市丸隊長と私の関係はとても曖昧なものだった。恋人ではないし、互いの本命というわけでもない。それでも互いにとって大切な存在であるのは確かで、なんだかすごく複雑な関係だった。もしも二人の間に男女のあれこれがなれば『親友』の一言で済ませることができたんだろうけど。現実はそうじゃない。
二人きりになったとき、市丸隊長はよく甘えてくる。狡いくらいに間合いの取り方をよく分かっていて気付いたら懐に入り込まれているのである。身構えたところでそれは変わらずここ何年も翻弄されっぱなしだった。……なので手っ取り早く、二人きりになる回数を減らしている……のだけれども。
最近になって市丸隊長に「寂しいなァ――……」と言われてしまいました。これには私の中の罪悪感というものが刺激されてしまって、いや……私、悪いことは何にもしていないはず……なんだけれど。大の大人の男に繁々と見つめられて懇願されては断るに断れない。
――と、言うわけで。市丸隊長は見事に二人きりになる時間を手に入れたのだった。
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「嬉しいわ~~。最近一緒に行けてなかったやろ?」
「えぇ、はい」
各隊に任せられている仕事の中にある邸内の見回り。流魂街の外も含めて、決められた場所を毎日回って異常がないかを確認するために、私たちは流魂街へ向かって歩いていた。
「なまえちゃん、イヅルとばっかり行くから。ぼく寂しかったんよ」
「しょうがないじゃないですか。市丸隊長は隊首会がありますし……。見回りなんて、一定以上の席があればこなせますから……」
「それでも昔はいっつもぼくとなまえちゃんで回ってたやろう?」
「昔って……」
その昔というのは、本当に遙か昔のことで、私が十三番隊に異動するよりも前、護廷十三隊に入ってからはじめて三番隊に配属されたときの話である。そんな話を掘り起こしてくるとは……一体何を考えていらっしゃるのやら。
「そんときのこと、覚えとる?」
「鳳橋隊長のときですか? それともその後……?」
さも覚えていませんよ~感を出して答えつつ、鳳橋隊長はお元気だろうかとそんなことを考えていた。藍染隊長の策略に嵌まって虚化してしまったけれど、その後の経過観察で生存が確認されていた。今はもう……藍染隊長はそちらに関してはノータッチだろう。そもそも記憶にないことになっているし。恐らくは現世辺りで健在しているだろうと思っている。だからいつかは――
「どうせ、いつか会いに行こうとか、考えとるんやろう?」
「……よく分かりましたね」
ひょいっと、顔を覗き込まれて足を止める。
「虚化、しても死にはせんかったようやからね」
「実験は成功というわけですね……」
「まぁそうやけど。今となっちゃ……」
「……ですよね」
もう……どうしようもない。藍染隊長が変わった影響が良くも悪くも綻びを生じ始めていた。どこかで手を打った方がいいのかもしれない。
「ぼくも手伝うよ」
「……え?」
「前に現世に行ったときに、なまえちゃん。浦原商店に足繁く通ってたやろう」
「……気付いていたんですね」
「当然、隊長やからね」
「…………」
「次は一緒に行くから」
「……どう「この話はこれでしまいや」……え~~」
とん、と肩に手を添えられて、さぁさぁと背中を押される。いつの間にか繋がれた右手を引かれて、駆け出すようにして歩き出した。
「今日はぼくとデートやで」
「……仕事ですよ~~」
そう返しつつも右手は振りほどかない。嬉しそうに隣を歩く市丸隊長の横顔をそっと盗み見た。彼は顔を前正面に向けたまま「幸せや」と言った。
……幸せ?
目をまん丸に見開いた。横にある気配は確かに私が動揺していることに気付いていた。だって、足を止めかけた私の腕を強引に引っ張って、止まらないようにしたのだ。気付いていたに決まっている。でも、顔がこちらに向けられることはなく。
私はしげしげと横顔を見つめることしかできなかった。
「いち……「分かってるて。だから言わんといて。自分でも驚いているんやからさ」」
ぎゅっと強く手のひらを握りしめられた。そちらに気を取られて、視線をまた戻した時には、彼の横顔がこちらに向いていた。
「ぼくはな。なまえちゃんとおるだけで幸せや」
今一度言われた宣言にも似た言葉。最初にこそ感じていた焦燥はもはやなくなっていて、今感じているのは……。
「幸せ……ですね」
にっこりと笑う。
市丸隊長の足が止まった。
そのまま、腕を引かれて、隊長の腕の中に迎え入れられる。ぎゅうううと抱き締められた。背中に回っていた手が頭のてっぺんに置かれてやんわりと撫でられる。見た目よりもしっかりしている胸板に頬を寄せて、少しだけ甘えた。優しい音に耳をそばだてて目を閉じる。市丸隊長の匂いと――甘く渋みのある香り。……あぁ、柿だ。
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「……今年の柿はどんな感じですか?」
「ん……? あぁ、柿の香りがしてたん? 今朝仕込んできたんや。今年もあま〜いのが出来るで」
「…………」
市丸隊長に干し柿を作らせたら右に出るものはいない。昔っからずっと作っているそうだ。いつしか有名になっていて、護廷十三隊では知らないものがいないくらいだ。そして、彼は一番はじめに出来たものを、彼女の元へ持っていく。……ずっとずっと前からそうだった。
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「今年は一緒に食べようか」
「……え?」
思わず見上げると、ちゅっと頬に口付けが降ってきた。
「そないな顔するくらいなら、聞かんかったらええのに。……悪い女や」
「っ、」
「今年の一番はなまえちゃんにあげる」
らしくなく、焦がれるように求めてしまった。市丸隊長の一番になりたいと、一瞬でも思ってしまった。私たちは互いが本命であってはいけないはずなのに。
「…………」
「別にええやん。一番だとか、そうでないとか。ただぼくがそうしたいて。そう思っただけや。……受け取ってくれる……?」
どうしてこんなにも嬉しいんだろう。
「…………はい」
どうしてこんなにも苦しいんだろう。
「本当に真面目やね……」
苦しげな顔で見上げた市丸隊長は「仕方がない子や」と呆れていた。
「そういうとこも好きやからええけど」
再び抱き締められてふわふわとした心地になる。
「早くその憂いが晴れますように……」
「っ、」
耳元で囁かれた彼の願いはいつも私のことを想うことばかりで、甘く切ない想いにさせられる。もしかしたらこの先一生この苦しさはなくならないかもしれないし、いつかは綺麗に解されて消えてしまうのかもしれないけれど、今はまだ私の胸の中に確かにあった。
そんな君が好きやから――まるごと包み込んでくれる市丸隊長に縋る。彼ならば、私が何をしたって、すべてそのままを受け入れてくれるだろう。
私はそんな彼の愛情をずっと傍で見てきたから知っている。彼の愛情がどんなに優しくて、どんなに暖かなものなのか。振り返ればいつも彼がいる。ただそれだけで、安心できた。
背中に手を回して抱きつく。僅かに揺れた体がそれを受け入れてくれて、私は両目を閉じた。
……今、私は幸せだ。
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