第19話 懺悔、後悔、僥倖

シャンクスさんの背中を見送った後、部屋に戻ることになる。少し距離を開けてミホークさんの後ろを黙って歩いた。部屋までの道すがらのミホークさんは黙り込んだままで、いつものことと言われればそうなんだけど……なんだか気まずくて。でもそうしてしまったのは他でもなく自分自身なので耐えるしかなかった。

部屋に戻ったらミホークさんともう少しきちんと話をしよう。そう決心したときだった。部屋の扉が閉まると同時に腕を掬われて壁に張り付けにされる。瞬く間の出来事で風に攫われたような感覚だった。

頭にはミホークさんの手の平が回されていて衝撃という衝撃はなかったけれど、ミホークさんの体が目前にあって、壁に押しやられるほどに圧をかけられているという衝撃はあった。

直下に落とされているだろうミホークさんの顔面を正々堂々と見返す勇気が持てない。視線はひしひしと感じる。相変わらずミホークさんの呼吸音は静かで慌てた私の音だけが室内に木霊した。ここまで押し付けているのだから何か……怒鳴りつけることはないにしろ、言いたいことがあるに違いないのに、ミホークさんは口を開かなかった。その内、流れていく時間ときに耐えられなくなってしまって私の方が口を開く。

「あの……」

手首を握る力が少しだけ弱くなる。ミホークさんが身じろいでようやく呼吸の音が聞こえた。小さなため息――

「……正直言うと、腹が立っている」
「……はい」
「ずっと――」
「え?」
「ずっと探していた」
「……ごめんなさい」

そりゃそうだ。ミホークさんは私が誘拐されることに頷いていたことを知らなかったのだ。いくら元々交流のある海賊団とは言え、普通は心配する。そして懸念していた通りに良くないことに巻き込まれていた。……呆れてため息をつきたくなるのも当然で、それを通り越して怒るのも当然だ。

どう考えても悪いのは私だ。本当に申し訳ないことをした。散々心配をかけて、ミホークさんに心労をかけてしまった。

「全面的に私が悪かったんです。本当にごめんなさい」

懺悔、後悔――当時に思っていた『今は捕まりたくない』という呆れるほどに自分勝手だった考えがどれほどミホークさんのことを傷つけてしまったのか。もしも反対の立場だったとしたら……? 考えるだけで胸が詰まりそうになる。

ミホークさんが重々しく口を開いた。

「……なまえを攫う奴らを捕らえられなかった」
「…………」
「何故そうなったか分かるか?」
「不意を突かれたから?」
「……違う」
「……え?」

違う……? あのミホークさんが実力で負けるわけがない。絶対に不意を突かれて出遅れていたからだと思っていた。とても運がよかったとあの場にいた3人がそう思っていた。それが、……違う?

「なまえのこととなると、どうしてか……判断が狂う」
「…………それは、どういう?」
「………………」
「ミホークさん……?」

はぁ――長息に思わず顔を上げた。そこにあったのは苦しそうに顔を歪めるミホークさんの顔で、切なげに両眉が寄せられている。胸がぎゅっと強く締め付けられた。

「もしも捕えたら、奴らを待つのは監獄か死か。それをなまえが望むとは到底思えない。たとえあの二人が生きるに値しない者だったとして、それでもなまえはかばうのであろう?」
「……聞き捨てならないことが聞こえましたが、……はい。仮にそう捉えられていたとしたら、私は擁護します。二人とも私の家族も同然ですから」
「……だから気が乗らなかった」
「…………え?」

つまり――、つまり、ミホークさんはわざと私たちを逃がしたということ?

「なまえがいなくなったとき恐ろしかった。もう二度とこの手で触れることはなく、他の誰かに捕られてしまう夢を見るほどに参っていた」

それでも、私の意思を尊重しようと、思い留まったということですか?――あぁ、いやダメだ。それは聞いてはいけない。それを聞いてしまったら更にミホークさんを追い詰めることになってしまう。

まさか、あの鷹の目のミホークが、たった一人の女のために? その危うさにきっとミホークさんは気付いていない。あまりの衝撃に、思考が停止した。これは……現実?

ミホークさんは、私の首元に顔を埋めた。まるで甘えるように、縋るように体を引き寄せられてされるがままに受け入れて、そっと背中に手を回す。いつしか膝を折って小さく丸まったミホークさんが絞り出すような声で言った。

「頼むから……離れないでくれ」
「っ、」

私のせいだ。ミホークさんをこんな風にしてしまったのは私のせいだ。両の目からぽろぽろと涙が零れ落ちていく。ミホークさんの肩に顔を押し付けて震える体をなんとか押さえ込んで、私も声を絞り出した。

「…………本当にごめんなさい」
「…………なまえ?」

ミホークさんが私の顔を優しく引き剥がす。涙を止めようとしたけれど止まらなかった。これじゃあどっちが悪者か分からなくなってしまう。今日は完全に私が悪いのに。……ほら、やっぱり。悲しそうに眉を寄せて、ミホークさんはまるで自分が悪者かのように苦しそうにしている。悪いのは私なのに。

「全部私のせいです。私が……ミホークさんをこんなにも苦しめてしまっているんです。私がいるからミホークさんは……本当にごめんなさい」
「……そうじゃない」
「ごめんなさいっ、本当に、ごめんなさい!」
「なまえ、そうじゃない聞いてくれ」

前髪を優しく撫で付けるミホークさんに目を向ける。

「なまえ。俺はなまえを愛している。なまえと出会ったことを悔いているのではない。大切だからこそ、失うのが怖いのだ」

――分かるか、

「………………」

分からないよ。だって、事実じゃないか。かつてのミホークさんはこんな風に背中を丸めない。少なくとも私と出会う前の、出会ったばかりのミホークさんは、誰の影響も受けずに自分を貫いている人だった。

「そういう頑固なところもいいんだがな……」

ミホークさんが笑う。あぁ……ずるい人だな。そんな風に甘えたに微笑まれたら緩んでしまうよ。

「どうか今は頷いて欲しい」

またミホークさんが笑った。

「……笑わないで下さいよ」

ふっ――と、柔らかな吐息が降って来て額に優しい口づけが落ちてくる。

「では聞くが、俺がいなくなったとき、俺と出会わなければと思ったか?」
「……いいえ」
「ならば、どう思った?」
「会いたい……」

ミホークさんが島から去ったと知ったあの日、私はどうしようもなくミホークさんに会いたくなった。会えないとわかっていても、会いたいと、会いたいとずっと。

「ミホークさんに会いたい、と」

それを聞いたミホークさんはぎゅうっと強く抱き締めてくれた。

「同じだ。俺も、会いたいと思った。……今になってなまえの気持ちが分かった。あの時は本当にすまなかった」

あぁ、そうだった。もう過去のことと思っていたけれど、最初にしでかしたのはミホークさんの方だったんだっけ。ほんの少しだけ重しが取れたような気がした。だからといって今回のことが許されるわけではないけれど、ミホークさんがあの時のことを振り返ってくれたと思えばむしろ僥倖なのかもしれない。

「絶対、許さない」

にっこりと笑う。もうすっかり涙は止まった。胸のつかえも取れた。ミホークさんともこうして会えた。そして何よりもずっと頭の奥に引っかかっていたことを二人に相談することができた。ここまで来るのに随分かかってしまったけれどこうして終えてみればきちんと向き合って良かったと、心からそう思った。

「かまわん」
「えー、そこは焦ってくれないとつまらないです」
「許してくれなくていい。……だから俺も許さない、」
「っ、や……やっぱり許します」
「……いいのか?」
「はい、もちろん」

ミホークさんのお仕置きとは一体どんなものなのか、興味はあるけれど、それを自分で受けるのはごめんである。早々に折れておこう。あとは……。

「もう一つだけ、謝りたいことがあります」
「…………」

この上にまだあるのかと言いたげなミホークさんがふん、と鼻息を吐き出した。大変申し訳ないです。でもこうなったら全部吐き出してしまいたいです。自分勝手ですみません。

「二人に攫われたとき、はじめは計画を知りませんでした。でも、追ってくるミホークさんがあまりに怖くてですね……途中から共謀してしまいました」

あの時、もう少し私が反抗していたら、攫われることはなかったかもしれない。そう思う。大変申し訳ございません、と頭を下げた。頬に手を添えられて無理矢理に視線を動かされて、金色の瞳の真正面に据えられる。ひぇっ――声が漏れたのは条件反射なので仕方がないです。

こんなに顔の整った人に真正面から見つめられ続けて耐えられる人がいるでしょうか。……いえ、いません。無理です。ギギギギと音がするくらいに首を強く横に捻ろうとしたけれど、びくともしない。せめて視線だけでも……と明後日の方向に向けて抵抗する。……近いんだって、ミホークさんっ!

下唇に親指が添えられる。そのままくいっくいっと何度も柔らかく刺激が繰り返されて、なんだか訳が分からない。まるで弄ばれているよう……な? 不思議に思ってつい、視線をミホークさんの方に向けてしまった。瞬間、瞳が曲線を描いて満足そうに細められる。

「……許さない」

囁くような声が聞こえたと思ったら次の瞬間には噛みつくように口を食べられた。まるで獣が肉をなめとるように舌が大きく蠢いて咥内の壁を刺激してくる。そのままぎゅっと強く抱きしめられて呼吸の合間に告げられる勧告。

「許して欲しければ、ベットで償うことだな」
「っ、〜〜〜〜〜!!」

もう逃げられない。

「なまえ……、これからもそばに居てくれるか?」
「……もちろん!」
「よし、では服を脱げ」
「いや、待って。それとこれとは別でっ、ちょっ、ミホークさんっ!!」

それはそれは満足そうに笑ったミホークさんが「大好きだ」と抱きしめてくれる、今はそれが幸せで幸せで、ミホークさんと出会えて本当に良かったとそう思った。

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