……以上です」
「……なるほど。それはまた、」

市丸隊長の腹黒さまで伝わる内容になってたけど、これで本当に大丈夫かな……。確認の意味を込めてもう一度市丸隊長に目を向けようとした。

「ちょっとええやろうか。僕の方も確認したいんやど、店主はなまえちゃんのことをどこまで知ってるん?」

ぱちぱちと瞬いた浦原隊長が私の方に視線を向けてくる。「言ってもいいのか」私の意志の確認をしてくれているようだ。今度は私が気遣われる側になったらしい。ゆっくりと頷いて返す。聞かれて困ることは何も無い。

「そう、ですね……現段階ですべて把握していると思います。彼女の斬魄刀、立場は理解しているつもりです。斬魄刀の力についての詳細は今ここでは伏せますが、彼女の立場の危うさについては理解しています。正直、現世に留まるべきでしょう」

フッ――と笑って、意地の悪い切れ長の目が縦縞帽子の下から顔を覗かせる。これは揶揄われているのだろうか、冗談と思っておいたらいいのか。深く考えながら首を傾げていたとき、ふわりと隣から霊圧が漏れてきた。――え、なんでっ!? 今のどこにそんなポイントがあったの? 理解できない恐ろしさからか、私は隣を見ることができなかった。

「へぇ……」

「アタシは、尸魂界が好きではありません。まぁ始めは恋しくも思いましたが……今の、現世の生活が気に入っています。虚ほろうの件もありますし、今はとにかく人手が欲しい。なまえサン程の人なら大歓迎ですよ」
「つまり、なまえちゃんを寄越せ、と?」
「いやはや、話しが早くて助かります。はい、そうです。なまえサンをアタシに下さい」

……はい?

「ちょ、ちょっと待って下さい」
「……どうしました、なまえサン?」

なんだか急に頭痛が……。

「私の拙い頭では理解できなかったのですが、ええっと……あの……、今、なんて言いました?」
「なまえサンを下さいと言いました」
「……意味が分かりません、浦原隊長」

浦原隊長の思考回路がぶっ飛んでいることは前々から知っていたので、それについては驚くことはない。……が、なぜ、私が、巻き込まれているのでしょうか。っというか、

「色々と言いたいことはありますが、まず……どうして市丸隊長に『下さい』と聞くんですか! 私の意思は何処いずこに!!」
「貴方の意思はここにはありません。あるのは、現状を打開するための戦略です」

……はい、来ました。浦原隊長お得意の『マイルール』。これだから技術開発局は……! 涅隊長もそうだけど、浦原隊長は今もお変わりがないようで……。

「本人はあぁ言うてるけど、……どないするつもりや」
「決めるのは上ですから。今、なまえサンの異動の権限は、隊の隊長にあります。それが組織ってやつです」
「…………」

え、そうなの? そんなの初めて知ったんですが。

「ふ~ん。まぁ、それならぼくが決めたらええってことやろ。なまえちゃんは必要な子やから、『あげない』」
「…………そうですか。まぁそうでしょうねぇ。……では、こちらも方向性を変えていきましょうか」

浦原隊長が、唐突に杖を持った。なぜ急に杖を……? 瞬いているうちに、カチャン――杖が二つに分かれ……いや違う。現れたのは刀身。これは仕込み杖だ。

「なっ! 浦原隊長……! その刀はっ!? まさか斬魄刀じゃないですよね!」
「そうですけど?」
「はぁっ!?!?!?」

思わずちゃぶ台の上に両手をついて膝立ちになってしまった。そのまま前のめりになって荒ぶると、「あ~~聞こえない聞こえない」と蒲原隊長が両耳を手で塞いでいる。……まったくこの人は!

「……噓でしょう! 嘘だと言ってください! なんで斬魄刀をこんなんにしちゃったんですか!」
「こんなんとは失敬な。これでも結構な手間をかけたんスから」
「――っ、だって! だってこれじゃぁ紅姫がかわいそ……」
「いやいやいや。彼女はアタシの刀ですよ? そんなもん、改造されて嬉しいに決まってます。分身なんスから」
「…………」

確かに。他ならぬ浦原さんの斬魄刀……喜んでいるかも……充分にあり得る。

「ほら、なまえサンの斬魄刀も」
「あ……はい」

腰から斬魄刀を抜く。刀身を晒した状態で置いておくのはなんだか気持ちのよいものではないが……。

「……これは?」

話に置いてきぼりになっていた市丸隊長が口を開く。訝しげに眉を寄せて抜かれた刀身を見つめていた。その手は腰の愛刀に触れている。

「えっと……誤解しないで下さい。本当にただ抜いただけです。私の斬魄刀の鴻鵠こうこくと浦原さんの斬魄刀の紅姫さんは仲が良くって、ですね。尸魂界にいたときからこうして……」

刀身を隣同士に並べてあげる。

「おしゃべりが出来るようにしてあげているんです」
「うちの紅姫は鴻鵠のことがいたくお気に入りのようでして。……いやァ、いつもすみませんねェなまえサン」
「いえいえ。こちらこそ。私はまだ鴻鵠を具現化する力が乏しく……長い時間は難しいので、刀同士でおしゃべりしてもらえると助かります」
「そうっスね。彼女たちもきっと、二人きりで話したいと思いますんで、これでいいと思います」
「……はい」

今一度、二本の刀を見つめる。浦原隊長曰く、紅姫からこうして置くように言われているそうだ。目には見えないし、会話は聞こえないけれど、二人はおしゃべりをしているらしい。寄り添うように置かれた彼女たちは、今はどんな話をしているのだろうか。鴻鵠が喜んでくれているといいのだけど。

「たまにこうして会いに来て下さい」

ふっ――とふってきた柔らかな声。顔を上げると、浦原隊長が柔和な笑顔を浮かべていた。普段見せる含み笑いとは全然違う顔にどきりとする。

「はっ、はい……うちの鴻鵠も喜ぶと思いますし。私からも是非……」
「ちょっと待ってなまえちゃん」

市丸隊長に待ったをかけられて言葉を区切る。どうしたのだろうか、小首を傾げて隣に座る市丸隊長を見た。

「会いにって、それは別に刀の方で……「いいじゃないですか、別に。本人が願っているんスから」………………ほんと、いい性格してるで、自分」

どちらも眼光を鋭く尖らせて睨み合っている。先ほどの会話からどうしてこんなことになったのか。

「二人ともやめて下さい。……まったく。市丸隊長、私は尸魂界にちゃんと戻りますからね。だからそんな風に睨まないで下さい。浦原さんも。ちゃんと定期的に会いに来ますから。それでいいじゃないですか」

「……」「……」

「まだ何か不満ですか。私、これ以上忙しくなるのは嫌ですよ?」

腰に両手を添えて、「いい加減にしてください。この話はこれで終わりですからね!」と付け加える。すると、はぁ~~~~と長息を吐き出した市丸隊長が「……なんか増えたんやけど、どうしてなん?」と意味の分からないことを言った。

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20240307 End.

Afterword

浦原さんは一目で市丸隊長のベクトルがなまえに向いていることに気づいたから挨拶しないし、会話に入れさせない。

 

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