「どうして浮竹が、五番隊と三番隊の懇親会の日程を知っていたと思う?」
背後から差し迫る気配が淡々と言った。
「っ、」
背筋がゾ――と凍る。
振り返ったところに立っていたのは、藍染隊長だった。
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時は少し前に遡る。
今日は五番隊と三番隊の懇親会だった。私は藍染隊長が指定する密会場所に来て、彼のことを待ちながらぼーっとしていた。そこに現れたのは、待ち人ではなく浮竹隊長だった。
数十か月ぶりに拝見したその顔は生気に満ちていた。もう本当に、鴻鵠の出番は必要ないのだなと少しだけ寂しく思う。彼は「会いたかった」と甘い言葉を囁いた。縋りたいと長年願い続けていた相手。想いは届いてもなぜか添い遂げる未来は見えてこなかった。そんな煮え切らない……けれども今現在、世界で一番大好きな彼からの誘惑に私の自制心は3秒と持たなかった。
「ただ、傍に居てくれたらそれでいい」と言いながらも口付けはしっかりと交わす隊長に「そう言いながらも、私のことを貪るのですね」と噛みついた。その噛みつきは隊長にとっては意外だったようで、きょとんとした顔を作った後に、「あぁそうだな」と否定することもなく。形作られた微笑は清く美しく、私が触れることで穢してしまいはしないかと不安に苛まれる。大切なお方だからこそ、巻き込みたくないとそう思うのだ。でも……離れたくない――、心が叫ぶせいで、私は一向に離れることができないでいる。相反する思いに胸が引き裂かれてしまいそうになり、苦しみから胸元で拳を強く握り締めた。
「君が何かを抱えていることくらいは分かっている。それを言えないことも、その理由も、何となくだが……察しは付く。もしも、俺が君の立場だとしたら、きっと同じように振舞っただろう。だが……それでも、言わせてくれ」
「…………?」
「どうか、無理はしないで欲しい。君が何を抱えていても、これから先、何をやろうとも、俺は君の傍で居続ける。俺の命はもう君のものになったんだ。もう少しだけでいい、寄りかかってはくれないか」
「……いいえ。それはなりません。貴方の命は、あの御方と共に在られるのですよ。そんなこと、言ってはいけません……!」
「いいや。俺にはもう、あの御方の力は不要だ。近々、体から外すことになっている」
「っ、正気ですか!?!?」
「次に必要な者がいるのだ」
「そんな簡単には行きませんよ! もしかしたら、隊長の命が……」
浮竹隊長の襟を強く掴んで、縋るように見上げた。
「っ、」
彼は、困ったように笑っていた。
「もしかしたらと言っていたら、俺は何もできない人間になってしまう。躊躇いのせいで大切なものを失うのは、もうこりごりだ。これ以上、俺は……失いたくはない」
「……一体、何を?」
あぁ――堪え切れない声を浮竹隊長が吐き出す。ぎゅうううと強く強く、抱き締められて、何故だか分からないけれど涙が込み上げてきた。
「なまえ、私は君を愛している。好きなんて気持ちは早々通り越してしまったんだ……」
「っ、」
「今日はこれを言うために会いに来た」
「…………浮竹隊長」
「十四郎と呼んでくれ。二人きりの時は、私は隊長ではないのだから」
「……じゅう、しろう、様」
欲望に似た何か――、強風が吹き抜けるようにして全身を駆け巡っていった。それは恋しいという感覚だった。浮竹隊長がとろんと蕩けるような笑みを浮かべて頬を真っ赤に染めている。私も恐らく同じ顔をしている。顔がすごく暑かった。でも、すごく、幸せだった。顔を寄せ合う。啄むような口付けを何度も繰り返した。
「なまえ、愛している。……愛している」
何度も繰り返される愛しい言葉。私はもういっぱいいっぱいで、ただ一言だけ「貴方は私の最愛の人なのです」とそう囁くことしかできなかった。
「あぁ……それだけ聞けたら、俺は本望だよ」
ちりり――と首に走る痛みを感じて、ハッと唐突に我に返った。いや、待って、これはかなりまずい状況だ。一気に血の気が引いていく。
「あの……、その……たいちょ……」
「…………」
「っ、たいっ」
「呼び方が違うだろう」
「あ、えっと……十四郎様」
「様なんて、仰々しいから、せめて『さん』にしてくれないか。なんだか落ち着かない」
顔を真っ赤に染めながら羞恥心に耐えている浮竹隊長は控えめに言っても格好よい。あぁ、もう、カメラ! 現世のデジタルカメラがここにあれば……! って、そんなことを言っている場合ではない、このままでは最悪のことが起きてしまう!
「十四郎さん……」
「ん、…………なんだい」
「……実はですね、私はここで人と待ち合わせをしておりまして。そろそろそのお方がこちらに来られるのではないかと思うのです」
「……へぇ、そうなんだ。で、そのお方っていうのはどこのどいつで?」
「え? いえ、そんなお気になさらずに」
「俺がこのままここにいると良くないのか?」
「っ、」
うわ~~なんって言ったらいんだっ。
「まさか、件のお相手で……?」
「え?」
「それなら是非とも挨拶をしないと」
ちょ、ちょっと待って。少し前までは「俺は、ただ傍に居てくれたらそれでいい」って言っていなかったっけ。あれ、なんかもう速攻で言っていることとやっていることが違うのでは……!?!?
「大変申し訳ございませんが! 極秘事項となりますので! どうか、何卒……!」
もう乗り切るには盛大に嘘をついてしまうしかない。
「極秘事項……?」
首を捻る浮竹隊長。その目の前では私が目をぐるぐると回しながら脂汗をかいている。どうにかして浮竹隊長を返さなければ。でなければ、ここに藍染隊長が、来て、しまう……! 頭をよぎった修羅場の風景を振り払う。ダメだ……それだけは避けないと!
「十四郎さん!」
「…………?」
「あの御方の力の件、私もお手伝いしたく思います。つきましては、後日、十三番隊に伺いますので、どうかそちらにて今回の非礼のお詫びをしたく……」
「…………なるほど。悪くないな。…………いいだろう。では、」
目の前に差し出された三本の指。ぱちぱち瞬く。
「三日、なまえの時間を貰えるかい?」
スゥ――と浮竹隊長の眼光が細く長くなる。それは一瞬のことだった。すぐにいつもの優しい弓なりの目元に戻ったので錯覚かとも思ったけれど……まだ肌が聳ったまま……、きっと錯覚ではない。……見てしまった。あれは、計算高く何かを謀っている人間の目だ。浮竹隊長もそういう目をすることがあるのだとはじめて知った。
すぐ後に顎に添えらえた、隊長のなでらかな指。親指が遊ぶように下唇を撫でる。私は無防備に口を開けたまま、思考だけを巡らせていた。――三日、すべてということ?
「…………楽しみにしている」
寄せられた顔。耳元で囁かれた逃れられない束縛の言葉に身を震わせる。楽しみに? え、まさか……え?
私が混乱している間に、サッと身を引いた浮竹隊長が着物を正しながらにっこりと笑う。その口元は、「愛している」と囁いているように見えた。
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浮竹隊長の真っ白な御髪が遠ざかっていくのを呆然と見つめた。先ほどの隊長とのやりとりはまるで幻のようで、本当に現実に起こったことだったのだろうか、と自分の感覚が信じられなかった。――だけど、はらりと落ちてきた横髪のおかげで着衣が乱れていることに気が付く。あぁ、現実だったのだと、ようやく理解することが出来た。
彼に触れた手の平が燃えるように、熱い。もう既に体を重ね合ったこともあるのに、まるで初恋のように、私の心は初心に彼の事を想っていた。…………まるで、生娘みたい。…………恥ずかしい。今更だって分かっているのに……。
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「どうして浮竹が、五番隊と三番隊の懇親会の日程を知っていたと思う?」
いつの間にか背後に差し迫っていた気配が淡々と言った。
「っ、」
背筋がゾ――と凍る。
振り返ったところに立っていたのは私の恋人だった。
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一体何時からそこに居たのですか、とつい口から出そうになって、慌てて唇を噛んだ。さっきまでの余韻がまだ頭に残っていて、私の頭の中はお花畑になっている。こんな状態で口を開いたら…………迂闊なことは絶対に言えない。
私たちの関係は、酷く不安定だ。その私たちには様々な人が含まれている。どろどろと煮え切らない思いを全員が抱えたまま、甘い蜂蜜の中で藻掻き、互いに飴色のフィルターをかけ合って、見たくないものは見ないようにしている。もしも誰かが、蜂蜜を高温にかけてしまったら、その瞬間にこの均衡は崩れてしまうだろう。そうなれば……私は誰を選ぶのだろう。
満月に近い月光が縁側を明るく照らしていた。その奥、光が届かない闇の中に、藍染惣右介は立っていた。
「……君があの男のことを敬愛していることは知っていた」
ギィ――、ギィ――、年月が蝕んだ長板が悲鳴を上げていた。私はゆっくりと近づいてくる音を聞きながら息をかみ殺していた。…………ようやく、感覚が戻ってきた。
「当然です。浮竹隊長は私の育ての親も等しいですから」
「君は親が恋しいのか」
「……え?」
「ならば私が親になればいいのか、」
「え?」
月光の下に笑われた藍染隊長は、過去に私が見てきた、脳裏にある『藍染惣右介』ではなかった。かつては……人を人として映さない、認めない、そんな気配があった。でも、今の彼は――。
彼は今にも泣いてしまいそうで、崩れてしまいそうで。
私は突然過ぎたできごとに動揺を隠すことができなかった。
「なん、で……貴方が……そんな顔を、するの…………?」
あのとき、私がどんなに強請って、願っても変えることができなかったのに。あのときに貴方がこうなっていれば、私は……私たちはこんなにも拗れることはなくって、みんなもっと真っ直ぐに生きていたはずだったのに。貴方が…………貴方が悪いのです。貴方が私の話を聞いてくれなかったから……!
気付いたときには、私は嗚咽を漏らしながら、その場で泣き崩れていた。
「っ、あぁぁぁ…………」
ごめんなさい。ごめんなさい……! 本当はずっと前から分かっていたんです。すべて、私が悪かったのだって。私が、こんなことをしてしまわなければ、そうであったのなら、もっとこの世界は…………例え今よりもたくさんの人が死んだ世界であったとしても、もっともっと、明瞭な世界になっていたはずだったのに。
…………ごめんなさい。
私が、私の選択が、貴方を一生苦しめ続けることになるとして、私は……それでもいい、と思ってしまったのです。
「…………なまえ」
差し出された手の平。自分の手よりも一回りも、二回りも大きな手の平。大好きだった、貴方の手の平。
『惣右介さん』
『どうした、なまえ』
『ずっとずっと、一緒に居て下さいね』
『あぁ、もちろん。俺の心は、ずっと君と共に』
かつての会話が胸を締め付けていく。あの時掛けた私の縛りは、今の彼の中にあるのだろうか。
「惣右介さん」
「…………なんだい?」
「ずっと、ずっと……一緒に、居て下さいね」
「あぁ、もちろん。私は、君を離す気はないよ……」
恐る恐る差し出した私の右手を、堪えきれなかったらしく藍染隊長の方から捕まえてきた。
逃げ続けていれば、いつかは彼が私を捨てるかもしれない。そう願っていた癖に、もしも本当にそうなってしまったら、そんなことを想像してしまった。きっと私は…………『壊れてしまう』。私にとって、藍染惣右介は、私の一部と言っても過言ではない存在だ。だから、その彼が私から離れたとき――、それは私の死を意味する、のだと思う。だって私は『壊れてしまう』から。
「私がどんなに酷い女だったとしても、絶対に私のことを離さないでください」
「……まったく。なんて都合のいいことを」
「私が、貴方を愛さなくなったとしても、貴方は私のことを愛して下さい」
「………………なぜ私がそこまでしないといけない」
「貴方は、罪深い男です。かつて、貴方は私に同等の仕打ちをしました。だから、今度は貴方が受ける番です」
「…………まるで、神のようなことを言うのだな」
貴方は『神になる』と、それに等しいことを言ってのけた男だというのに。そんなことを言うのですね。
「…………私は全知全能の神ではありませんが、藍染隊長だけの女神にはなれるかもしれませんよ」
ふ、と笑う。ようやく涙が乾いた。喋り続けていたおかげで、破裂しそうだった脳みそが疲れたらしい。はじめよりも、こめかみの血管の脈動がゆっくりになっていた。この頭痛は、いつから起こっていたのだろうか。
「君にはなぜか鏡花水月は効かないけれど、君はなぜか……私の気配を上手く認識できないらしい」
「…………」
その通りだ。普段はともかく、意識をして気配を消されてしまったら、私はなぜか藍染惣右介の気配だけ、読むことができなかった。
「だから、浮竹にだけ、鏡花水月をかけていた」
「…………え?」

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