私は宝物?

「なんだと! 俺が悪いっていうのかよ!」
「い、いえ、とんでもございません!」

2階で一服していたときだった。1階から怒声が聞こえ、聞き慣れた奴の慌てた声が耳に飛び込んできた。

「やけに騒がしいな」

葉巻を加えたままコートを翻し、声のする方へ歩く。1階全体が見渡せるところに立つと、目の前の光景に目が細くなった。

「なんなんだよここのカジノは。ちっとも当たりゃしねぇ。えぇ? どういうことだよ、姉ちゃん?」
「ですから、それは……」

落ち着いて下さいと手で精一杯お客をなだめるあいつがいた。よく見ると目が涙目だ。たまにはお手伝いしますとか言って慣れねぇことするからこういうことになるんだよ。と心で呟き、ため息をつく。葉巻をくわえ直し、物見の体勢に入った。

そのまましばらく口論が続いた。

「あぁもういい!」

あきたと言った男はイライラした様子でかぶっていた帽子を床へ叩きつけ、バシンッという音になまえが体を振るわせる。ぴくりと自分の眉毛が動いたのが分かった。

完全に恐怖で支配されているなまえに目を向けた男がにんまりと口元を歪ませ、いいことを思いついたと言いながら男はバニーガール姿のなまえを上から下までなめ回すように見ると舌なめずりをした。そのいやらしい視線になまえの足が一歩後ろへ下がる。

「お前、いい体してんなぁ」

その言葉に危機感を抱いたなまえはさらに数歩後ろへ下がるがすぐに腕を捕まれた。まさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった体が揺れる。男はグィッと引き寄せた。

「いやっ、ちょっ」
「いいじゃねぇか、減るもんでもないだろ?」

楽しそうな男の手が腰にまわる寸前のこと。

 

― なまえ視点 ―

 

ドンッ――

衝撃に驚いてとっさに顔を伏せた。

バンッ――

「え……」

おそるおそる顔をあげると男が吹っ飛んで壁にめり込んでいた。自分のそばには見慣れた姿がある。完全にプッツン頭の糸が切れているダイルが男の方をにらんでいた。その横顔にほっとして涙が溢れ出す。

「だ……だいるぅ……」
「あぁ゛?」

切れたままの勢いでこちらに顔を向けたダイルは、機嫌が悪そうに吸い終わった葉巻を握りつぶすと砂に変えた。周りの客は圧倒されて一歩下がった。でもそんなの全然怖くなかった。会いたかった。すごく会いたかった。未だ般若の形相をしているダイルがこちらに近づいて来るとその真っ黒なコートの中に飛び込んだ。

「……おい」
「こわかったぁ」

今にも一人殺しかねない殺気も怒りを纏う声も全てが愛おしい。コートの中に潜り込んでダイルの背中にぎゅっと抱きついた。そうでもしないとカタカタ震える体が治まりそうになくて。

「…………あぁ、分かったから出てこい」

少しは周りの視線を気にしてくれとため息混じりに言ったダイルに首根を掴まれて引っ張り出される。嫌だ今は見られたくない。嫌だ嫌だと首を振りながら外へ出されて、その場に立たされる。俯くと、ぽた、ぽたと真っ赤な絨毯に染み込んでいくのは涙。今きっと私の顔は涙でぐしゃぐしゃなんだ。だから、ダイルには見せたくない。まだ震えている自分の体をなだめる様にして両肩を抱く。すん、と鼻を啜った。カチャン、と音が鳴った。

フゥ――

嗅ぎ慣れた香りと共に煙がすぐ隣を通った。その元を辿るようにしてほんの少し視線を動かす。目に入るのはダイルの腰元。彼の腹が上下している。葉巻を吸い込んだのだろう。そのすぐ後に、また煙が隣を通っていった。目を閉じると鼓動が落ち着いていくのが分かる。すぐ傍にはダイルがいて、ダイルの匂いがして、すごく落ち着いた。いつの間にか涙が乾いていた。

ダイルが言った。

「だからよせといっただろ」
「うん……」
「おまえには接客は無理だ」
「うん……もうしない」

ごめんなさい、とそう続けた。

「クハハハハッ――あぁ、まったくだ。大人しく檻の中へ戻るんだな」
「うん……ダイルがそう言うならそうする」

顔を上げてダイルの両眼を真っ直ぐ見つめた。

「……ちっ」

ダイルは舌打ちすると私の頭を乱雑に撫でて、自分の方へ引き寄せた。そして、私をコートの中へ入れてくれた。

「……行くぞ」

コートをぎゅっと握り締めて小さく頷く。ダイルはゆっくりと歩き出した。また少し泣きそうになってしまった。なんだかんだ言っていつもこうやって助けに来てくれるダイルは私にとっての王子様だ。…………いや違うかな。ダイルは海賊だからそんなこと言ったら怒られちゃうかも。そんないいもんじゃないって言うだろうな。だったら――

「ねぇダイル」
「…………なんだ」

「私はまるでダイルの宝物みたいね」
「…………黙ってろ」

そう言いながらも、伸ばした手を握ってくれて、ぎゅって握り締めたら優しく握り返してくれた。ほらやっぱり、ダイルは私の海賊だね、なんて言いながら私はダイルに寄り添うようにして檻の中へ戻っていった。

 

140527 End.
150216 修正
170129再修正

Afterword

ダイルって呼び方が好きなんです(^^)

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