或いは

いつだったか、「五番隊と三番隊で宴会をしようか」と藍染隊長がそんなことを言っていたなぁと思い返しながら、「本日の夕方には打ち合わせをしますのでこちらにお越しくださいね」と先ほど雛森副隊長から手渡された書類に視線を落とす。「あ……はい」と返した私の馬鹿! きちんと目を通してから返事しなさいよ……。

執務室の扉を後ろ手にゆっくりと締めていく。市丸隊長になんと言うべきか。執務机の椅子には普段通りに寝そべって顔に書物を被せて居眠りをしている隊長がいるのだけれども……。迷っているうちに、立ち尽くしている気配に気付いた隊長が――

「ん~? 何なん?」
「えっと……すみません。恐らく、私の怠慢です」

え、何の話? と瞬く市丸隊長に先ほど手渡された書類を渡す。

「少し前に藍染隊長からお声掛けを頂いてはいたのですが、てっきりお戯れだと……。まさか本気だとは思っておりませんでした。そのため、こちらは何の手配もできておりません……隊士達への伝達もまったく……」

:

書面にはこうあった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
三番隊隊長  市丸ギン様
三番隊副隊長 みょうじなまえ様

懇親会のご案内
謹啓 秋晴の候 ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。

さて、残暑が残るこの季節、恒例の懇親会を下記の通り開催する運びとなりました。つきましては、三番隊とのさらなる親交を深めたく、ご多忙中のことと存じますが、是非ともご出席いただけますと幸いです。

敬具

~記~

日時 20××年〇月〇日(〇) 午後18時より
場所 〇〇座敷

ご出席の回答不要。
見回り組を除いた全員参加でお願い致します。

以上

五番隊隊長  藍染惣右介
五番隊副隊長 雛森桃
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

:

日付は今から1週間後、それも全員参加……! というか、「恒例の懇親会」って……今まで一度もそんなのなかったじゃん! 色々と突っ込みどころがあり過ぎて言葉にならない悲鳴を胸の中に飲み込む。情けなくも「ううう……」と喉を唸らせる。

「一週間後……隊のローテを考え直さんと」
「あぁ……すみません、すみません! こんなに急に連絡が来るなんて」

うちの隊の仕事は、市丸隊長の采配によるところが7割、残りが隊士の休みの希望で2割、こういった懇親会のようなイベントで1割が決まっている。もちろん、余裕を持って組んではいるんだけど……。特に困るのが、隊長と副隊長の予定だ。市丸隊長は主に会議を中心に生活をしており、まぁ……報告を受けるのが主な仕事。必要なら指示出しもして下さる。

対して、副隊長の私の仕事は、隊士からの報告を受けて対応し、隊長へ報告を上げる。でも主に執務室で書類を作るのが担当。気分転換に見回りにも行ったりするけれど、どちらかと言えば籠っていることの方が多い。今はイヅルが外回りを担当してくれているので助かっている。

……で、問題の懇親会。御覧の通り、連名での招待となっている。もちろん、向こう側も連名で出されている。つまり、二人は絶対出てきなさいということだ。通常ならば問題なく出ていくのだけど、ここで問題なのが、今は……

「現世の調査……どうないするん?」
「んーー……タイミング、最悪ですよね……」

もう少し早くに分かっていれば、どちらかをずらすことができたのに。現世の方はすでに浦原さんと綿密なスケジュールを組んでしまっていて、変えたくないっていうのに。はぁ……もう。

「でもこの書き方やと、必須やで、必須」
「……ですよねぇ」

この手紙をなかったことにしたい……と思いながら、懐に忍ばせていた浦原さん特性の伝令神機を取り出す。……致し方ない。

「……大変申し訳ないですけど、見送るしかない……ですね」
「まぁ……でもええのん? あの人に貸し作ったら「えぇ分かっています。でも仕方がないので。物凄く嫌ですけど……」」

そう言いながら通話ボタンを押した。

:
:

浦原さんは事情を理解してくれたらしく、取り敢えず、予定は見送ることで合意してくれた。「あっしはあっしで進めときますから」と言っていたので、多少は進めてくれるのかもしれない。提案しておきながら、大変申し訳ない。後日また日を改めて会いに行く約束をし、「楽しみにしておきます」と一言を頂いて、通話を切った。…………あれには背筋が凍った。

――と、まぁ。何とか問題を片付ける事が出来たので、無事に懇親会当日を迎えたのである。

「お疲れ様、イヅル」
「お疲れ様です、なまえさん」
「イヅルは……えーと確か、前半は見回り組だったっけ?」
「はい、後半組と交代したら、あとから懇親会に行きます」
「そうなんだ。了解です」

じゃあまたね、と軽く別れを交わして、一度女性死神隊舎に戻った。いつだったか、藍染隊長に拐かされたときは、まだ鴻鵠こうこくを使いこなせていなかったけれど、今はもう、帯刀していなくとも、自動的に身を守ることが出来るようになっている。なので、お着替えをしても問題ないのだが……。今回は、三番隊副隊長としてお呼ばれしているので、隊服の正装をして参加することにした。新しい隊服に着替えたところで鐘が鳴る。もうすぐ宴会が始まる時間だ。急がないと……!

:
:

「お集まりの皆様……!」と宴会の幹事が音頭を取って、藍染隊長、市丸隊長からの有り難いお言葉が入る。その後、乾杯を雛森副隊長と私とで行って、宴会が始まった。

「今日は無礼講で構わないよ」と一番上の藍染隊長が言ったものだから、隊士達はいつも以上にはっちゃけている。……元気だな、皆。仕事終わった後のはずなのに。

そんなことを考えながら、出された料理を口に放り込んでいった。

「あぁ、駄目やって。もう少し味わって食べなよ」
「えぇ~。そんな味なんて変わりませんよ」
「またそんなこと言って」

隣で御膳に手を付けながら、市丸隊長が言う。私は自分で料理をしないので、この味が何の味であるのか、ということがあまりピンと来ない。段階としては、『(なんか)とても美味しい』『美味しい』『美味しくない……?』『これは食べ物ではない』くらいで、大抵は『美味しい』に分類される。

この座敷の料理は『美味しい』ので、それでいいではないか、と思う。

「それに、ここに座ってたら挨拶に来る隊士と話さないといけないじゃないですか。そんなのは面倒です。さっさと食べて逃げます」
「ははっ。それは確かに。僕もそうしよう」

市丸隊長は、こう見えて美食家である。料理もされる。『とても美味しい』料理を作ってくれたことがあるくらいの腕前だ。そんな彼だからこそ、料理を無駄にするのは何となく気が引けるのだろうが……、今日は面倒くさいが勝ったらしい。

「はい、ご馳走様でした」

ぱしん、と両手を合わせて合唱。辺りを見回して、よし、一番だと頷く。

「…………逃げる前に、分かってるよねぇ?」
「……え、はい? なんですか?」
「挨拶、先に済ませておきなよ」
「……あい、さつ?」

すぃ――と市丸隊長の切れ長な目が開いて、瞳が動く。その先にいたのは、今回の宴会を設けた五番隊隊長だった。「……う、ちょっと心臓が」なんて言ったら、「はいはい。えぇから、挨拶ね」と流された。……くそう。

市丸隊長は三番隊隊長として、三番隊の副隊長である私にそう言ったのである。となれば、断れるわけもない。…………渋々頷いた。

:
:

「…………失礼します」

少し離れたところから小声で声をかける。視線が向いたことを確認して、向こうの出方を窺った。

「あぁ、来たか。隣にどうぞ」

案内されるがまま、私は藍染隊長の隣に腰を下ろした。

「いかがですか?」と言いながら、用意してきた徳利を前に差し出す。

「ん? あぁ、ありがとう」

にっこりと笑う様子に周囲の女性死神達が釘付けだ。まさか私たちが恋人同士であるだなんて、この中の誰も思ってもないんだろうなぁ。

「みょうじ副隊長は飲まないのかい?」
「はい。私はそれほどお酒が強くありませんので」
「そうか。それは残念だね」
「それほどでも。こちらのお料理が美味しかったので、それだけで充分です」

なんて、適当なことを返しながら、二人の間では視線で腹の探り合いが行われていた。レンズ越しの双眸が僅かに鋭くなると共に、藍染隊長が背中を丸めた。――と、何かを拾うような仕草をしながら、私のすぐ横に顔を寄せてきた。

「このまま逃げる気かな……」
「いえ、そんなまさか」
「そうか、それは殊勝なことで。では、適当なところで行くから」

隊長が上体を起こすと共に手の内に押し込められた小さな紙切れ。……なるほど。きっとここに指定の場所が書かれているのだろう。……行きたくないんですけど!

「あぁ、すまないね。吃驚させたかい。着物にゴミが付いているのが見えてね」
「え……あぁ、そうだったのですね。吃驚しましたよ。お気遣いありがとうございます」

軽いお辞儀をした後に、「ではそろそろ」とお暇いとまを告げた。にっこりとした笑顔と頷きが返ってくるのを確認して、その場から脱出する。

「藍染隊長……私たちも……!」と後ろからは雛森副隊長を筆頭とした女性死神達の声が聞こえる。華やぐ声が遠ざかっていくのを感じながら、先ほど僅かな隙をついて握りしめられた右手を握りしめた。指まで絡めてきて、あの人は……まったく。間近に迫った視線は熱気で満ちていて、今日は逃がさないという意思がありありと読み取れた。…………うぅ。あぁもう。この感情は、違う。違う。まるで昔に戻ったみたいな感覚だ。でも、今のあの人は昔のあの人とは違う。絶対に同じ人ではない。そう、自分に言い聞かせた。

それでも高鳴る胸の鼓動は、自分ではもうどうしようもなく。私はただひたすら、これは絶対違う。何かの間違いだ、と言い聞かせ続けることしかできなかった。

:
:

指定の場所は、宴会場か少し離れたところにある、日本庭園横の縁側だった。とても静かなところだ。離れた宴会場の明かりが煌々と光っているのがぼんやりと見えた。

藍染隊長がここに来るまでは、まだきっと時間がかかるに違いない。そう思って縁側に腰を下ろした。秋になったとは言え、夜はまだ蒸し暑さが残っているくらいで、寒くはなかった。ゆっくりと目を閉じる。耳を澄ませると遠くのがやがやとした声が聞こえてきた。あぁ…………平和だな。

「なまえ……?」

ここに居るはずのない人の声がしたので、空耳だろうと思った。最近会いに行けていないので、恋しかったのかもしれない。それか、先ほどの藍染隊長の誘惑のせい、とか? 私、欲求不満なのかな。

「なまえだろう?」

ぱちり、目を開く。布の擦れる音がすぐ傍でして、隣を見上げた。

「え……浮竹隊長?」

どうして貴方がここに? そう言ってはいなかったけれど、私の表情からそれを読み取ったらしい浮竹隊長が「会えるかな」と思ってね、とはにかみながら言った。

 

「五番と三番の懇親会があると聞いてね」
「それで私に、会いに……?」
「あぁ……最近、会えていなかっただろう?」
「えぇ、はい」
「俺は会いたくって。なまえは違っていたかい?」
「いえ、実は私も……」

本当についさっき、恋しいかも……と思っていたところだ。

「……そうか。嬉しいよ」

すっかり顔色が良くなった浮竹隊長はまだ療養中のレッテルは貼られているけれど、もうすぐ本格的に隊長職へ復帰する。いや、まぁ……これじゃあ言い方に語弊があるかもだけど……今度、正式に、みんなに病気が治ったことを言うことが決まっている。まだここだけの話だけど。そうなれば、浮竹隊長はもっと動き回れることになるので、今のように、肩身の狭い思いはしなくてもよくなる。それはとても喜ばしいことだ。

浮竹隊長が隣に腰を下ろす。そして、私の腰に手を回して引き寄せるように抱き締められた。真っ直ぐな御髪がさらさらと流れて私の頬を撫で付ける。それを手で弄びながら、甘えるように、頬をすり寄せた。鼻を掠めるのは浮竹隊長の甘い香りだ。心が落ち着く。

そのまま顎に手を添えられて、ゆっくりと上を向くと、優しい口づけが振ってくる。目を閉じてそれを受けた。浮竹隊長の舌が優しく動く。あぁ……心地いい。

「聞いたよ。恋人がいるんだって?」
「…………そんなこと、誰に聞いたのですか」
「…………まぁ、とある線からとでも」
「どうせ、京楽隊長ですよね」

もう、あの人は余計なことを……と頬を膨らませる。

「まぁまぁ、そう言うな」
「浮竹隊長は、恋人がいると思っているのに、私にこんなことをするんですね」
「…………そうだな。自分で、自分を軽蔑したくなるよ」
「それはまた難儀なことを…………」

「器用ですね」と言ってもいいのか、考えあぐねる。

「否定は……しないのだね」
「色々と、事情があるのです。それをここで全部お話しするわけにもいきませんので。浮竹隊長こそ、私のことを軽蔑して下さったらいいのですよ。そうすれば、そんな難儀なことをしなくとも」
「まさか……俺がなまえを軽蔑するわけがないだろう。君は命の恩人だ」
「それとこれとは、話が別ですよ? 命の恩人だからって何をやってもいいわけではありませんし」
「いや、すまない。俺はどうも言葉が足りなくていけないな」
「…………?」
「なまえは出会ったときからずっと、俺の大切な人だから、軽蔑なんかしないよ。君がどんな風に今のようになったのか、結構知っている方だと思う。全部ではないにしろ、俺は君の殆どを知っている」
「…………失礼ながら。ちょっと、引くくらいに粘着質なのでは?」
「ハハハッ! なんとでも言ってくれたらいい。君が嫌がることはしない。嫌なときはそう言ってくれたらいい。ただ、傍に居てくれたらそれでいい」

……私の周囲を囲う人たちは、みんな揃いも揃って同じようなことを言っている気がする。傍にいてくれたらいい、って。みんな、みんな……、どうしてそんなに見返りを求めないのか、私は理解に苦しんでいた。

「…………よく分からないですね」
「なまえもきっと、いつかは分かるときが来る」

そう言うと、浮竹隊長は私の背中に手を回してぎゅっと抱き締めてくれた。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!